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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
30/110

#30


 コペラ村を出て、どれほどの距離を進んだだろうか。

 太陽が頭上を照らす時間にも関わらず、馬車を吹き抜ける風はどこか冷たくなり始めている。

 草原を彩る雑草も、どこか色合いが変わっているようである。


「ねえ、王都って寒いの?」


 カナはふと、気になったことを尋ねた。

 そもそもこの世界の気候のことをカナはよく知らない。本に書いてあった気がしなくもないが、たぶん読み飛ばしている。


「コペラ村に比べたら冷えるかもな。極点に近づくほど寒くなるのはカナちゃんの世界と変わらんはずよ」


 ゼノはそう答えると、足元の引き出しから膝掛けを引っ張り出した。


「あ、ありがと……」


 カナは渡された膝掛けを頭から被り、地蔵のように沈黙した。

 突然の奇行にゼノは目を丸くする。


「あの……それ膝掛けやねんけど」

「こうすると落ち着くの」

「あっそう……」


 ゼノは白けた眼差しを向けながら、見よう見まねで同じことをしようとする女子たちを眺めた。よほど暇なのだろう。

 万が一に備えて誰かが嵐を見張ってなくてはならないのだが、勇者も真っ直ぐに王都を目指しているようである。もはやその必要もないのかもしれなかった。


 宿舎を出てから野営を一度挟み、二日目の正午。

 勇者たちも何者かの足止めを喰らっていたようで、途中立ち往生することもあったが、彼らの前にようやく目的地が見えはじめた。


「みんな、見えてきた! あれがオレたちの目的地――『王都・オルキナ』や!」


 眼前に広がる世界に、カナは目を見開いた。

 遠方に見えるのは、都市を防御する立派な城郭(じょうかく)だ。

 そして王都全体を保護している巨大な魔法の障壁が、陽の光を反射し、目に映る。


「すごい……」


 カナはその景色に心を奪われ、自分が異世界にいることを強く実感した。


 そこから城門までは、あっという間だった。

 王都に訪れるのは自分たちだけではないらしく、行き交う者たちで混雑している。

 カナたちの馬車は注目の的だった。高級感溢れるキャビンもさることながら、そもそも馬が引いていないのだから当然だ。


 霊獣はどこか自慢げに、凛々しく高貴な態度を周囲に振り撒いている。


「止まれ!」


 武装した警備兵の男たちが入城手続きを行なっており、しばらくを経てカナたちの順番が回ってきた。

 それが仕事とはいえ、男たちはみな険しい表情をしており、軍服の上からでも鍛え抜かれた肉体をもっているのがよくわかる。

 すでに霊獣は厳しい男たちに囲まれてビビり散らかして震えていた。


「通行証を見せよ!」


 ゼノは指示に従って、あらかじめ手に持っていた筒状の書類を警備兵に手渡した。

 受け取った警備兵の男は書類を見るや、(いささ)か驚いた様子を見せ、カナたちを二度見する。


「つ、積み荷および手荷物の確認をする。乗員は降り、指示に従って動け」


 カナたちが馬車を降りると同時に、駐在所と思しきところから女性の警備兵がやってきた。


 女性は「失礼するよ」と一言、そのままカナたちが得体の知れないものを服の中に隠していないかを入念に調べた。


「前来たときはこんな厳しくなかったじゃん!」


 ポーチの中まで探られて、リミちゃんは不機嫌に頬を膨らませる。


「お嬢さん、このナイフは?」

「あっ……えっとぉ、自衛用の〝魔導具〟デス……」


 どうみても怪しいものの、女性はそれ以上彼女を咎めることはなかった。

 旅をするには必須のものだと納得してもらえたようで、リミちゃんは安堵の息を漏らした。


「良いものをもっているな。これ〝工房(アトリエ)〟でも随一の出来だろ」

「そ、そーなんですか? あちし貰っただけだからそこまでは……」

「ふむ、大事にしなさい。……して、そこのお二人の武器はどこに?」


 女性はカナたちに目をやった。カナとマヤからは、危険なものは見つからなかった。さりとて、ここは魔法のある世界だ。はいどうぞと通してもらえるわけではないのだろう。


