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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
21/110

#21


 その日の夜。

 新進気鋭たる四人の冒険者が、薪に焚べられた炎を囲み、暖を取りながら休息している。


 陽が沈んでからの移動は危険らしく、川辺を見つけて野営をすることになったのだ。


 マヤは火に照らされた赤い髪を揺らしながら神妙な面持ちで立ちあがると、ゼノの目の前に移動した。


「なんや? マヤちゃん」


 腕を組み、見下すような視線で彼を睨みつけるマヤに、されどゼノは挑発的な笑みを返した。


「ゼノ……。あなたを、パーティから追放するわ」


 突然の宣告にゼノは一瞬目を丸くする。しかしすぐに普段どおりのニヒルな笑みを浮かべ、マヤに反問する。


「……オレ、リーダーなんやけど?」


 ほとばしる緊張感。リミちゃんはなにも言えず膝を抱えながら、顔を伏せて震えている。


 カナは無表情のまま、まっすぐに焚き火を見つめていた。まるで興味がないとでも言うかのように。その目線は死んだように冷たい。


「そうね。でも今日からは違う」

「一応、理由を聞こうか?」

「三人も女の子がいるパーティに、男を混ぜるなんてあり得ないでしょ?」

「――言いたいことはわかる。けど……合流してきたのそっちやで? それになにか勘違いしてるようやから、教えたるわ……!」


 リミちゃんが寄りかかるのを気にも留めずに眠るサイの霊獣を指さして、ゼノは堂々と言い放った。


「その霊獣も、男の子や――」


 サイはおおきないびきで返事をした。

 想定外の反論にマヤは眉をひそめて、我慢していた本心を吐露した。


「あなた気づいてないようだけど……その髪、夜になると蛍みたいにひかってて気が散るのよね」

「なっ――!」


 もはやただの誹謗中傷である。


 どさり。

 突如リミちゃんが脱力し、地に横たわった。おなかを押さえて、小刻みに震えている。

 腹痛に耐え、必死に肩で呼吸しながら、彼女は言葉をひり出した。


「も、無理……っ! あちしの負け……!」


 こうして互いに親睦を深めるためにリミちゃんが考案・主催した〝先に笑った方が負け! パーティ追放ゲーム〜!〟はチーム・カナの勝利で幕を下ろしたのだった。


「余裕すぎるわね」


 マヤは勝利の笑みを浮かべながら、元いた場所に座りこんだ。


「ちょっとリミちゃんー! ツボ浅すぎー!」

「だって……! 蛍……無理それにしか見えなくなった! 蛍じゃん……!」


 リミちゃんはゼノの頭を指さして爆笑していた。


「え、そんなにひかってる?」


 不安そうになるゼノを見てリミちゃんはさらに大喜びである。


「冗談だから安心しなさい」


 見かねたマヤは呆れつつも、念のためフォローを入れていた。

 盛りあがる三人を終始傍観していたカナはというと、


(帰りてええええええええええ!)


 舞いあがる火の粉の数を数えながら、こころのなかで泣き叫んでいた。


 三人ともコミュ力が高すぎる。異世界ってみんなこうなの。

 今後ついていける気がしないんじゃが。


「ほな、ちょっと早いけど寝るかぁ。早く寝て、早起きしよ」

「えー! もう?」


 ゼノの提案にリミちゃんは不満げな様子を見せる。


「起きてたいなら、先にリミちゃんが見張りやで」

「んうう……!」

 

 たとえ旅路の途中でも、金品目当ての無法者や〝後援会〟の手先に狙われる可能性は常にある。


 霊獣の鋭い感覚や、周囲の索敵を自動で行う魔導具こそあれど、それが警戒をおこたる理由とはならない。


 幼く見えるリミちゃんも、長きにわたる経験から旅の危険は熟知している。


「……着替えてくる」


 彼女はそれ以上反論することなく、ふて腐れて頬を膨らませながらも、ゼノの指示にしたがった。


「カナちゃんとマヤちゃん、よう聞いてー。寝る場所はキャビンが一人、テントが二人や。三人でテントに寝てもいいけど、たぶん狭苦しいで。今日はオレがするけど、一人は周囲の警戒! おっけー?」


 ゼノの説明に、二人はうなずく。


 続けて彼はキャビンの上部に取りつけられた〝魔導具〟の説明をした。

 見るとそこには、小さなアンテナのような形をした機器が取りつけられている。


 魔力を動力源とした機械らしく、そのアンテナはかすかな音を立てながら自発的に回転していた。

 捕捉範囲に入りこんだ生物の熱源を探知し、警告音を鳴らすというものらしい。精巧な作りにマヤは感心している。


「今までたくさん勉強してきたつもりだったけど……世の中は、知らないことであふれてるのね」

「王都にある〝工房(アトリエ)〟はもっとすごいでえ。見せてやりてーけど……たぶんマヤちゃんは断られるな」

「それはあたしが〝自覚者〟じゃないから?」

「そゆこと」


 それは別に気にすることじゃないと言うかのように、ゼノは誇らしげに語った。


「そこにあるのはまさしく魔法と科学の結晶! この世界の未来そのものや。もちろん経済がこわれないように調整はしてる。それに周期が終わればほとんどなくなるけど……。そこでの研究は効率化されて次の周期で活かされる! 決して無駄ではないんや!」


