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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
20/110

#20 パーティ結成!


 屋敷を出発した二人は、村の東側の出口に向けて歩いていた。


 農作業に勤しむ村民たちはマヤを見つけるたび、挨拶をしたり手を振ったりしながら、彼女に笑顔を向ける。


 マヤは全部に返事をして、必要ならば旅立つことも包み隠さずに伝えている。

 彼女が代理といえども領主としてどれだけ村民たちから多くの信頼を得ているかがわかる。


 こんなに若いのに。やっぱマヤってすごい。


 彼女の横顔を眺めながら、頼もしい人と友だちになれたことを誇りに感じていた。


「これからどこに向かうの?」


 村民たちの暮らしぶりを眺めながら、マヤが尋ねる。


「えっと……村の東で待ちあわせる予定なんだけど……」


 ゼノが一向に姿を現さないことに、カナは違和感を覚えていた。


 見張っていると警告したくせに。それともまだ見張られているのだろうか。

 彼の言葉の真偽がわからず、煮えきらない気持ちのまま村の出口まで来てしまった。


「ふうー。到着やな」

「ひゃあっ!」


 突然、背後からゼノの声がしてカナは飛びあがる。


「ビビりすぎやて。言うたやん見張ってるって」

「キモすぎるんですけど……!」


 透明ななにかを脱ぎながら顔からにょきにょきと現れるゼノに、カナは蒼ざめて虫を振りはらうかのようにモップを振りまわす。


「ぬおっ! それやめい! 怖いから! てか! それ持ってきたんか! かさばらん?」


 ゼノは咄嗟に回避したが、病室のときのような部屋を破壊するほどの威力はなく、安堵した様子を見せる。


「誰。ずっとつけてたの?」


 マヤは手のひらに火の玉を出して構えながら、見知らぬ男に問う。

 その声にはかすかに焦りが混じっていた。ここに至るまで、一切の気配を感じ取れなかったからだ。


 もしもこれが敵襲だったら死んでいた。村のなかとはいえ警戒が緩んでいたことを、マヤはこころの底から悔いた。


「マヤちゃんやな。カナちゃんから諸々は聞いとるでー」

「あなたがカナの言ってた同行者なの?」

「ま、せやな。詳しい話はあとや。馬車まで案内するからついてきー」


 ゼノは舗装された道を避けて、雑草の上を歩きだした。

 どこに向かうというのだろう。彼の進行方向にあるのはちいさな雑木林だけである。


「カナ……あいつって信用できるの? ……失礼だけど、芋虫にしか見えないわよ」


 本人に聞こえない声でマヤが問う。

 カナは必死に首を横に振った。


「信用は――できない。でも、屋敷にいるよりは安全だから」


 マヤを旅に誘った理由は、もうひとつあった。

 旅を夢見ていたマヤに元気になって欲しかったのだ。

 チャンスは一度きりではないと、伝えたかった。


「……どういうこと?」

「ふ、複雑なんだ。あとで話すね」


 隠しごとはしない。マヤが〝後援会〟と〝黎明〟のことを知ったとき、屋敷にもどると言いだすかもしれない。

 そうしたら、諦めてマヤと別れよう。こころのなかでそう決めている。


「えーと確かこのへんやな……あった!」


 ゼノは丘のなかほどで立ち止まり、虚空の透明なものを掴んで、引き抜いた。

 するとそこにおおきな馬車が現れた。高級感あふれる黒塗りのキャビンは、少なからず険しい旅で使うような代物ではない。


 マヤはそれを見て茫然としている。財力の格差に言葉をうしなっているようである。


「あ、あなた……。何者なの? これ貴族――いや、王族が使うようなものじゃない!」


 それを泥をかぶるような草原に野晒しにしていることに、マヤはますます混乱していた。


「せやでー。もらった」

「も、貰う!」

「オレらは、王族や貴族の誰がなに欲しいかなんてぜーんぶ把握してるからな」


 透明な布を触った感覚で丸めこみながら、ゼノは答えた。

 煌びやかな馬車をいろんな角度から観察するマヤを気にも留めずに、カバンから円筒状に丸められた巻物を取りだす。

 そのまま巻物を広げ、天に掲げてゼノは唱えた。


『――召喚(サモン)! 出てきなー! 《アクエリノケロス》!』


 ゼノの声に呼応するかのように、草原がまばゆいひかりに覆われる。カナとマヤは、思わず目を覆った。


 ひかりが弱まると、彼らの前に一頭の(サイ)が現れ、高らかに鳴いた。


「ぶもあ!」


 なんとも気の抜ける鳴き声である。


 猛牛のような四肢と尾、骨が突き出たかのような深緑の(ひづめ)