「あ、あっと……」

「あたしは魔法の担当だから、武器はないわ。杖も持ってない」


 テンパるカナに先んじて、マヤが答えた。


「そちらの金髪の方は? エルフのように見受けられるが、その珍妙な格好は?」


 珍妙さでいえばリミちゃんも引けは取らないだろう。

 なんでわたしだけ指摘されるの。カナは心の中で反論した。決して口にはしてない。できない。


「ぶ、武器は……馬車の中にしまっているモップです……」


 カナは猫耳フードを脱ぎながら、正直に答える。

 麗しい美白の肌に似合わない目元の隈に、女性は何やらあらぬ勘違いをして、胸を締め付けられる思いに駆られたようである。


「かわいそうに……きみは……いや、やめておこう」

「えっ……?」

「辛くなったらいつでも私のところに逃げてきなさい。私が守ってあげるからね」

「えっ……?」


 女性はそうカナに耳打ちし、荷物の検査は無事に終わった。


「配信の影響でこんなに厳しくなったのかなあ。息苦しいね!」


 肩を伸ばしながら、リミちゃんが愚痴を溢した。

 馬車に戻った一行はそのまま大通りを進んでいる。『コペラ村』とは大違いの、見上げるほど高い街並みが行く先の向こうまで続いており、カナもマヤも興味津々に眺めていた。


「まー、ひとまずは無事に入国できて安心やな。今後のことはボスん家に着いてから説明する」


 彼らが向かうのは〝黎明〟の本部として使われる――アルレンの邸宅だった。

 しばし進んだ後、「着いた」とゼノが言った。

 周囲を見渡すが、何もない。否、そこはすでに広い敷地内の中だったのである。


 どこかの公園かと思えるほどに広い庭園は、草木がしっちゃかめっちゃか、自由に枝を伸ばしている。

 管理自体はかなり杜撰なようなのが見てとれた。


 そもそも、屋敷の主人は外出することの方が多いのだろう。世界を旅して医療技術を広めているとアルレンが言っていたのを、カナは思い出した。


「あ、アルレンさんって、爵位持ちなの……?」


 デカい館を見上げながら、カナは恐る恐るゼノに尋ねた。


「そりゃな。この馬車もこの館も、王室から与えられたもんやで。まあ、仲が良いとは言えんけど……あの人に逆らえるやつなんてこの世にはおらんし……」


 アルレンは侯爵位を持つという。彼の名につく〝リカオン〟という言葉は侯爵位の別名とのことだった。

 それを聞いたマヤは背筋を伸ばして石のように緊張していた。


 ゼノは敷地内にある錆び臭い車庫の入り口近くに、馬車を止めた。

 敷地が広ければ、馬車を停めておく場所も広い。学校の体育館と同じほどの広さがある。

 しかも、カナたちが乗ってきたものと同じ高級キャビンが、何台か保管してある。


「変な場所やろ? でももうすぐ、ここに目いっぱい馬車が停まるで。先に着いてるヤツもいるみたいやな」


 ゼノは誇らしげに説明した。

 どうやら各地に身を潜めていた〝黎明〟メンバーが、ここに集うことになるらしい。そのすべてが、カナを守れという命令に従って。


「……〝ほろぶろ〟は貴重品なんじゃ?」

「映像まで見れるやつはな。音声だけに限れば多くのメンバーが傍受できるぞ。それでも全員ではないけどなぁ」


 そんなこんなで、カナたちはいよいよ館の中に入った。

 内装に関しては言うまでもない。ゴージャス。しかしどこかカビ臭い。


 特筆すべきことがあるとすれば玄関口から直進したところにギルドの一団らしく受付カウンターが設けられていることだろう。なにやら眠りこけている少女がいるが、それは後。

 奥に繋がる部屋は事務室として使われているようである。


「おお、ゼノたちも到着したか」

「あ?」


 誰やねんとゼノが振り返る。気さくに声をかけてきたところには、三人組の男女が居た。

 髭を生やした横に長い男と、カナに似て気弱そうな縦に長い男と、目つきの悪い女だった。


「相変わらず愛想の悪い奴だなぁ」

「あー、ゴウキのとこか。アンタらが一番乗りなん?」

「ああ。元々いる連中を除けばな」


 ゴウキと呼ばれた横長の男は受付に視線を送りながらそう言った。

 そのまま、カナのほうに視線を移す。

