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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
40/110

#40


 アルレンの邸宅の一階奥には食堂がある。

 ホテルに併設されたレストランのように上品な場所で、少女は高級な食材を大胆に貪っていた。


 調理されていない凍ったままの鮪を頭からかじり。

 皮を剥いていないフルーツの数々をそのまま口に流し込んでいく。

 頬はさながらハムスターのようで可愛らしい。しかし吸い込まれるように消えていく食糧を見ても、果たして同じことが言えるだろうか。


「ふう。いやはやたすかったぞ! この世界にはこんなうまいもんがあるのだな! 代謝のある肉体はあまり好きではないが、これはこれで!」


 少女は一息つくと、溌剌(はつらつ)とした様子で変なことを言い、周囲を困惑させた。

 カナは彼女を邸宅に運んだことを、少し後悔していた。彼女一人でエンゲル係数が跳ね上がることは間違いないからである。


「えっと……。きみ、名前は? おうちはわかる?」


 味の残った皿を舐める少女を引き気味に眺めながら、カナは尋ねた。


「ん? どぅわーーーーっはっはっはっは!」


 唾がかかる。今の発言の何が面白いのか聞きたいところだが、カナはそれをぐっと堪えた。


「ありゃー。こりゃ不思議ちゃんだ!」


 少女の食事を隣で眺めていたリミちゃんがそう宣った。


「まだ名乗っていなかったなっ! 聞いて驚くがよい! 我が名はぁー……でけでけでけでけ、ででんっ! フューリィ! 人呼んで〝カルドーンの炎帝〟――そして、当代の魔王そのひとであるっ! ワァー!」

「…………」


 一時を、無音。可哀想だがしらけたと言わざるをえない。

 真偽を問う声は多少なりしているが、なにせ王都付近に攻撃があったばかりなので、みな神経質になっているようである。


「わ、わぁーっ!」すかさず、リミちゃんがフォローを入れた。


 さすがに少し狼狽(うろた)えているあたり根の真面目さがうかがえる。


「くっふっふ! 驚きのあまり声も出んかっ! まあ、よい! じきに滅びるさだめ故、無礼のすべてを許そう!」


 カナとマヤだけは少女が冗談を言っているように聞こえず、背筋が氷柱のように伸びた。

 莫大な魔力の奔流をその身に受けただけではない。

 フューリィが日記にも書かれた〝大自然の祝福(クァンタム・アーツ)〟という言葉を発したことを、カナは確かに覚えていた。


「魔王がこんなチンチクリンなわけ……いやでも勇者がそう書いたならあるのか……?」

「うそ……勇者ってロリコンなの?」

「そもそも本に魔王の外見に関しての描写なんかあったか?」

「どっかの迷子だろ。あんな子がバカでかい砲撃を放てるかよ」


 食堂の外から覗いていた者たちは来訪者に対して思い思いの議論を繰り広げている。


「ふむ、どうやら民衆は信じていないようだ! 太陽(ソーリス)からも無視されるし、ワシはどれだけ寝てたのだっ!」


 それと、おかわりはないのか。と遠慮も知らず尋ねる魔王を前に、彼らは互いを見合わせる。


「え、えっと、フューリィちゃん。もしあなたが魔王なら、読んでもらいたいものが……」

「ぬぬっ!」


 カナは寝室にフューリィを招いた。マヤと、リミちゃんが一緒である。

 まさかこんなところで役に立とうとは。そう感じながら日記に書かれたハイドの手記を彼女に読ませた。


 読み進めるうちに、溌剌としたフューリィの表情が険しいものへと変わっていく。やかましいのが嘘だったかのように静かに、一字一句を目で追っているようだった。


 フューリィは無言でそれを読み終えると、優しく閉じて、カナに返した。


「どぅわーーーーっはっはっはっは。バカな人類めっ! 自滅しおったのか! ざまあない!」


 高らかに天を向きながら、魔王は嘲るように吼える。


「フューリィちゃん……」

「最低な責任を押しつけおって! 全てなくなったなら、目覚めたワシは何すればよいのだ! 冗談でワシを驚かせようとしているのか? みんな隠れていないで出てくるがよい。これじゃあまるで――まるでワシは孤独じゃないかぁ……!」


