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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
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#24 自覚者たちの安息


「もう少し進めば〝自覚者〟用の宿舎があるはずや。今日は屋根の下で寝れるで!」

「各地の辺鄙な場所に宿屋があるのは知ってたけど……あなたたちだったのね」

「闇の嵐が恐い奴は一生勇者に振り回されるようなもんやからな。旅が多いねん。もちろん〝自覚者〟は無料や!」


 その言葉にマヤは首を傾げる。


「え、あたしは?」

「…………」

「は? まさか金取るの!」

「しゃーないやろ! そーいう決まりやねん!」


 その後マヤは〝自覚者〟のふりをすると言い出して。

 ゼノはそれを絶対にバレるからと必死に止めた。

 口論の末に、ゼノが料金の半分を出すことで双方の納得となった。



 *



 しばらく後、カナたちは目的地の宿舎に到着した。

 周囲には何もない、平原のど真ん中に(たたず)む一軒の木造の宿だ。手入れが行き届いており、小洒落た見た目をした建物だった。

 コテージがあり外の景色を眺めながら食事が出来るようだが、立地のせいもあってか閑散としている。


 彼らが着いた頃、空は夕陽により朱く染まっていた。

 ムサシの襲撃により大きな遅れが生じていたが、日没までに辿り着いたことにゼノは安堵している様子だ。


 目立たぬ場所に馬車を止めると、ゼノは一度キャビンから降りて、お礼を言って頭を撫でてやってから霊獣を元の巻物に戻した。


「入る前に、ルールを伝えとくで。破ったら出禁やからな、頼むで」


 眠っているリミナを抱きかかえながら、ゼノは説明を始めた。


「まず一つ、喧嘩をしない! はい復唱!」

「いいから次言いなさいよ……」


 マヤは気怠そうに突っ込んだ。


「け、喧嘩をしない……!」


 カナは小さい声で復唱した。


「そして一つ、部屋を汚さない! ここはラブホやないでな」

「へ、部屋を汚さない……」


 大人びた言い方にカナは少し赤面する。


「最後に一つ、裏切らない!」

「どういうこと?」

「この宿舎は中立の立場の〝工房(アトリエ)〟が管轄する〝自覚者〟のためのものや。時には敵対する組織が鉢合わせすることもある。喧嘩はできん。するとどうなると思う?」


 マヤは見当もつかないと、首を横に振る。


「会話を通じて仲良くなりだすんや……。酒の力は恐ろしい。互いに平気で秘密をべらべらと喋る……。せやから気をつけるんやで。少なくとも酒は禁止や。オレも絶対飲まんから」


