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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
27/110

#27


 装飾の一つもない黒の大剣が、虚空に魔法陣を描く。

 するとアルレンの周囲に、亀の甲羅のような模様をした、黒い防壁魔法が展開された。


「……厄介なものを」


 まるで知能を持っているかのように、自発的に保護魔法を与え、主を守る大剣。

 リュウはかつて、そんなものを見たことがなかった。


 大剣が舞い、リュウに斬りかかる。あまりにもしなやかで、そして機械的に正確な剣筋。

 咄嗟に見切り、受け流すのは難しいと判断したリュウは、跳躍してそれを回避した。


 彼の後方では、崖が歪み一つもない断面を露わにして崩れ落ちていた。


 大剣は人が持つそれとちがって、慣性をものともせずに利用する。

 人間の手では不可能な角度から、空中にいるリュウを刺突により追撃した。

 切先は、紛れもなく彼の心臓を狙っている。


 さりとてリュウもまた、常人離れした方法でそれをあしらう。

 稲妻と一体化する彼を、大剣が追う。

 そのさなか、リュウはアルレンに向けて雷撃を試みるが、防御壁はそれをいとも容易く防ぎきった。


「……耳障りな攻撃だ。お前の相手はその剣だと言っているだろう」

「上等だ……」


 リュウは空中で、剣を空に掲げた。

 雲一つない晴天に、雷雲が形成され、広がっていく。

 突然に空が暗くなったことは『コペラ村』の住人たちも気付いたに違いない。


『開け――《霹靂(へきれき)の檻》!』


 リュウの詠唱の直後、雷雲から六本の雷が落ち、柱のように天地を繋いだ。

 黒い大剣はその檻の中に囚われた。

 六ヶ所の柱はレーザーのような電撃を放ち、外に出ようとする大剣を撃墜した。

 大剣は意思があるかのように、再び浮かびあがるものの、六の柱が容赦なくそれを焼き落とす。


「意外とやるじゃないか。破壊せずとも、詰ませはするか。……だが」


 アルレンはそう言うと大剣を消して、近くに再召喚した。

 続け様に放たれた言葉に、リュウは(いささ)か絶望したに違いない。


「奪われたのなら、出し直せばいい。この大剣は〝魔導具〟ではなく一つの魔法だ。だからたとえば……こんなことだって出来る」


 アルレンは黒い大剣を、四本に増やしてみせた。

 それらは一定の間隔をとりながら、主の周囲を守護するようにまわっている。


「怪物め……」


 リュウはこのとき、自身が相対する者が人の皮を被ったバケモノであることを再認識していた。


 四本の大剣は相互に異なる魔法を掛けて、互いを強化し合う。

 そして尚も、アルレンの澄ました表情から見てとれる余裕。

 彼はまだ一抹の本気も見せていない。


「しっかり防げ。この剣はどんな金属よりも硬く、そして軽い。人の身体など紙細工にも等しい」

「……僕を殺せないはずでは?」

「殺しはしない。脳だけは(・・・・)、丁重に扱ってやるから安心しろ」


 リュウは過去のしがらみを思い起こし、殺意を剥き出しにした。

 幾度となく降り注ぐ雷が、アルレンの大剣に向けて落ちていく。

 いくら敏捷性が増大した大剣だとしても、雷電の速さには到底及ばない。


「アルレンッ――!」


 稲光は視認を眩ませ、轟音は耳を(つんざ)く。リュウは不可視不可聴の斬撃をアルレンに浴びせようとした。

 しかし防御魔法に阻まれて、太刀筋はその向こうまで至らない。


「何度も言わせるな。お前の相手は――」

『――隆起せよ(ライジオン)!』


 アルレンの足元――城壁の内側にある地面が、棘のかたちに変わった。

 あわよくば突き刺されと願って伸ばした棘は、咄嗟に避けられたものの防御壁の外側まで伸びていく。

 リュウは天高く伸びるその棘に向けて、徹底的に雷を落とした。


「死ねッ! 頼むから! これで、死んでくれッ!」


 思惑通りに、超高圧の電流は防御を超えてアルレンを感電させた。

 しかしリュウの悲痛な叫び虚しく、それでもアルレンは微動だにしなかった。


「ふむ、工夫だけは認めよう」

「なんで……。どうして効かないんだよッ!」

「お前が雷を理解していないからだ」


 たかが雷、アルレンからしてみれば誘電性を持つバリアで周囲を覆うだけでどうにでもなるものだった。


 リュウはひたむきに攻撃を続けていただけなのにも関わらず、呼吸が荒くなっている。

 度重なる放電現象により、周囲の酸素濃度が低下していることに、リュウ自身が気付いていなかった。


「まるでこう言いたげだな。〝本に書いているのに、どうして行動を縛れないんだ〟と――」

「くっ……」

「俺は本に縛られん。……興醒めだ。大剣を出すまでもなかったな」