 皮膚はうすい体毛に覆われているようだが、その背からは複数の突起物が伸び、岩肌のような質感が見てとれる。


 そしてもっとも特徴的で二人の目を奪っていたのは、鼻部から伸びる、翡翠のような美しい煌めきを放つツノだった。

 その姿はまるで宝石が、岩石から突き出ているかのようだ。


「カナ、気をつけて。こいつ魔獣だわ。やけにおとなしいけど……」

「ぶもあ?」


 マヤはカナを庇うように、一歩前に出る。

 その様子にゼノは初見の反応を楽しんでいるかのような、小気味悪い笑みを見せる。


「手懐けてるから大丈夫やて。あと〝魔獣〟やない〝霊獣〟な。ひとつ上のランクや」

「そ、そんなの見たことない……」

「まー、この周期では書かれてすらないからな。ほらはよう荷物積み!」


 急かされるように、二人は車体下部の収納スペースに荷物を積みこむ。

 わざわざ口にはしなかったが、カナはふとこころに思うことがあった。


(馬車じゃないやん……)


 そんなくだらないことを考えていると、遠方から少女の声が響く。


「ごめんー! お待たせしましたー!」

「おうリミちゃん、おかえり」


 リミちゃんがとてとてと走ってきて、三人に合流した。見かけに寄らず体力があるのだろう。息を整えることもなく荷物の積みこみを手伝いはじめる。


 そのかたわらで、視界の多くを占有するピンクに、またもマヤは絶句している。


「お……?」


 視線を感じたリミちゃんは、手を止めて初対面のマヤと目を合わせる。

 そのまま「えへへ」とまぶしい笑みを見せて、マヤの心臓を撃ち抜いた。


「ま、マヤ……! 鼻血が……!」


 血を滴らせながら草原に倒れるマヤは、どこか満足げな笑みをしていた。



 *



 四人は揺れるキャビンのなかで、向かいあうように座っている。

 サイの霊獣は知性が高く、鞭を打つ御者(ぎょしゃ)を必要としない。

 そう説明するゼノはどこかしら自慢げだった。


 マヤは両腕を組み、目をつむってうなるように考えこんでいる。

 カナの事情や〝自覚者〟のことを聞かされて、にわかには信じられない情報を整理しているところだった。


「つまり〝黎明〟という冒険者ギルドと〝後援会〟という教団が、カナを巡って対立している、と?」

「まだそうはなってへんけど、そう遠くないうちにそうなるな」


 マヤからの質問に、ゼノは背もたれに両腕を広げた姿勢で答えた。左手はリミちゃんの肩をほんの少しだけ抱き寄せている。


「だから〝黎明〟が先手を打ってカナを確保した。カナは周りに危害が及ばないようにあたしを旅に誘った、ということね」

「うん……」


 マヤの言葉に、静かにうなずく。


「……ジンとセネットは?」

「そ、それは……」


 カナはうつむいて、その問いには答えられなかった。少なからず、彼らを連れてこなかったことには後ろめたさが残っていたからだ。


 見かねたゼノが、やれやれと言いたげな様子で代わりに答えた。


「誰も彼もついてこられたら、結局それが弱点になってまうやろ?」

「……囮にしたってことかしら?」


 マヤは鋭い眼差しで、ゼノを睨みつけながら尋ねた。


「安心しな。勇者が動けばジンさんたちは安全や」


 ――闇に飲まれて、等しく消えるから。

 という理由までは述べなかった。〝自覚者〟ではないマヤに伝えたところで、彼女にはそれを理解するすべがない。


「さっきからジンさんって……まるでジンと親しい仲みたいな口振りね。彼はあたしが生まれる前から屋敷の執事なんだけど」


 カナも気になっていたことを、マヤは尋ねる。


「まーね」

「……」

「…………」

「……え、それだけ?」


 暖簾に腕押しとはこのことである。それまで気になることを納得するまで答えてもらっていただけに、マヤは何やら煮えきらない気持ちになっていた。


「みなまで語る必要はないやろ? 旧知の仲、ただそれだけのことや」

「あのね。ジンさんはなにも知らなかったあちしたちを助けてくれたことがあるんだ!」

「あ、こら!」


 ゼノの代わりにリミちゃんが過去を明かした。そんな周期もあったのだろう。

 周期を認識できないマヤは「いつだ……?」と記憶をさかのぼっている。


