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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
34/110

#34


 王城の門を守る二人の兵士は、平和な日常に退屈していた。

 内側からは見えないが、オルキナには空からのあらゆる侵攻を防ぐ魔法の結界が張られている。

 他国にはない高度な技術だ。侵略を企てるものなど未来永劫、現れることはないのだろう。


「今日も平和な一日だったなあ……」

「いいことさ。仕事にやりがいはねえけどな……」


 この世界に強い魔物なんて居ないし、居ても誰かが倒すから自分らの出る幕はない。

 二人は前方をただ眺めながら、雑談するのが習慣になっていた。少しでも時間が早く過ぎるように、と。

 刺激。何か刺激はないものか。心のどこかで、二人のどちらかはそう考えることもあっただろう。


「どうすればこの平和が脅かされるかなあ……」

「隕石魔法すら防ぐ結界があるんだ。何もねえところから魔王でも現れない限り無理だろ。だーっはっはっはっは!」


 二人は誰も見ていないのをいいことに、冗談を言いながら下品に笑っていた。

 目の前の空間が、陽炎(かげろう)のように微かに揺らいでいることなどつゆ知らず。


 チチチ……。

 青白い閃光のようなものが小さく弾け、火花が散るような音が鳴り響く。


「ん?」


 直後、空震とともに黒い爆風が巻き起こり、二人の兵士は紙のように吹き飛んだ。


「あっ、すいませ……ちがうちがう。マヤはどこ?」


 カナは頑張って強気な自分を演じた上で尋ねるが、兵士はぴくぴくと痙攣しながら気を失っている。


(しまった。着地にこんな衝撃があるなんて聞いてないよ……)