 彼女は偉大なる古代の魔王である。

 室内に響くのはきっと嗚咽ではないし、頬を伝うのはきっと涙ではないのだろう。


 掛けるべき言葉が見出せなかったカナたちは、ただ優しく彼女を(なだ)めながら、うかがい知れぬ彼女の悲嘆を分かち合った。



 *



 しばらくして。フューリィの気分は下がったままだが、落ち着きは取り戻したようである。

 カナはハイドが綴った手記の要約を、彼女に求めた。


「〝大自然の祝福(クァンタム・アーツ)〟はな、まあ……長いので祝福(アーツ)と呼ぶが、ワシが生きていた時代にあった魔法のようなものだ。雑兵がちんけな真似事をしていて変だとは思ったが、まさかこんなことになっていようとはなぁ」


 フューリィは人を駄目にするふかふかベッドに膝を抱えて座しながら、カナたちに告げた。


「あたしたちが日常的に使う魔法とは違うの?」


 興味深そうに尋ねるマヤに頷き「ちがう! ぜんっぜんちがうぞ!」フューリィは断言した。


「手記にはこう書かれておるな。祝福は存在意義だと。面白いことを言う! ……が、確かにそのとおり!」

「存在意義……難しいわね」マヤは首を傾げる。

「お前たちはなんで息をしている? なんで物を持てる? 空気も物も、くっついて離れなくなったり、身体をすり抜けたりしない理由を説明してみよっ!」


 科学的な話であり、誰も答えることはできない。しかしその理由こそが〝大自然の祝福(クァンタム・アーツ)〟とのことである。

 この世界は魔法で出来ていて、そしてその術式らしきものが壊れたことで一度滅びたのだとフューリィは説明した。

 二本の魔法の主柱があり、それが折れたのだ。


 カナは一つ思い返してみた。

 この世界の大気組成のことなんかや、なぜ人が地球人と同じ形をしているかなんて、記述されていなかった。どの周期をみても、それは同じに違いない。

 山があると書けば山があるのだろうし、村があると書けば村がある。この世界はそうやって広がっていったのだ。


「勇者さんが書いてないのにあったものが、祝福(アーツ)で出来たものなの……?」

「そう! たとえばソーリス――太陽はもっと口うるさいやつだ! ワシが復活を遂げて黙ってみているはずがない! 当代の勇者に……性質を書き換えられてしまったのだろう!」


 古代では太陽まで生きていたのだとすれば、想像を絶する世界である。

 古代の人々の思念が凝縮されて生まれたというハイドも……音沙汰はないが、カナの中で生きているのだ。ともすればいつかまた会いたいとカナは願った。


「あと、女神と……最後に書かれた一番重要なことっていうのが気になってて……」

「女神は、古代には居ない存在だな! 勇者が本から生み出したんだろう!」


 それでは鶏と卵の話になってしまう。女神が勇者に渡した本から女神が生まれた。では勇者に渡した女神は誰なのか。頭の中が絡まる。

 カナの混乱を他所にフューリィは続けた。


「その本とやらも、ワシが封印されてから作ったものであろう。ワシが知るわけない! 一つ言えるのは、それも祝福(アーツ)の産物ということだなっ!」


 そして肝心な部分に関しては「知らん!」とフューリィは言い切った。


「フューリィちゃん。お願いがあるの」

「むん?」

「勇者さんはあなたを殺すために旅してる。あなたが魔王であることは……隠してほしいの」


 カナがそう言うと、フューリィは笑みを浮かべる。その吐息は微かに諦観で揺れていた。


「言わなかったか、ワシはじきに滅びる。〝時間〟がワシにそう言った。ヤツは嘘を言わん。甘んじてその運命を受けいれるさ」

「時間……?」


 フューリィはベッドから立ち上がり、腕を組みながら窓の外を眺める。


「ワシを目覚めさせた者だ。まあ、やるべきことは果たしたし、少しばかり勇者とやらに挨拶でもしてやろうか? 本から万象を生み出せる者とやら、俄然興味が湧くではないかっ! どぅわーーーーーーっはっはっはっは!」


 フューリィとて、運命に囚われているからと大人しくしているつもりはないようである。

 死ぬなら死ぬでそれまで好きに暴れてやろうと、そんな気概を感じさせる迫力のある笑みを浮かべて、黄昏の空に喧嘩を売った。

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