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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
28/110

#28


「はあああああああああああああっ!?」


 カナはこの世界にきて以来もっともデカい声をあげた。


「か、カナ……いったいいつから……」


 マヤは茫然としながら、カナに問う。

 カナはとにかく首を横に振りまくって、それを否定した。


「あ、ありえない! ひと違いだよ。わ、わたしじゃない!」


 カナは赤面しながら弁解し、思考を巡らせた。

 まさかエルフのカナが――と考えたが、それもありえない。

 リュウはカナと出会ったとき、名前を尋ねた。その時点では初対面だったはずである。


「ありえん話でもないやろ。勇者の目的は元の世界に帰ることやし。カナちゃんの未来の……カレシとか?」


 ゼノはそう推測して、反撃を覚悟しながら恐る恐るカナの方を見た。

 しかしカナの顔は沸騰したやかんのようになっており、もはやそれどころではないようである。


「ありえないいいいいいいっ! わたしに……カレシだと! なんだその日本語!? できるわけないでしょうがっ!」

「そんな堂々と言わへんでも……」


 カナの記憶にも新しい、リュウの爽やかな顔立ちは、誰がどう見てもイケメンである。

 吸い寄せられるほどミステリアスな海色の瞳に、派手やかさを感じさせぬ優しい色の金髪。そして安心して身を委ねられそうな程よい体格――。


(ってそうじゃなーーいっ!)


 好意があるなら直接伝えてくれれば、満更でもない様子で交際を受けいれていたかもしれないのに。

 という自覚が悔しいことにカナにはあり、それはそれで情けない自分を認識してしまうわけで。


 愛の告白すらされてないのに恋人扱いを、しかも不特定多数の〝自覚者〟が視聴しているかもしれない配信でぶちまけるのは、いくら勇者がイケメンだとしても――。


「引くわっ!」


 ――それが結論である。


「と、とにかく、話は終わってないようだから、みんな配信に集中しよ?」


 リミちゃんはカナの豹変ぶりに苦笑しながら、彼女を落ち着かせた。

 ゼノはこのとき、リミちゃんの表情がごくわずかながらに曇っていたことを、見逃さなかった。


『カナが、お前の恋人――』


 ホログラムに映し出された画面はアルレンの見ている景色であり、本人の姿は映っていない。

 それでも、冷徹な彼が驚きに言葉を失っていることは火を見るよりも明らかだった。


『そうさ……。少しでも彼女に危害を加えてみろ。〝黎明〟も〝後援会〟も関係ない。永遠に苦痛を与え続けてやる……』


 涙と土で顔を汚しながら、憎悪に満ちた声音でリュウはそう告げた。

 その発言により、カナの争奪戦が勃発することが確定したと言っても、過言ではなかった。

 さりとて、力尽くで捕まえようものなら、神の報復が待ち受ける。


 カナの身近な者から人質をとるのが最善択というような状況になろうとしていた。


『ゼノ――観ているな?』


 懐から新たに煙草を取り出して咥えながら、アルレンは画面を見ているゼノに呼びかけた。


『すぐに王都へ向かえ。カナは――使える(・・・)

「へっ、そうこなくっちゃな! みんな、出発準備や!」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ゼノは不敵な笑みを浮かべた。


『映像および音声を視聴するすべての〝黎明〟メンバーに命ずる。王都を目指すゼノたちを補佐し――カナを死守しろ』


 ぴつん。

 何の前触れもなくアルレンの命令を最後に、配信は終了した。



 *



 ところ変わって、山岳地帯。

 つい先ほどまで大きな戦闘があったとは思えないほどに静かで、空は元の青さを取り戻している。


「カナは……王都に向かうんだね?」


 リュウは胸を押さえ弱々しく立ち上がりながら、アルレンに尋ねた。


「ああ。追いたければ追うといい」

「止めようとはしないんだな……」

「ここではしない。お前のその力……長距離移動には適さないとみえる」


 リュウは否定せず、俯いた。

 電気と同化して高速で移動する彼の能力が呼吸器に大きな反動を起こすことを、アルレンは戦闘のうちに見抜いていた。


「……地平線を動かせということだね」


 リュウは〝闇の渦〟を知らず、見ることができない。崩壊をもたらすそれは彼から見た地平線の先にあるものだからだ。

 雷剣の始動状態を停止させ懐に収めたリュウは、ゆっくりとその場を去ろうとする。


「一つだけ答えろ。お前は前の周期で何を見た? 魔王を復活させる糸口など、ありはしないとお前もわかっているだろう」


 アルレンはその背を眺めながら、勇者に尋ねた。

 それ以上の無様を晒したくなかったリュウは足取りを止めるが、振り返りはせずに答える。


「……不完全な世界にも、均衡(きんこう)力があるのさ。きみならわかるだろう」


 均衡力。その言葉にアルレンには一つ心当たりがあった。


「――〝時の魔女〟……。顔を思い出すだけで反吐が出る」


 勇者の完全な制御を実現したアルレンの周期では、繰り返しの世界が終わったと誰もが歓喜したものだった。

 冷酷な手段を用いたことには目を逸らし、互いに未来への展望を語り明かした。


 しかし、正しくないものはいずれ正される。熟れた果実が枝を離れて地に還るように。


 それは人為的な力かもしれないし、大自然の自浄作用かもしれない。

 アルレンが視たその均衡力には――両方の性質が備わっていた。


 〝自覚者〟たちの間でまことしやかに噂されていた存在が、アルレンの周期に終わりを(もたら)したのである。

 それはまさしく、百を超える周期で運命に勝利してきたアルレンの初めての敗北であり、理不尽に対する怒りが彼の根底に根付いていた。


「それと、一つ勘違いがあるようだから教えとく。魔王を復活させる糸口は、ある」

「なんだと?」

「きみたちは僕を王都に誘導しているつもりだろうけど……。結局はすべて、運命の掌の上ってやつさ」


 自嘲気味に吐き捨てた後、負傷したままのリュウは折られた腕を押さえながら、重い足取りでアルレンの視界から消えていった。


「運命……」


 独りとなったアルレンは言葉の意味を確かめるようにぽつりと呟く。

 無感情な眼差しに確かな苛立ちが募るのを自覚して、捨てた吸い殻をひときわ強く踏みにじった。

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