「あの……大丈夫ですか? 回復、回復は……『ひーる』……?」


 古代人の叡智の中に治癒魔法は見当たらない。

 彼らは肉体と精神を明確に切り分けて認識しており、傷ついた肉体はささっと乗り換えるのが風習だったらしい。人工的に憑代(よりしろ)を印刷する技術があったようである。


「うっ……ま、魔王が、こっちを見て……」

「よかった。意識はある。ひ、人を呼んできますから、堪えてくださいね」


 カナはそう励まして、伸びた兵士は一旦放置して城内に向かった。

 ちょうどそのとき、爆発音を聞きつけてやってきた宰相の男とカナは出くわした。

 モノクルを掛け派手やかな服を着た、聡明そうな中年の男である。


「貴方は……?」

「マヤとハナを助けに来ました。でもその前に、門番の人を助けてあげてください」


 宰相は二人の兵士が倒れていることに気付き、目を丸くした。


「……貴方がこれを?」

「あ、えっと……。着地に巻き込んじゃって……」


 幸いにもその男は初歩的な治癒魔法が使えたようで、兵士の二人は大事には至らなかった。


「貴方がカナさんですか。写真とは容姿が違うので気付きませんでした。お探しのお二人に会わせますので、ついてきなさい」


 思いの外、物腰の柔らかい対応をされてカナは困惑した。

 これでは本気になって変身している自分が間抜けではないか。


 王城一階の廊下を進んだ後、カナは豪華なベッドのある部屋に通された。そしてそこに、マヤとハナは居た。


「マヤ! ハナちゃん!」


 安堵の息を吐き、カナは二人に抱きついた。銀髪のカナを初めて見たハナは些か驚いた様子を見せたが、すぐに彼女がカナであることに気付いたようである。


「その芋虫みたいな呼び方やめてよ。呼び捨てでいいから」

「あっ……ごめん」

「いいけど……よく来れたね。みんなに止められなかったの?」

「と、止められたけど……居ても立っても居られなくて……」


 ハナの問いに、カナは頬を掻きながら答える。

 呆れたような溜息をつくものの、ハナは助けられた身だ。無事を喜びながらカナの意思を尊重した。


 囚われていた二人に怪我はなく、むしろ丁重な扱いを受けていたように見え、カナは疑念を呈する。


「国王様が、ここに匿ってくださったの……」


 カナの様子を察したマヤは、これまでの経緯を説明した。

 アーサー王は〝自覚者〟たちの苦しみも、気付かぬ者たちの儚さも理解していたようである。

 彼はマヤを〝後援会〟から守るように部下たちに指示し、いつまで経っても戻らないことに痺れを切らし城に乗り込んできたハナを保護した。


「どうして……?」

「それは私がお答えしましょう」


 いまだ疑問が立ち消えぬ彼女たちに、宰相は真剣な眼差しをしながら名乗り出た。


「カナさんには、どうしても会っていただきたい方がいるのです」「……だれですか?」

「……〝勇者後援会〟の首長、ソウマ教皇です」


 それは初めて耳にする名前だったが〝黎明〟と敵対する人物であることだけは明白だった。

 ハナは宰相を睨みつけ、敵意を向けながら反論する。


「引き受けなくていい。いくら公爵さまの頼みでも、敵の本陣に易々と出向くわけないだろ」

「私は貴方ではなく、カナさんにお願いしているのです」

「なんだって?」


 座していたベッドから立ち上がり、ハナは売られた喧嘩は買うという姿勢をみせながら、宰相に詰め寄った。

 カナはその間に割り込んで、彼に尋ねた。


「理由を聞いてもいいですか?」

「聞く耳を持つなよ。敵だぞ……」


 確かにカナは〝後援会〟には散々な目に遭わされた。

 白塔での襲撃に、ムサシとの対立。どちらも到底許されることではない。

 しかしすでに襲来した者たちには、相応の代償を払わせている。再び敵対してこない限り、カナも敵対する気はなかった。


 彼らの何らかの頼みを聞いて、それ以上自分たちに危害が加わらなくなるならば、それに越したことはない。カナはそう考えたのである。


「ソウマ教皇は大病を患っています」

「大病……ですか?」


 宰相は頷いた。


「いかなる治癒魔法をもってしても治ることのない、呪いのようなものだとうかがっています。カナさんには彼を診てもらいたいのです」

「そ、それは……無理です。わたしは治癒魔法が使えなくて……やりかたも知らないし……」


 カナは申し訳なさそうにもじもじしながら、正直に答えた。


「貴方は、塔の扉を開きましたね。守護者にしかなし得ぬことを、正当な手段でやってのけたと。そう報告を受けています」

「あれは……わたしもよくわかってなくて……」


 宰相の指摘した通り、カナはハイドと同調する前から不思議なことを経験してきた。

 理由は未だわからず、それどころではないことに巻き込まれるうちにそういうものだと自身を納得させていた。


「……私も国王陛下も〝自覚者〟ではありません。そのような者が居ることは教えられますが、認識できないものを信じるのはとても大変なことです。ですから貴方のような、目に見えるかたちで真実の痕跡を残す方を見ると途端に安心できるのです。期待、とでも言うのでしょうか」


 一部の〝自覚者〟たちは卓越した文化や知識をこの世界に持ち込む。

 アルレン卿やカノン、そしてソウマ教皇がそうであったように。

 それは時に世界の均衡を崩すものになり得るが、断じて否定するべきことではない。

 そしてカナも、彼らと同じものを持ってこの世界にやってきた、と。

 宰相は力強く、そう力説した。


「わたしには、何もないよ……」


 カナは自信なく俯き、弱音を吐いた。

 ハイドと同調し、古代の叡智に接続してからの自分に対して、万能感があるという自覚が彼女にはある。さりとて元々のカナは根暗な女子高生である。

 そんな自分が一体外からなにを持ち込むというのだ。陰気か。

 自嘲気味な反論は彼女の心の中にだけ、虚しく波紋する。

 気づけばカナは元の姿に戻っていた。


「……あたしには、あると思う」


 二人の話を聞いていたマヤは、自信満々にそう言いきった。


「あたしはカナが居なければ塔で死んでたんでしょう。でも、今こうして生きてる。見ず知らずの世界に迷い込んだばかりのカナが、あたしを助けてくれたから」

「マヤ……」


 でも、それは違う。カナはあらかじめ起こることを知っていたからマヤを助けられたのだ。

 何も知らずに同じ状況に陥ったとき、果たしてカナは同じ行動を取れるだろうか。


「それはすごく勇気のいる行動よ。たとえあたしが同じ立場だとしても、同じことはできないと思う」

「それは同感。今もこうして無茶して助けにきてるわけだし」


 マヤの言葉に同意するかのように、ハナも悪戯げな笑みを浮かべながら頷いた。


「二人とも……」

「教皇を治せないことで、貴方に危害を加えたりすることはないと、約束します。ですので、どうかご一考を……」


 二人に励まされ、カナの中に一縷の決心が芽生えた。


「……わかりました。なにもできないと思うけど、行きます」


 カナがそう告げると、宰相は礼儀正しく頭を下げて礼を言った。

 その後三人は騎士たちの護衛のもと、混乱状態に陥っていたアルレンの邸宅へと帰還した。


 カナたちが経緯を話すと、案の定ではあるが、混乱は激化した。

 ゼノにはこっぴどく叱られたが、ゴウキたちの涙の再会を目にすれば、そこに後悔などありはしなかった。

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