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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
46/110

#46 これが最初の一歩


 翌日。目の下の落書きあらため謎の紋様を、カナは化粧でなんとか隠した。現代魔法は偉大である。


「いってきます……」

「うん。気をつけてね」


 母に見送られながら、カナは憂鬱な気分で学校へと向かう。鍵をかけ忘れていたことに微かな焦りを感じながら自転車に乗った。

 冷たい朝風が音を立てながら吹く道を、黙々と漕いでいる時である。

 後ろから、ちりんちりんと自転車の呼び鈴を鳴らされた。


「カナ、おはよ!」

「あ、お、おはよ……」

「朝練間に合わないー! じゃあね!」


 気さくな挨拶をするボブヘアの少女はケースにしまわれたギターを背負い、そのまま立ち漕ぎでカナを抜き去っていった。

 彼女が誰だかカナは知らない。もうこの時点で嫌な予感は的中していたと言える。


 その後もカナは見知らぬ何人かに話しかけられた。以前から視線を感じていた、犬の散歩をするおばさんにも挨拶をされた。そのたびに彼女の顔が青白くなっていったのは、少なくとも寒さのせいではないだろう。


 かつてこれほどまでに学校に行くのが嫌になった日があっただろうか。中学のときに皆勤賞を朝礼で表彰されそうになってその日だけ休んだのを、カナは思い出した。なんか風邪っぽいなあ。


 授業中はみな静かに勉学に励んでいる。奇しくもカナは、かつてまで退屈に感じていたそれに救われることになった。


 予想はしていたが、エルフのカナはノートすら取っていなかったようである。授業の内容は何一つわからんのだった。



 *



 時は過ぎ、昼休み。

 どこで弁当を食べようか考えあぐねていたところ、カナは学年カーストトップと密やかに噂される陽キャの化身、瑛子(えいこ)さんに廊下から呼び出された。


 その名前を知らぬものなど学内には居ない。弱肉強食とも言われる覇権争いを制した女だ。その栄光は多くの敗者の上に成り立っている。その隣には美衣華(びいか)さんと椎名(しいな)さんも居る。学年カーストのトップランカーだ。


 カナは心の中で悲鳴をあげた。彼女たちはただの陽キャではない。嘘かまことか定かではないが、よくないことを囁かれることも珍しくないのである。その噂のようにひと気の少ない女子トイレに呼び出され、酷い目に遭わされるのだとカナは危機感を覚えた。


「カナー。一緒にお昼食べよっかー! アガる」

「なんか様子いつもとちがくない? (ハオ)ピなんだけど?」

「まぢそれな」


 頼むから人違いであってくれと、返事をしないでいると彼女らはカナの席にまで迎えにきた。言葉遣いがあまりにも新時代だ。カナは今、新しい言語の誕生を目の当たりにしている。


 クラスの誰もそれを止めようとしない。まるで自分らは無関係ですと言わんばかりに自身のことに徹している。カナはそれを責め立てられなかった。以前の彼女も同じことをしてきたからだ。


 カナは猫の前の鼠のように縮こまりながら、彼女たちに同行するほかなく、立ち入り禁止の屋上へと連れていかれた。


 初めて見る屋上からの景色は開放感に満ちていた。澄み渡る地平線には薄らと富士の山麓が見える。悪いことをしているのに目を瞑れば、居心地は教室よりもずっと良いのかもしれなかった。


「ごめんねカナ。本当に元気ない?」


 周囲に誰もいないことを確認すると、瑛子さんが心配そうな様子でカナを気にしながら、しおらしく呟いた。あまりの豹変ぶりにカナは口を半開きにして言語能力を失うほかない。


「もしかして、元の世界に戻ったんじゃ……」


 椎名さんが口元を手で覆ってそう推測すると、他の二人はぎょっとして、顔を見合わせる。


「そんな……そしたらあたしこれから……その、どうすればいいの? あんなすごいの、そんなすぐに忘れられないよ……」


 瑛子さんは右手で校則違反の金髪をいじり、赤面してもじもじしながら、何やら不穏な嘆きを紡いだ。まてまて。


「……わたし何したん?」


 恐る恐るカナは尋ねる。が、他の二人も赤面して、何も答えずに俯いた。あるいは目を逸らした。オイ。


「ととと、とりあえずご飯食べよ! ねっ!」


 と美衣華さんが言うので、カナは渋々ご一緒させていただくことにした。四人で食べる昼食は、気まずいことを差し引いても思いのほか楽しい時間となるのだった。


 カナは何度も異世界のことを聞かれ、エルフのカナが迷いもなく自身のことを言いふらしていたことを再認識した。


(こういうのって周りには隠しておくものじゃないのかよっ!)


 向こうにいるであろうエルフに向けて、カナは心の底から文句を言ってやった。なんだかしたり顔をするエルフの顔が脳裏に浮かぶようである。



 *



 時は過ぎ、放課後。解放の鐘が鳴る。あまりにも長い一日がようやく終わった。

 カナは立ち上がる気力すらなく、両腕を宙ぶらりんにして、顔面を机に押し付けながら沈黙している。前髪がないのでおでこが痛そうである。


「カナ、じゃあねー」


 クラスメイトの誰かがそう言い残して教室を去る。返事をする余力すらもはや湧かない。

 部活行くなり帰るなりで、みなが教室を出ていくのを、カナは石膏(せっこう)の仏像のように固まったまま待っていた。


「はあ……図書室行こ……」


 復帰一日目にして最悪な気分だった。

 かばんの中身を整理していると、クリアファイルに挟まれた入部届がカナの目に映る。まだ入っていたのか。


 カナはそれを取り出して眺めた。エルフのカナが余計なことをしなければ、自分は一歩踏み出せたのかもしれないのに。


 溜息を吐きながらファイルをかばんにしまおうとした時である。

 入部届の後ろ側に、身に覚えのない便箋(びんせん)が入っていることにカナは気付いた。可愛らしいパステルピンクに、カナは怪訝な表情をする。あいつ、まさかラブレターまで貰ったの。


 げんなりしながら、それは果たして自分宛のものなのかそうでないのかを一考した後、破いて捨ててやろうと思い立って読むことに決めた。


 結論から言えばそれはラブレターではなかった。カナは目を丸くして席を立った。


 脇目も振らず、カナは階段を駆け登る。吹き抜ける風も見知らぬ生徒も、今の彼女は止められない。

 図書室の隣には文芸部の部室があり、カナはその扉の前で一度深呼吸した。彼女の眼にはもう、迷いはない。


「失礼します」


 なにかに背を押されるように扉を開く。部員たちがきょとんとした目でカナを見て、彼女は一瞬だけ狼狽(うろた)えてしまう。カナは手紙に書かれたメッセージを心の中で反芻(はんすう)した。


〝あなたの未来はきっと明るい!〟


 エルフがウインクする似顔絵とともに雑な字で殴り書きされたその手紙を握りしめて、カナは新しい未来の第一歩を踏み出した。



 第一章 終

一章はここまでとなります。

ご愛読ありがとうございました(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว


間話で話数調整をして#51より第二章開始予定です。

応援よろしくおねがいします(ง ˶ˆ꒳ˆ˵ )ว

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