 カナはというと、彼らの視界に映らないようにゼノの背後に隠れていた。


「……見ねえ顔が二人いるな。どっちがカナだ」

「あ、わたしです……」


 ゴウキという男、服装こそジーンズにTシャツにチェック柄のシャツと、現代風のカジュアルな格好をしているが、カナの苦手な雰囲気があった。

 有り体に言えば彼は絵に描いた海賊のような、怖そうな人だった。実際はまったくそんなことないのだが。


「いきなり〝書架(ホルダ)〟だかなんだかを押し付けられて大変だったろ。ここは安全だからゆっくり休んでくれ。せっかくだしうちのパーティメンバーも紹介しよう」


 ゴウキはそう言って、二人の紹介をはじめた。


 縦に長く、遠慮がちな雰囲気の青年がケンジ。

 丸眼鏡をかけており服装はゴウキと似てカジュアルだ。

 この風貌でありながら戦闘時には剣と盾を持って前衛を担う。


 そしてつり目をした十代半ばほどの女がハナ。

 濃紫色の艶やかな長髪が特徴的な少女で、パーカーみたいなワンピースを着て、ポケットに両手を突っ込む癖があるらしい。

 気怠げな雰囲気を醸しだしているが、戦闘時には傘を模した剣を持って前衛を担う。


「よ、よろしくお願いします……」


 カナは丁寧にお辞儀をした。人を覚えるのはあまり得意ではないが、仲良くなりたい気持ちが芽生えていた。


(って、みんな前衛なのかい! 勢いありそう。陽キャじゃん……)


「んで? そっちの赤い子は?」

「あたしはマヤよ。世界でいちばんの魔法使いになる者」

「へえー!」


 マヤは胸を張ってそう言いきった。彼らもどこか勢いに圧されているようである。


(……マヤって出会う人すべてに同じこと言ってるのか……。堂々としててかっこいい……)


「マヤちゃんはカナちゃんの護衛対象や。〝自覚者〟じゃないけどしばらくはここで過ごしてもらう」

「〝自覚者〟でもない子がアルレンとカノンを超えるって? 随分と大きく出るなぁ」


 ゼノの言葉に反論するように物静かにそう呟くのは、ハナだった。彼女の眼差しはアルレンと似ていて――物憂げで希望がないみたいだった。

 カノンというのが誰なのか、カナは知らない。アルレンと同列に語られるような人物が居るのかと思うと、少々気が滅入るところである。


「……たしかに、この旅であたしは自分の無力さを痛感したわ。知識も、技能も、世界から見たらちっぽけだった。だからと言って、諦める気はないわよ」


「うんうん。その意気や良し。ハナも見習う部分があるぞ」

「ふん……。まあ、頑張りなよ」


 ゴウキはマヤの堅い意思に感心しながら、ハナの挑発的な物言いを注意した。


「っと、呑気に雑談してる場合じゃねーんだった」


 ゼノは目的を思い出し、受付で鼻提灯をつくりながら眠りこけている少女を揺り起こそうとした。

「くぴーっ………………すぅ……」だが起きない。


「はるみん、はるみん起きろーっ! だめだ、寝顔が幸せそうすぎて罪悪感が!」

「ほえ……」

「起きろはるみん! 仕事せい!」

「んう……? あ、ゼノくんじゃないですかぁ。もどってたんですねえ。あれ、いま何時……?」

「女子寮の部屋の鍵ふたつ! はよう!」

「え、わたし今犯罪を目撃してる……?」


 はるみんと呼ばれる少女は、完全に寝ぼけていた。


 カナとマヤは後に知ることになるのだが。

 彼女は主人なきこの屋敷の門番(ガーディアン)を務める〝黎明〟の重役である。

 そしてそんな彼女が、玄関の鍵を開けっぱなしにしたまま眠りこけ、他者の侵入に一切気が付かない自堕落ぶりを見せている。


「あーもう! リミちゃん、あと頼むわ!」

「おうっ?」


 元気な返事をするさなか、面倒ごとを押し付けられていることに気がついたらしく、リミちゃんの声が上擦った。


「ちょっと出かける!」

「ど、どこに……?」

「〝工房(アトリエ)〟や。味方に付ければ心強いからな。先手必勝!」


 ゼノはそう言うと、慌ただしい様子で邸宅を出て行ってしまった。

 何のことかわからないカナとマヤは、互いに顔を見合わせた。

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