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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
42/110

#42


 アルレンからしても、あっさりと効いたのは想定外だったようである。

 念のため近寄って、彼女の脈を確認する。しっかりと生きているようだ。アルレンは両手で彼女を抱きかかえた。


「アルレン……頼む。そいつの息の根を止めてくれ……」

「断る」


 アルレンは傷だらけの勇者の頼みを一蹴した。


「やっとここまで来れたんだ……あと一歩、あと少しで、僕は帰れるんだ……。もう、解放してくれよ……」


 勇者は幾度となく命を落とした。その痛みや恐怖を、彼は一日たりとも忘れたことはない。

 現実に戻ったとて、正常な生活が送れるという保証もない。ここは地獄だ。未来がないのだから。


「お前の望みは、大多数の苦しみの上でしか成り立たない。魔王を殺して勇者が消えて、世界はどうなる。消えるのか?」


 アルレンからしてみれば、さらなる研究が必要不可欠だった。誰もが納得のいく未来を見つけられるかもしれないと、本気で彼は信じているのだ。


「うう……。ここまで来たのに、またやり直すのか……。カナ……ううっ……」


 勇者が何やらぶつくさと独り言を紡ぐのと同時に、王都を守る障壁が完全に停止した。

 重力に従って勇者と彼の血は落下していく。咄嗟に渾身の力を振り絞って着地したようである。防護魔法では落下死までは防げない。この時アルレンは一瞬だけ焦っていた。


「任務を果たしたか……」


 アルレンは円盤に乗ってゆっくりと下降した。

 こうしてみれば、辺境の村娘だと言われても納得ができてしまうような姿を魔王はしている。

 なぜ魔王ともあろうものが、そんな地味な服を着ているのか。アルレンはそのことに違和感を覚えていた。



  *



 一方、王都南西の尖塔。ルーンの刻まれた菱形の巨大な魔石が、空間の面積をめいっぱい使ってそこに保管されていた。

 灰色の石が積まれて造られた尖塔の内部は、魔石の脈動により蒼く色付いている。熱を発してるのか、そこは真夏のような暑さがあった。


 警備の兵士の説得に幾分か苦戦したものの、ゴウキのパーティとの協力もあり、なんとかカナたちはそれを停止させることに成功した。


 目的は勇者と魔王を地上に下ろすことだ。達成は目視でも確認できたので、今はもう再起動している。

 王都の上空に渦巻いていた禍々しい力は、嘘のように消えていた。アルレン卿が二人を制したのだと、兵士たちは彼を讃え、歓声を上げている。


「フューリィちゃん、大丈夫かな……」


 カナは不安を押し留められずに呟く。彼女の孤独感にカナは痛く共感していた。


「王城の庭園あたりに降りたみたいね。あたしたちも行ってみましょう」


 マヤの提案に、カナは頷く。


「勇者に会いたくねー……」との理由で、ゼノはあまり乗り気でない。リミちゃんも同意見だった。さりとてそれはカナも同じだ。


「……来ないなら、おいてっちゃうよ」


 頬を膨らませるカナに渋々ゼノは了承した。

 かくしてゼノのパーティとゴウキのパーティの七名は、城郭を降りて王城へと向かった。


 避難していた民衆は、どうやら少しずつ街に戻っているようである。少し気が早くないかとカナは焦りを感じたが〝自覚者〟かそうでないかで危機意識に差異があるようだ。

 中には親子ではぐれていた者も居たらしい。至るところで再会を喜ぶ声がして、カナは少しだけほっこりした。


 その後カナたちは王城の近くに着いた。仕事が多いのだろう。慌ただしく駆け回る兵士のなんと多いことか。

 何やら喧騒が聞こえ、行ってみると広場に兵士や民が密集しているところがあった。喧騒に混じるのは怒りの声と、恐れの声が半々といったところか。

 考えなくても、そこに戦禍に(ちな)む者が居るのがわかる。


 カナは人混みをぎゅうぎゅうと押しのけながら、やっとの思いで、すぽんとそこを抜けた。

 そこには眠るフューリィを抱きかかえるアルレンの姿があった。

 あと負傷してる勇者。ミラに治癒魔法を施されている最中である。


「フューリィちゃん!」


 カナは駆け寄り、彼女の無事を確かめる。


「カナか」

「あ、アルレンさん。フューリィちゃんは大丈夫なんですか?」

「魔法薬で眠らせているだけだ。警戒しておけ。起きたらどうなるかわからない」

「そんな……わたしはフューリィちゃんを信じてます!」

「お前はそうでも、周りはどうだ」


 カナは怖くて俯き、周囲が見渡せなかった。そうするまでもなく、視線が針のように刺さってくる。