 アルレンはそう言うと、切先を向けリュウを包囲していた大剣を消した。


「僕を馬鹿にするな……!」

「お前をねじ伏せるには、一グラムの火薬さえあれば充分らしい」


 そう挑発するアルレンに、防御魔法は掛かっていない。

 リュウはここぞとばかりに吼え、隙を晒したアルレンに向けて剣を振るう。迷いなく、首を刎ねるつもりで斬りかかった。


 その直後だった。

 稲妻が何かに引火して爆発が起こり、リュウは岩肌に叩きつけられた。

 常人ならば形すら残らぬ規模の爆発である。それだけで済んでいたのは、リュウ自身も人間離れしている証左に他ならない。


 それでも尚、アルレンには遠く及ばない。

 彼に一秒でも膝を付かせることすら、ままならない。


「がはっ……!」

「だから言っただろう。お前の持ちうるあらゆる手段は俺には効かない。そして俺はお前をあらゆる手段で殺せる。斬殺も、毒殺も、絞殺も、爆殺も、撲殺すらもできる。はっきりと言おう。お前は俺には勝てない」


 諦めず立ち上がろうとする勇者の腕を、アルレンは踏みにじる。

 そして痛みに悶える彼の姿を虚ろな瞳で眺めながら、独り言のように呟いた。


「俺は長い時間をかけて〝解放の渦〟や勇者と〝自覚者〟の持つ〝波及力〟に関する研究をしてきた。

 破壊の現象を止める手段はあるのか?

 解放に飲まれた後に残留する思念体に干渉する方法は?

 気付かぬ者を〝自覚者〟へと変えることはできないのか?

 ……未だに答えには辿りつかない。だが、一つ結論づけたことがある」


 闇の渦の目前にまで赴き、決死の覚悟で調査をしたこともあった。

 道ゆく全ての者に名前を尋ねたり、逆に自分から名前を与えたりして、反応を確かめることもあった。

 そこまでしても、アルレンは有意義な答えを得られなかった。

 その理由こそが、彼の見出した唯一の結論である。


「この世界には人智の及ばぬ物理法則が作用している、ということだ」

「なんだって……?」


「お前の持つ魔本こそ最たる例だ。工房(アトリエ)がどんな〝魔導具〟を開発しようとも到達できない、まさしく至高の領域にあるとも言える〝神をも生み出す機械〟――お前も散々、遊んだようだが」


 その言葉にリュウは、暗い表情のまま顔を伏せた。

 勇者はこの世界で最も危険な男だと、誰もが言う。

 そして多くの〝自覚者〟が彼を憎んでいる。


 永きにわたる周期の連続だ。彼が使命を放り出して、本の力を悪用した時間軸もあったのである。


「遊んだだと……。誰のせいだと思ってんだ……! 僕がいつ、こんなハリボテの世界を救う勇者になりたいと頼んだ! 勝手に選んで、勝手に責任を押し付けるなよ……ッ!」


 リュウは勇者だ。さりとて、善性の権化というわけではない。

 きっかけさえあれば簡単に壊れる。他の誰とも変わらない、普通で、脆弱な精神の持ち主に過ぎない。


「きみだよ、アルレン。きみさえ居なければ、僕は少しでもまともで居られたはずなのにッ!」

「世界を救うためだ。それ以外の理由はない」

「僕は違う……。世界なんて、クソ喰らえだ――」


 自嘲するような笑みを浮かべながら、リュウはそうやって吐き捨てた。

 よもや、戦意は喪失しているようにも見える彼を、アルレンは結晶化した靴で蹴飛ばした。

 鮮血が宙を舞い、地を汚す。


「確かにわかったことがある。お前は勇者の器ではない。崇高な魔本がお前を選ぶ理由がない」

「そんなこと――僕が一番よく知ってるさ」


 弱々しくリュウは肯定した。


「なら答えろ。お前に魔本を渡した女神とやらは何処(どこ)に居る?」

「女神も……所詮は本に書かれた被造物だ。そこらにいる魔物と本質は変わらないんだよ。呼んだところで役に立たないのは〝後援会〟が実証済みさ」


 アルレンはそれを知っている。勇者は過去に女神を呼び寄せ、助けを求めたこともあった。

 ではなぜ知っていることを尋ねたのか。これはある種の誘導尋問である。


「では、カナは?」

「…………」


 アルレンの予想した通りに、リュウは狼狽(うろた)えた。


「居場所が知りたいなら教えてやる。その代わり、質問に正直に答えろ。お前はなぜ、カナに固執する?」

「カナは……僕の希望なんだ」


 アルレンは勇者の腕を踏み潰し、それを折った。

 悲鳴が山に響き渡る。


「答えになっていない。なぜ希望だと言える? 彼女はお前のことを知らないと言っていたぞ」


 その言葉が(こと)(ほか)鋭利だったのか、リュウは情けなくも涙を流しはじめた。

 そして覚悟を決めた様子を見せてから、リュウは恥を偲んで大々的に叫んだ。



「カナは……。カナは、僕の恋人なんだ――ッ!」



 しばしの時、世界は口を半開きにして沈黙した。

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