 ゼノは饒舌になりながら説明した。


「……過去にやらかしたのね」

「と、とにかくこの三つ! 全国共通やからな! ほな行こ」


 宿屋の一階は酒場になっていた。

 夕食の時間だが、並べられた円形のテーブルに客は居ない。

 奥に行くとカウンターがあり、色とりどりのワインボトルが並べられている。

 奥の部屋は厨房だ。しかしあまり、使われている様子はない。

 客も居なければスタッフも居ないようである。


 カウンターにはバーテンダーの姿をした店主と思しき若い女性がおり、肩から垂らした栗色の髪を揺らしながら、ワイングラスを磨いていた。


「あら、ゼノくんじゃない。久し振りね。リミちゃんは……何かあったみたいね」

「おう。空いてる? 二部屋取りたい」

「空いてるけど……そちらのお二人は?」


 店主はカナとマヤの方を見て尋ねた。

 殺伐な空気感を覚悟していたカナは、落ち着いた様相の店内と、彼女の穏やかな雰囲気に安堵しているところだった。しかし、


「〝書架(ホルダ)〟のカナちゃんと、赤い方は友だちのマヤちゃんや。〝自覚者〟やないから一人分の金は払う」


 ゼノがそう紹介すると、店主の目の色が明らかに変わった。


「……滞在してるとわかったら〝後援会〟が黙ってないわよ?」

「長居する気はあらへん。明日には出発する」

「なら、いいけど……書架さんもいるし、料金は取らないわ。面倒ごとだけは持ち込まないように」


 店主は二部屋分の鍵をゼノに渡し、そう警告した。


「おっ! 助かるわー。まあチップは弾んどく!」

「ふふ、世渡り上手さん」


 四人は壁際の階段を登り、宿泊部屋に向かった。


「オレはリミちゃん寝かしたら馬車隠してくる。二人は適当に過ごしといて。くれぐれもルールは守るように!」


 ゼノは二人に念を押して、部屋に入った。


「……あたしたちも少し(くつろ)ぎましょう」

「うん」


 その部屋はツインベッドと鏡台が置かれている、簡素な造りだった。

 大きな窓があり、外には木製のベランダがある。マヤは物珍しそうに閉じられていたカーテンを開けた。


「すごい。こんなに大きくて精巧なガラス初めて見た! ……カナ?」


 カーテンが開かれた直後、カナはしゃがみ込み、小刻みに震えだした。


「……ごめん、マヤ。カーテン閉めてほしい……」


 カナの目に映った景色の向こうには、自身を引き伸ばして喰った闇の嵐が蠢いていた。

 決して忘れることのない理不尽と恐怖。

 いくらここから離れた場所にあったとしても、断じて気が休まるものではない。


「だ、大丈夫?」

「うん……見えなければ……」

「気付かなくてごめん。あたしには何も見えないから……」

「いいの。いつか慣れなくちゃいけないものだから」


 カナは呼吸を整えて、ゆっくり立ち上がる。


 それと同時に、部屋の扉を弱々しくノックする音が鳴る。

 マヤが扉を開けると、悲しそうに俯いたリミちゃんが立っていた。


「リミちゃん!」

「ふええええええええええええん!」


 マヤがリミちゃんが目覚めたことに安堵すると同時に、リミちゃんは泣きじゃくりながらマヤの胸に飛び込んだ。


「大丈夫なの? 身体どこも痛くない?」

「骨折ったぁぁぁぁぁぁ!」

「痛いの? 霊獣の『ヒール』が効かなかったのかな」

「痛くはないけど……。治癒魔法で骨折治すと骨盤歪む……」

「そ、そうなんだ……?」


 それは乙女にとって死活問題である。

 しかし、マヤは元気そうなリミちゃんを見て笑みを溢した。


(よかった。いつも通りのリミちゃんだ)


 カナもリミちゃんの姿を見て、闇に対する恐怖が和らいだ。

 リミちゃんはその様子に気付き、


「カナお姉ちゃぁぁぁぁぁん!」


 カナのところに飛び込んだ。

 こういう時に受け止めるという概念を知らないカナは、そのままベッドに押し倒されてしまった。


「り、リミちゃん……?」

「怖かったよー!」


 怖かった。その一言でカナは気付いた。

 リミナの恐れを知らず果敢に立ち向かう姿は、きっと強がりだったのだと。


「うん……怖かったね……。でももう、大丈夫だから……」


 途端にカナも、みんなが無事だったことが奇跡のように思えて、一緒に啜り泣きはじめた。


「リミちゃんー……!」


 マヤも飛び込んできた。三人は一つ同じ屋根の下、身を寄せ合って平穏な喜びを分かち合った。



 *



 夕食の時間。

 ゼノは馬車から使える食材を持ってきて、厨房を借りて料理している。

 食べる専門の女子三人は、一つの机を囲み、雑談に花を咲かせながら待っていた。


 そんな時。

 からんからん、と宿舎の扉を開く音がして、三人は誰だろうと注目をする。黒い鎧が顔を覗かせ、三人の時間が止まった。


「あーやっと着いたぜ……。……あ?」


 くたびれた様子でそう呟くのは――ムサシだった。

 三人は悲鳴をあげた。


「あ、あ、あ、あ……」


 マヤは恐れるあまり、彼を指さして口をぱくぱくとしながら、思考のエラーを吐いている。


「ど、どうしてあなたがここに……?」


 カナは八重歯を剥き出しにしながら威嚇するリミちゃんを庇いながら、勇気を振り絞って尋ねた。


「そりゃこっちの台詞だ……。俺はここに駐在してんだよ」


 両手を上げて争う気はないと示しながら、ムサシはそそくさと停泊している部屋に入っていった。


「し、死ぬほどビビった……」


 マヤは胸を撫で下ろす。

 宿舎のルールが無ければまた戦闘になっていたのかと思うと、ゾッとする話である。


「はーいお待ちどー」


 しばらくして、ゼノが料理の皿を持ってきた。

 サラダ、パン、ベーコンにポタージュスープ。ありふれたメニューだが、出来栄えがプロ顔負けだ。


(ゼノって見た目に反してかなり家庭的だな……)

「うーん、美味しいー!」

「ゼノって意外と器用よね。リミちゃんと一緒に屋敷に来ない?」


 二人は思い思いの感想を述べていた。


「カナちゃんはどうよ?」

「え?」

「料理の感想聞かせてよー!」

「あ、もちろん美味しいよ。スープとか、特に」


 カナが彼の料理を食べるのは二度目だった。

 簡素なメニューなこともあるが、実力はジンに勝るとも劣らない。

 彼の料理からはなんとなく、実家を思い出させるような懐かしい味が感じられるのである。


「へへっ。よかった!」


 ゼノは歯を見せながら、ニッと笑った。


「俺の分はねえのか?」

「あ?」


 誰やねんとゼノが振り返ると、そこには鎧を脱いで私服姿になったムサシが別の席で煙草を吸いながら寛いでいた。

 ゼノは悲鳴をあげた。

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