#18
相談のすえに、カナとゼノが二人で屋敷に赴くことになった。
リミちゃんは勇者一行の監視のため、別行動をとっている。
目立たぬようにうす汚れ閑散とした道を選んだが、その途中カナは柄の悪い輩と目を合わせてしまった。
しかし強面の男はうろたえながら先に目を逸らす。
二人の時代錯誤も甚だしい風貌がそうさせたようである。途端に気恥ずかしくなり、カナは赤面した。
そして屋敷の敷地までたどり着いた。
「カナちゃん。逃げようとしたらあかんで」
「……わかってます」
ゼノの警告にカナはうなずく。
逃げたら誰に危害が及ぶかわからない。だとしたらより安全な道を選ぶのが最善だろう。
「オレは敷地の外から見張っとくわ。三十分でもどってきて」
意外と時間をくれるのだな、不必要な優しさを感じてしまう。
それすらも〝黎明〟の思惑だと考えるようにし、カナは無言で玄関に向かった。
扉をちから強くノックする。誰かに温かく出迎えて欲しかったのかもしれない。しばらくして、扉が開かれる。
「カナさん……? どうしてここに?」
出迎えたのはジンだった。奇抜な格好に目を丸くするものの、無事を安堵した様子で屋敷に入れてくれた。
「……大事な話があります。みんなを呼んでください……」
今すぐ泣きだしてしまいたいのをぐっとこらえて、震える声でジンに伝える。
見慣れた内装を目に入れないように、フードで顔を隠してうつむきながら、すぐそばにある客室に向かう。
些細なことで覚悟が揺らいでしまうのが、自分でも分かっていた。
「カナ! いつまでへばってんだよ、まったく……」
いつもどおり、呆れたようなセネットの言葉が。
「カナっ! よかった、退院できたのね……!」
大切な友だちの、優しさに満ちた労いが。
いともたやすく、カナの我慢を打ち崩そうとする。
「カナさん。話してください。そのために来たんでしょう?」
泣き崩れそうになるカナの肩を、ジンが優しく支える。
彼も〝自覚者〟の一人であるがゆえに、どんな話をされようとも冷静でいようとする心構えがあるのだろう。
今はそれが、なによりも頼もしい。
客室にて四人が、机を囲うように座る。
壁に飾られた肖像画も、まるでこちらを睨みつけているかのようだ。
「じ、時間がないので……単刀直入に言います」
カナは緊張感に押し潰されながらも言葉を紡いだ。
「……マヤと一緒に旅に出ようと思います」
「ええっ? いつ?」
「い、今すぐ……」
初耳だったマヤは至極当然のように驚き、戸惑っている。
されどカナの真剣な表情を見て、冗談を言っている訳ではないことだけは伝わっているようだった。
「はああ? カナ、あんたね――」
罵詈雑言を浴びせようとするセネットを、ジンは制止する。
「理由は?」
「……マヤを、守りたいからです」
本心から紡いだ言葉だ。たった一言で、ジンはなかば納得する様子を見せた。
「セネット、マヤ様の旅支度を」
ジンはセネットに命令する。セネットもマヤも、呆然とした様子で、口を半開きにしている。
「……一応聞くけど、本気かい?」
「本気です。これまでの人生で一番というくらいには」
ジンの言葉に納得できない様子のまま、セネットはマヤを連れて客室をあとにした。
扉が閉まったのをしっかりと確認してから、ジンは真剣な顔つきでカナに尋ねる。
「私たちでは、力不足ですか?」
「……そんなことないです。〝黎明〟も〝後援会〟もわたしのこと狙ってて。わたし自身、自分のことなんてなにひとつわからないのに……それでも、」
思いの丈を、精一杯ぶつける。
ジンとその向こうにいる、見知らぬ男の肖像画に。
「自分のせいで誰かに危害が及ぶなら……わたしは自分の責任でそれを守りたいです」
幾ばくかの沈黙が過ぎていく。
自らを落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をしたのちに、ジンはカナの思いに応えた。
「……わかりました。カナさんの意向を認めます」
「ほ、ほんとですか?」
「貴方も準備があるでしょう。急ぎなさい。詳しい旅程はそれから聞きます」
「は、はい……!」
小走りで屋根裏部屋に向かうカナを見送ったジンは、ゆっくりと立ちあがり屋敷を出た。
手入れの行き届いた庭園を抜けて、なにもないように見える場所に向けて言葉を放った。
「ゼノですね。行儀が悪いですよ」
「あっれー。バレちゃうん? よー気づいたな、ジンさん」
透明になれるローブを脱ぎながら、ゼノがなにもないところから姿を現す。
ジンはさして驚いた様子を見せない。彼とて一人の〝自覚者〟である。未知の技術も奇抜な風貌も、もう見飽きている。
「少し前からこの村に滞在してることは知ってましたから」
「カナちゃんの説得はどないなったん。あの子ちゃんと説明できたん?」
ジンはその問いに答えなかった。
過去を懐かしむように晴天を見上げて、おだやかな笑みを浮かべながらただつぶやく。
「あの子の格好もそうですし、君たちが一枚噛んでることは想像にたやすい。私はただそれをたしかめに来ただけです」
ゼノは「ふうん」となにか探るような眼差しをジンに向けながら「意外やな」と、ひと言だけ返した。
「曖昧なことを言うが――。この周期には、なにかおおきなうねりを感じるんだ。君たちもでしょう?」
「――さあねー。あんたに本気で止めに来られたらどうしようかしか考えとらんかったわ」
ゼノは目を逸らし、はぐらかすように答える。
「子の巣立ちを止める親が、どこにいるというのです」
「そりゃ安心」
「……ゼノ、二人を頼みましたよ。賢い子たちだが……気弱な面もある。どうか支えてやってほしい」
「それは、あの子たち次第やなぁ」
ジンはその返答で充分だと満足げにうなずき、屋敷にもどろうと踵を返す。
ゼノはその背を見送りながら、彼を呼び止めようとする。
「――なあジンさん」
そんなに心配ならアンタもついてくりゃええやん。
らしくもない台詞をゼノは思い浮かべるが、発することなくそれを振りはらう。
「なんですか?」
「……なんでもないわ。達者でな」
それだけ言い残し、ゼノは透明のローブをまとって消えた。
ジンは彼の意図をなんとなく汲みとったのか、おちょくる様子で歯を見せながら、なにもないところにほほえみを向けるのだった。
この世界は〝自覚者〟にとってはじまりから終わりを繰りかえす地獄だ。
さりとてひとのこころまでは屈していないことをしっかりと実感しながら、ジンは屋敷に戻った。