「まあ、いいわ。なんとなく状況は掴めた。あなたたちを信用したわけではないけれど、あたしも旅に同行する」


 マヤがそう告げると、ゼノは歯を見せて笑み、リミちゃんの表情はぱあっと明るくなった。


「ほ、本当にいいの……? マヤ……」


 失望されると思ってフードをかぶってうつむいていたカナは、弱々しい表情でマヤを見た。

 その頼りなさげな様子に、マヤは困り果てた様子でため息をつく。


「あたしを守ってくれるんでしょ。それともこのスピードの〝サイ車〟から飛び降りろって?」


 窓から見てみると、自転車ほどの速度が出ていることにカナは気づく。そこまでの揺れを感じないのが、やはり高級たる所以(ゆえん)なのだろう。

 カナは否定を示すように首をぶんぶんと横に振った。


「……嬉しい。こんな形だけど、いっしょに旅ができて……」


 カナの言葉に、マヤは照れくさそうな笑みを返した。


「おっしゃ、そうと決まれば自己紹介タイムや!」


 ゼノは身を乗りだしながら、高らかに宣言した。


「オレはゼノ。職業は薬剤師! 真っ向勝負はそんな自信ないから、そこんとこよろしく!」


 そう言いながらゼノは、両手をリミちゃんの方にたむける。


「あちしはリミちゃん! 職業はカメラマンだよ! あちしも戦うのは嫌いだけど……暗殺は得意だよ! ちゃんとリミちゃんって呼んでね!」


 リミちゃんもゼノの真似をして、にこやかに両手を向かい側にいるカナの方にたむけた。


「え? あ、えっと……カナです。職業は……高校生、です。戦えないし陰キャなので……無茶振りとかはやめてください……」

「うそやん、オレ殺されかけたし」


 ゼノはカナの挙動不審ぶりにゲラゲラと笑っていた。

 カナは恥ずかしがりながら両手をマヤに向けた。


「あたしはマヤ。領主代理で……世界でいちばんの魔法使いになる者よ」


 堂々と宣言したマヤに対し、リミちゃんは「おおー」とちいさな声援と拍手を送る。

 マヤは満更でもない様子で胸を張った。


「長旅になるで? 村ほったらかして大丈夫なん?」

「元々多くの執務はジンと村長に頼りっきりだったから……。いまさらおおきな影響はないわよ」


 さりとて、マヤは観光気分のまま村に帰るつもりはないらしい。


 勇者と同行して大きな武勲を立てる未来は潰えたが、多くの経験を積んで、村に貢献しようと彼女は決意を固めていた。


「まーええわ。晴れてパーティ結成やな。今までリミちゃんと二人きりだったからだいぶ新鮮な気分やなー」

「やなー!」


 仲睦まじい二人の様子を見て、マヤが尋ねる。


「二人は兄妹なの?」

「せやで。血は繋がってないけど。病めるときも健やかなるときも一緒や」

「は……」


 マヤの思考が一部停止して、言葉をうしなった。


 たしかに、距離感バグりすぎだな。


 こころのなかでマヤの言いたいことを代弁しておく。


「冗談やて。ゴミを見るような目で見るのやめてくれる?」

「あちしはお兄ちゃんのこと好きだけど、恋愛対象としては見てないよ!」

「リミちゃんはイケオジ好きやもんなー。オレみたいなガキには興味ないって」

「えへへー」


 冗談めかしてゼノとリミちゃんは話しているが、カナだけはその真意を察していた。

 周期が終わると時間が巻きもどる。彼らはなんども同じ時間を繰りかえしている。


 つまり、この世界では恋は実らないのかもしれない。


 たとえ次の周期に記憶を持ち越せる〝自覚者〟同士でも、それは変わらないのかもしれない。

 ともすればなんて悲しい世界だろう。永遠の代償はあまりにも冷たい。


 気づけばカナは少しだけ、この世界に対して情を抱くようになっていた。


 ともあれ、こうして(いびつ)な関係のパーティが結成されたのだった。


「ねーねー!」


 そういえば、といった様子でリミちゃんが挙手をする。


「なんや、リミちゃん」

「パーティのリーダーは誰がするの?」


 車輪が石を大きく咬み、車体がいちどおおきく揺れた。

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