 彼は自身を薬剤師と名乗ったが、それは嘘ではないのかもしれない。

 未来を語るゼノの眼差しが、どこか童心にかえったかのようにまぶしく見えたのである。


(そういえば……わたし(ハイド)が勝手に書いた日記にも似たようなこと書いてあったな……)


 カナはふとそれを思い出したが、ゼノの話が長くなりそうなので口にすることはなかった。



 *



 その後、女子三人はパジャマに着替え、一枚の毛布を共有しながら川の字で寝そべっていた。

 物は置けないが、三人とも大人ではないのでさして窮屈には感じない。


「ねえねえ。カナおねーちゃんはいつから来たの?」


 真ん中でうつ伏せになっていたリミちゃんが、ふとカナに尋ねた。

 誤解がないようにと、続けざまに付け加える。


「あちしは2033年! 冬だったのは覚えてるけど……日付は忘れちゃった!」

「わたしは2018年の10月だよ」

「わあ! 近いね!」


 不思議な感覚だった。自分よりも未来に本に選ばれる人間が、すでに〝書架〟の役割を終えてこうして隣にいる。


「あ、頭がこんがらがるね……。時間がめちゃくちゃで」

「深く考えなければいいのです! それに、いろんなことをお話しできるから面白いよ! なんと……江戸時代から来た人もいます!」

「そうなんだ……」


 それはたしかにすごいことだ。しかし同時に不安にもなる。

 悪意のある者がいれば、現実の未来に起こることを知ることもできるはずだ。


「……本を悪用する人っていないのかな……」

「いっぱいいるよぉ。でも、それで救える命もあるよね! だからおあいこだとあちしは思ってる!」


 リミちゃんは歯を見せながら、ニッと笑った。


「リミちゃん……なんていい子なの!」

「わっ!」


 マヤが後ろからリミちゃんに抱きついた。不意打ちだ。


「あなたとゼノが兄妹だなんて信じられないわ! 〝黎明〟を抜けてうちの屋敷に来て! メイド服を着てほしいの! いや、着せる!」

「あ、あはは……。〝黎明〟は抜けないよ。今のボスはちょっと怖いけど……あの人にはたくさんの恩があるんだ。今も寝る間も惜しんで渦の研究をしてるはず!」


 リミちゃんはテントに吊された電灯を眺めながら、過去に思いを馳せた。そのままカナのほうを見て、ちいさな両手でカナの右手を握る。


「カナおねーちゃん。改めておにーちゃんがしたこと謝ります。ごめんなさい……。でもね、おにーちゃんにかぎって悪意で誰かを傷つけることはしないはずだから……。信じられないと思うけど……ゆっくりでもいいから、いつか許してほしいな……」


 今回の計画も、アルレンではなくゼノが立案したものだったらしい。

 カナをアルレンから遠ざけるために。

 リミちゃんは必死にそう弁明した。


 ぱちん。

 ぼーっとする目線の先で、見知らぬ羽虫が灯りにぶつかってどこかに消えた。


 リミちゃんの話が事実だとしても、彼らを許すつもりはない。

 しかしそのこころに反して、カナは震えた声で思いもよらぬ言葉を紡いでしまう。


「……わからないよ」


 そう。

 わからない。理解ができない。

 闇に飲まれて狂いかけていたところを監禁された上、自白剤らしきものまで注射された。


 たとえそれがアルレンの予定していた拷問よりもマシだったと言われても、許せるはずがない。


 それなのに。

 漠然と記憶に残る、大切そうなものを撫でるように涙を拭う彼の横顔が、いつまで経っても脳裏から離れなかった。


 憎いのに。悪なのに。

 どうしても彼を憎めない。そんな自分が、カナは理解できないでいる。


「ね、カナお姉ちゃん。足挟んでもいい?」

「あ、うん……」

「こうすると落ち着くんだ」


 リミちゃんは自身の両脚でカナの脚を挟むように絡めた。

 しばらくすると、リミちゃんはおだやかな寝息を立てはじめ、テントの外から川のせせらぎや鈴虫の鳴き声が聞こえるようになった。


「……あたしたちも寝ましょうか」

「うん……」


 ランプの灯りを消して、二人は浅い眠りについた。

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