#26 勇者とアルレンの邂逅
コペラ村北部の山岳域。
鬱蒼とする森林を抜け、尚も山を登り続けると、植物が自生しない切り立った渓谷がある。
起伏が激しく、崩落の危険もあり人が寄り付かない険しい山道の半ばで、アルレンは煙草をふかしながら勇者が来るのを待っていた。
彼が高所を選んだのには理由がある。
勇者が標高の高いところに行けば行くほど、闇の渦の目が広がっていくのである。
逆に海抜の低いところにいくと、渦の目は半径四キロメートルまでは縮小する。
アルレンが過去に実証した事実であり、彼は多くの〝自覚者〟に真相を知らしめるためにこの地を選んだのだった。
約束の時は刻一刻と近づいていく。
そしてついに、勇者・リュウがアルレンの前に姿を現した。
互いの眼差しに、光は無い。
極限まで狂った者は、それを他者に悟らせないものだ。
永きにわたる周期を共にした二人は、再会を喜ぶでもなく、殺意を剥き出しにするでもなく、ただ無感情な様子で向き合っていた。
「久し振りだな」
顔を俯かせたまま紫煙を吐き散らし、先に口を開くのはアルレンの方だった。
「ああ」と、リュウは短く返した。
「仲間は一緒じゃないのか?」
「意味もなく死なれては困るからね」
「――お互い様だ」
二人は互いに仲間を連れてこなかった。
これから起こるかもしれぬ戦闘に介入する資格のある者など、彼らの身近には居ないからである。
「カナはどこにいる?」
「さあ……」
「取引を持ちかけたのはそっちだろう。なにが望みだい? なにを本に書けば、カナの居場所を教えてくれるのかな」
「俺は未来に興味などない。ここにお前が来た時点で、望みは概ね叶ったと言える」
アルレンの意味深な発言に、リュウは怪訝な表情を見せる。
「どういうことだ?」
「俺の望みは、お前の選択そのものだ」
アルレンはカナ――勇者の旅路には関与しない、ただの屋敷の使用人を餌にして、勇者の前に振り撒いた。
そしてアルレンの想定通り、それに喰いついたからこそ、リュウは今この場に居る。
勇者がカナに固執しているという仮定は、これで事実となっていた。
「発言には気を付けることだ。俺の視界は同報通信魔法によって世界に発信されている。〝後援会〟の連中もそれを見ているだろうからな」
アルレンはそう警告した。
彼の後方にはゼノが宿の床で披露したものと同じものが設置されており、うにょーん、うにょーんとアンテナを回しながら天に輪っかの光線を飛ばしている。
「また奇妙なものを作ったんだな……」
「良い機会だ。情報交換といこうじゃないか」
「新参のきみが、一体僕に何を教えられるというんだい?」
リュウは苦笑しながら、アルレンの提案を一蹴した。
「――〝暗黒の周期〟」
アルレンがそう答えると、リュウの顔から笑みが消えた。
勇者がAからZの周期を順番通りに進むのに対して、〝自覚者〟たちはそれらをランダムに進んでいく。
それはつまり、勇者が知らぬ未来のことを〝自覚者〟は一部知っているということになる。
その一つが〝暗黒の周期〟と呼ばれるものだった。
「生憎だが、それについては〝後援会〟から聞いてるよ。それに、心底興味のないことだ。僕がここで知りたいのはただ一つ――」
リュウは争いは避けられないと悟り、腰の剣を引き抜き、アルレンにその切先を向け、問いただした。
「――カナは、どこにいる?」
ようやく勇者が敵意を露わにしたことを悟り、アルレンは煙草を片手に挑発する。
「知りたければ吐かせてみることだな」
アルレンの言葉を皮切りに、瞬間、リュウは雷へと変わった。
地を揺るがすほどの雷鳴と共に、落雷のような剣撃がアルレンの腕を斬り落としにかかる。
彼の手に持っていた煙草が、その熱によって煤に変わった。
「きみには感謝してるよ。きみが居なければ、僕はここまで強くなろうとは思わなかっただろうから」
閃光のような剣撃を受けても、アルレンは動じていない。
ダイヤモンドのように硬く変質した白衣の袖が、それを容易く受け止めている。
「はて……ついこの前まで養液の中で保管していたはずだが」
「いつまでその余裕を見せてくれるかな!」
リュウの連撃はあまりにも速い。瞬発的な衝撃の連続にアルレンの防御には少しずつヒビが入っていく。
しかし損傷を上回る修復速度に、リュウは攻撃の手を止めて一度距離を置いた。
「始動すらしてない武器で俺に勝てると思うのか?」
「ごめん、侮っていたよ。――ここからは本気で殺ろう」
「やれやれだ……。俺はお前を殺せないというのに……」
二人は互いに、手札を一つ切り出す。
『〝始動〟――我が手に来たれ、《雷帝の剣・グラム》!』
『――炭の魔法』
リュウの手には、刃に青い迅雷が迸り轟音を轟かせる黄金の剣が。
そしてアルレンの側には、主を守るように宙に浮かぶ漆黒の大剣が。
互いを斬り伏せるために顕現した。
「ずっと待ちわびていたんだ。復讐する機会をね」
「勘違いしているようだが……お前の相手は俺じゃない。この剣だ」
熾烈を極める戦いの火蓋が切って落とされた。




