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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
31/110

#31 王都・オルキナにて


「いやぁ、お見苦しいところをみせましたぁ。わたくし〝黎明〟ギルドにて受付嬢とぉ、看板娘とぉ、副だんちょを兼任しております、ハルミともうしまぁす。はるみんって呼ばれてまーす」


 気怠げな少女・はるみんは大きなあくびをしながら手を振った。

 そしてそのまま、返事も待たずカウンターに突っ伏して眠ろうとする。


「はるみん! 寝ちゃダメー!」

「ええ……?」

「この二人に入団手続きを!」


 リミちゃんの言葉に、カナは狼狽した。そこまでの約束を取り付けた覚えはないからである。


「あの、わたし……」

「カナお姉ちゃん、大丈夫だよ! ただ〝黎明〟の庇護下に入るだけ! 基本的にはフリーダムだから、うち!」

「そ、そうなの……?」


 正直に言えば、もはや彼らに対する不信感などは、とうにカナの中から消えていた。

 ひとつ気になることがあるとすれば、エルフのカナの意思は尊重されるのかという点である。


 気が付いたら知らない組織に入ってました、となって困惑しないわけがないのだ。


「カナ、従いましょう。あたしは〝自覚者〟じゃないけど、問題ないのかしら」

「はいー。いちおーは、冒険者ギルドという体裁で運営していますゆえー。依頼とかもきますよー、えーと……あれ、ない……」

「……大丈夫?」

「世界が平和なら、いいことですよねえ」


 はるみんは僅かな焦りを見せることもなく、ほんわかとした笑顔を向けた。マヤから鼻血が。


(つよい……)


 かくして、カナとマヤは周囲に拍手で迎えられながら、正式に〝黎明〟ギルドの一員となった。


「会員証はだいじなものですので、なくさないでくださいねぇ。再発行はここでしかできませんのでー」

「は、はい……」


「改めてご案内しますねー。うちの主な活動はぁ、勇者の旅路の調査と、必要であれば援護、または妨害、そして〝解放の渦〟の研究となりますー。世界のループを終わらせるのが最終目標ですが……手詰まりもいいところなので、今はアルレン主体で渦を広げる方法を模索していますー」

「そうなんだ……」


 はるみんの説明と比べると、旅の途中でゼノが話した内容はかなり雑というか……適当であった。別に嘘を言っていたわけではないが。


「で、これが……部屋の鍵。当館は東棟が女子寮、西棟が男子寮となっておりますぅ。王都から出る際は必ず返却してくださいねー。たまに居るんです、別荘感覚で占拠する不届きものが……だめですからねえ。私物は没収しますよー」


 リミちゃんは二部屋分の鍵を受け取り、そのうち一つの金色の鍵をみて目を輝かせた。


「おおっ! プレシャスルームじゃん! 大当たり!」

「そりゃあ書架様ですものぉ。ゆっくり過ごしてねえー」


 はるみんはそう言うと、机に伏して今度こそ眠ってしまった。穏やかな寝息が聞こえるとともに、鼻ちょうちんが膨らんだ。


「これなら一部屋でよかったかもね! 部屋に行こう!」


 アルレンの邸宅は五階建てだった。どうやら敷地面積においては公爵位(ケトス)にも引けを取らないほどのものらしい。

 して、カナたちが過ごすプレシャスルームと呼ばれる部屋は、四階と五階が繋がった、まさしく家の中に家があると思わせるような豪快な造りをしていた。


 あまりにも広いリビングルームに、王都を一望できる大きな窓。

 手入れがされていないのか、テーブルに置かれたフルーツの数々は(しな)びているが、よもやそんなことは、些細な問題だった。

 五階の寝室には王室で使われているようなベッドまで置かれている。でかすぎて三人でも寝れてしまいそうだ。


「ここだけであたしの家より豪華なんだけど……」

「あちしも初めて見たよ……。こんなの……お姫様じゃん!」


 リミちゃんは大はしゃぎでベッドに飛び込んだ。

 カナとマヤは、あまりの待遇の良さに些か言葉を失っている。


(これ眩しすぎて寝れないでしょ……わたしなんてコンテナでいいのに……)


 マヤの屋敷の屋根裏部屋が恋しくなり、狭い押し入れとかは無いものかと考え、適当にそこらのクローゼットを開く。

 煌びやかなドレスが何枚も用意されており、そのままカナは失明した。

 これならネコローブのほうがマシかもしれないと、本気で思うカナであった。


「見て。人が集まってきてる」


 窓の外を眺めながら、マヤがそう告げた。

 カナは目をやると、広々とした庭園に馬車の行列ができているのが見えた。

 彼らのすべてが、アルレンの命令に応じて招集された〝自覚者〟たちなのだろう。


 いよいよ大ごとになってきていることを、カナは確かに実感した。胃がキリキリと痛むのも。


「カナお姉ちゃん!」

「うん?」

「お昼寝、しよ!」


 カナが振り返ると、リミちゃんが布団の中から手を伸ばし「おいでー」と促した。

 ゼノも不在の今、今後の予定が立たないので特にすることもないのである。


「……する!」


 カナは吸い込まれるように、人を駄目にするベッドに逃げたのだった。


「こら二人とも、せめて着替えてから……」

「マヤお姉ちゃん!」


 リミちゃんはマヤの言葉を遮って「おいでー」と両手を伸ばした。

 案の定、マヤも吸い込まれるのだった。プレシャス!