 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――。


 〝自覚者〟の数は気付かぬ者たちと比べればごく僅かだ。王国領の全人口に対し、二百人にも満たないのだから。それでいて、対立してる部分もある。

 何十万、あるいは何百万という敵意にさらされて、平静で居られる自信などカナには無い。それでもカナは――否、カナたちは魔王を守らねばならなかった。


「……んお!」


 突然、フューリィがその愛くるしい猫のような紅玉の眼をぱちりと開け、自分の足で立った。

 たったそれだけで民衆はどよめき、一歩後ずさる。残酷なくせして、臆病だ。


 再び上空にはまるで重厚なオルガンが和音を奏でるかのように不穏の渦が巻き始め、王都からは悲鳴が上がる。


「フューリィちゃん! 空のアレしまって。みんな怖がってるでしょ」

「あっ……よかろう! ていうか、ワシまだ生きてたのか。毒殺されたかと思ったぞ!」


 少し語気を強めてカナが言うと、フューリィは一瞬怖気付いたような様子を見せて、空の渦を取り消した。

 その不可解な光景に民衆の多くが首を傾げながら、混乱する。

 カナはただお願いしただけだが、何も知らぬ人々からすればカナが魔王を従わせているように見えるのである。


 どうやらまだ魔法の影響で意識が朦朧としているらしく、彼女は頬をぺちぺち叩いたり、首を横に振ったりして調子を取り戻そうとしている。


「カナ……どうしてきみが魔王と仲良くしているんだ……?」


 勇者が、絶望的な眼差しを向けながらカナに尋ねる。彼にはまだ戦う意志が残っているようで、腰にある剣に手をかけている。

 人々の歓声を糧に、今にも斬りかかろうという目つきをしていた。それは紛れもなく、溺れるような人殺しの目だった。


 この場においては、彼が正義なのだろう。魔王を守るように立つカナたちは、気付かぬ者からすれば王都への反逆を企てる罪人に他ならない。


「勇者さん。お願いです。フューリィちゃんを殺さないで、一緒に繰り返しを終わらせる方法を探して!」


 カナが懇願すると、勇者は束の間を絶句した。


「ふざけるな!」民衆の中から男の怒号が鳴る。

「痛っ……」


 何処からか石が飛来して、カナの額に当たった。僅かだが血が滴り落ちる。

 でもこの程度なら、我慢できる。カナは覚悟を決めたが、他の仲間たちはそうではなかったらしい。


「おいこらてめえ今何したかわかっとんのか!」

「うわあ熱っ!」


 民衆に紛れて少し離れたところで傍観していたリミちゃんが、石を投げた男を見つけだして両手カメラで撮影する。

 するとルーペを通じて陽の光を当てたときのような煙が、男の衣服から立ち昇り、たちまち炎上した。


「リミちゃん、よしな!」


 ゴウキとハナが慌ててそれを止めに入る。兵士がそれを(いさ)めようとして、ゴウキがそれを殴った。

 ああ、事態がどんどん混迷を極めていく。気付けば各方面に散らばっていた〝自覚者〟たちも野次馬の一部と化しており、兵士たちとの殴り合いが勃発していた。


 それを他所に、勇者はまるで我慢の限界が訪れたのか、それまでの沈黙を突き破り高らかに笑った。

 まるで悪人のような不気味な笑いだ。誰もが喧嘩の手を止めてそれを見た。


「魔王を……殺さないでだと? 本気で言ってるのか? それなら僕の今までの旅はなんだッ! 無意味なことをさせたのか? 笑わせるなよ……希望は嘘だってことかよ!」


 勇者は涙を流しながら怒り狂っていた。言いたいことを整理もせずに、カナにぶつける。


「ど、どういうこと……?」


 かと思えば、嘲るような笑みを浮かべ、()めるような視線をカナに向ける。


「そうか。きみはまだ(・・)知らないんだな。僕は一字一句、忘れたこともなかったのに! 〝魔王を殺せば、元の世界に戻れるから〟――そう言って僕に旅をさせたのは、きみなんだよ。カナァッ!」


 勇者はカナを指差して、そこにいる全ての者がカナに注目した。


「うそだよ……」


 弱々しく首を振り、震えた声でカナは否定した。そんなの、嘘に決まっている。


 〝自覚者〟の苦悩も知っているはずだ。

 アルレンの残忍さも、勇者の絶望も、ソウマ教皇の諦観も見てきたはずだ。

 今の自分が知らない多くのものを、未来の自分は知っているはずだ。

 そして何より――フューリィの孤独も知っているはずだ。それなのに。


 そんな自分が、勇者に魔王を殺せだと。

 言えるわけがない。ニセモノだろう。そうに違いない。


 怪訝な視線がカナに突き刺さる。

 カナはそれに抗えなかった。さも当然だ。今の彼女は、自分のことすら信じられなかったのだから。

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