#32
マヤとハナは意外にも意気投合し、道中では魔法の話で盛り上がった。
マヤが独学で魔法を身につけたことを明かすと、ハナは驚いていた。
普通は優秀な師のもとで修行を積むのだが、マヤはその境遇により教師を雇う余裕がなかったのである。
ハナには他者の実力を見抜く審美眼が培われている。マヤに大きな才能が眠っていることを彼女は密かに実感していた。
マヤとハナは王城手前の入り組んだ道路を抜け、城門が見えるところまでたどり着いた。
「あたしがこれるのはここまで。さっさと用事を済ませてきな。ここで待ってるから」
「うん、ありがとう」
ハナは腰のあたりで手を振って、マヤを見送った。
城門の鋼鉄の扉には対照的に睨み合う二匹の竜が描かれている。
王国の守神として伝承に残る黄竜・ガイアである。
公爵、侯爵、伯爵という爵位の呼び方も王国特有のものであり、伝承にまつわる存在から付けられたものだ。
マヤは城門を警備する二人の兵士のもとに近づいた。
「何者だ」
「あたしはコペラ村領主代理のマヤよ。国王様はいらっしゃる? 謁見の申し入れをお願いしたいわ」
二人の兵士は互いに眉を顰めて顔を見合わせた。
「……国王様は忙しいお方だ。子供に付き合っている暇などない」
子供のいたずらかと思われたらしく、ほんの一瞬、マヤの眉間に皺が寄った。
「ならこの献上物と書信を届けてくださる? 大したものではないけれど」
手渡された物の中身を確認して、ようやく兵士は冗談ではないことを理解したようである。
「しばし待たれよ」
一人の兵士がそう言い残し、重い扉を開き城内へと入っていった。
「お嬢さん、遥々一人でやってきたのかい?」
残った兵士が、仕事に疲れた目をしながらマヤに尋ねる。
マヤは用心して、当たり障りのない返事をするように心がけた。
「旅人の馬車に相乗りしたのよ。一人じゃないわ」
「はあー。随分と行動力あるなあ。礼儀も重んじてるし、立派なご令嬢様だ」
すべてはジンとセネットの教育の賜物に違いない。
マヤは二人に心の底から感謝していた。
城内に入った兵士は、すぐに戻ってきた。そして「謁見の許可が降りた」と一言を告げた。
「え……」
マヤは思わず、思考が停止してしまう。
まさか自分のような貴族でも庶民でもない中途半端な立場の人間が、謁見を許可されるとは微塵にも思っていなかったからである。
*
マヤは玉座に通されるかと思って、さんざん勉強してきた儀典書に書かれた作法を思い出しながら城内を進んだ。無礼を働いたら死刑――なんてことはないが、一族の名に泥を塗ることになるのは間違いない。
しかし彼女が実際に通されたのは、小綺麗な貴賓室だった。視界に映るのは金、金、金。
赤を基調とした絨毯に、ソファー。そこはすべてが別次元の空間だった。
貴賓室での作法なんて知らない。謁見って玉座でするんじゃないのか。
マヤはそれはもう、手に汗握るほどに取り乱していた。
「ここで待っていろ」
「は、はいっ……!」
よもや兵士に対しても敬語である。いやそれは普通なのだが。マヤにとっては違う。
背筋をピンと伸ばし、がちごちに硬直したままマヤは国王が来るのを待った。来たらまずどうするか考えだしたところで、もう扉が開いた。
肖像画でしか見たことのない黄竜が、そこには居た。
王爵、あるいは国王。アーサー・トワイライト――人呼んで〝金の獅子〟。
その名に恥じぬ獣のような黄金の眼を持つ老年の男が、高貴なケープに身を包み、マヤの前に現れた。
「待たせたな」
「こ、ここここ、国王陛下っ! お初にお目にかかりましゅ!」
冷酷ながらも威厳に満ちた国王の声。
出だしからすっ転んだマヤは、何かもうすべてを諦めていた。
「そう緊張せずに座るがいい」
「はい……」
そうは言うがこの状況で緊張するなというほうが無理な話である。
国王の側に控えるのは宰相と護衛の騎士が二人だ。そのどちらもが恐らく騎士団の要人だろう。腰の剣に手をかけたまま、重圧感のある眼差しをマヤに向けている。
マヤはと言えば鷹の前の雀が如く、小さく縮こまるほかない。
「手紙を読んだぞ。わざわざ礼をしに出向くとは、見上げた忠誠心ではないか。土産の首飾りも気に入った。卿にとってはさぞ高価なものだったであろう」
アーサーは脚を組み、ソファーの肘掛けに頬杖をつきながらマヤを賞賛した。
「も、申し訳ありません! まさか謁見が認められるとは思いもよらず……っ!」
「かまわんさ。私も卿に用があったところだ。わざわざ赴く手間が省けて、責め立てる道理などあるまい」
「……今、あたしに用と?」
マヤは裾を握る手に力を込めながら、恐る恐る詳細を尋ねた。
本のことかもしれないという、嫌な予感は拭えなかった。
「厳密にはコペラ村北部森林にある白塔のことだ。私の耳にも報告は入っている。卿は扉を開いたのだろう。中にあるものを見たはずだ」
「……恥ずかしながら、あたしが見たのは遺体の数々で……内部にまでは踏み込んでいません」
「それでよい。卿の若さで見るには、些か刺激が強すぎただろう」
ムサシの件とは違い本とは関係のない話で、マヤは少なからず安堵し、落ち着きを取り戻していた。
「結論から述べると、あの内部は巨大な〝魔導具〟のような空間になっているそうだ。現代の技術では到底作り出せんような、な。卿にはそれを動かすことができるのかを、確かめてほしいのだ」
「もちろんです! 陛下の命令とあれば、すぐにでも……!」
王命に逆らうことなど、あってはならない。カナたちとの旅はここまでかもしれないと思うと、マヤは自分でも気付かぬうちに暗い表情で俯いてしまった。
アーサーは余裕のある笑みを浮かべながら、首を横に振る。
「卿は今、旅をしているのだろう。私は急いでなどいないから、さきに私用を果たすがいい。報告が届いたら男爵位の世襲を正式に承認しよう。卿は晴れて領主となる」
「あ、ありがとうございます!」
国王が多くの民に愛され、国の繁栄を牽引してきた理由を、マヤは痛感していた。
顔こそ怖いが、彼は慈悲に溢れている。〝後援会〟との繋がりを警戒してはいたものの、それはマヤの杞憂だったようである。
「私も最近記憶に疎くてな。話すことは以上だったか……?」
アーサーは宰相に尋ねる。
「はい。ですが……――」
宰相は何やら国王に耳打ちをして、国王の眼差しが微かに鋭くなった。
「――筋書きを逸脱した者……」
聞きたくもない言葉が、国王の口から漏れる。
張り裂けるような戦慄が、マヤの背筋に迸った。