 *



 少し経つ頃には、一階のエントランスは多くの〝自覚者〟たちでごった返していた。

 仮装パーティーでも始まるのかと、多種多様な服装をした旅人たたが一堂に会している様子は、知らぬ者が見れば奇妙でもあり、圧巻の一言だろう。中には少年や少女すら居る。


 はるみん一人では部屋の手配などの雑務が難航し、見兼ねたケンジは率先して彼女を手伝っていた。


「あんまりここで立ち往生しないでくださいい……混雑しますのでぇ……」


 はるみんのか細い声に聞く耳を持つなど多くはない。

 今そこではカナの話題で持ちきりだった。


「聞いたか。今期の〝書架〟は勇者の恋人らしいぞ!」

「言ってたな……しかもアルレンのあの様子……ありゃ妬いてたぜ、間違いなく」

「おま、殺されるぞ……」

「村で見かけたときは冴えない感じだったけどね」

「そういうのが好みなんだろ」

「でもなんでわざわざ王都に……〝後援会〟の根城だぞ?」

「それだけ価値があるってことよ。守ってあげなきゃ」


 ギルドの面々たちは再会を喜びながら、知り得る情報をそれぞれ語り、賑わっている。

 突拍子もない噂というのはこういうところから立ち昇るのだろう。


「おめーら少しは落ち着け! 本人はすでにここに居んだぞ! 口を慎みやがれってんだ。ったく……」


 喧騒を耐えがたく感じていたゴウキが、部屋中に怒号を響かせる。

 一瞬、部屋は静けさを取り戻すが、またすぐに騒がしくなった。


「見ろよゴウキの野郎、柄にもないこと言いやがって」

「ありゃ惚れてるぜ、間違いない」

「そんな美人なのか? いやエルフだから当然か……」

「でも巨大な霊体モンスターを吸って倒したって聞いたわよ。しかも鼻から」

「なにそれこわ……」


 とどまることを知らぬ盛況に、ゴウキの額に血管が浮き出ていく。


「くぉいつら……!」

「諦めな。あんたがマイノリティだよ」


 ハナは壁に寄りかかり傍観しながら、冷静にゴウキを制止した。


「ハナ。嗅覚の良いお前ならわかるだろ。あの〝書架〟……只者じゃないぞ、間違いなく」

「どーだかね。少し危険な感じはしたけど」

「そう。魔法の臭いだ。しかもかなり強力で、禍々しい……」

「考えすぎじゃない? よほどならゼノが本人に伝えるだろ。あれは自分の力に気付いてない目だったよ」

「いや、しかし――」


 結局、彼らもカナについての話題で盛り上がっている。

 何の根拠もなく、彼らはカナに大きな期待を抱いているのだ。

 もしかしたら世界が救われるかもしれない、と。それは彼らの悲願でもある。


 アルレンの周期が終わり、未来に対する展望があまりに暗かった彼らにとって、カナの存在は闇に差し込む一筋の光となっていた。

 希望はまだ潰えていないと、誰もが思っていたに違いない。


「む……? あれはたしか……」


 人の多さに困惑しているマヤが立ち尽くしていることに、ゴウキは気付く。

 マヤは注目の的になっており、ゴウキとハナに気付くと逃げるように合流した。


「いつの間にこんなに増えてたのね……」

「マヤだったな。こんなときに一人でどうした」

「少し外の空気を吸おうと思って」


 その割にマヤの腰には手荷物がさげられ、どこか目的地があるようにも見える。


「どこ行く気? いくら王都でも一人で出歩くのは危ないよ」

「王城よ。国王様に贈り物を届けてくるだけ。領地の経営でだいぶお世話になったから、そのお礼をね」

「王城側なら、まあ……」


 ハナは納得するそぶりを見せたが、ゴウキは腕を組みながら、眉根を寄せて唸った。


「リミとカナはどうした」

「ぐっすり昼寝してる。疲れてるだろうからそのままにしてきたの」

「うーん……。治安はともかく、王室の連中の一部は〝後援会〟に属しているからな……。かなり危険だぞ」


 マヤは王国の騎士であるムサシとの戦闘を思い返した。

 まるで歯が立たなかった。傷つけるつもりで放った魔法を、まるで子供のいたずらであるかのようにあしらわれたのも、記憶に新しい。

 罪を犯したわけでもないのに、筋書きと違うという理不尽な理由で殺されかけた。


「どうしましょう……。さすがに王都に立ち寄って何もしないのは無礼だわ……」


 マヤには女男爵(ハルモニア)の代理者といえど、貴族としての面目がある。

 謁見には至らずとも、顔を出そうともしないのは些か心象が悪い。今後の村への支援にも響くかもしれない。


「ハナ、護衛してやんな」

「……なんであたしが。まあ、別にいいけど」


 ハナは渋々といった様子でマヤに同行することとなった。


「いいの? ありがとう!」

「待ってて。……普通の格好に着替えてくるから」

「うん!」


 その後、国民に扮する姿になったハナと共に、マヤは王都の中心部に建つ王宮へと向かうのだった。


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