#16 開戦の狼煙
森林のどこかで、戦闘が繰り広げられている。あるいは、蹂躙と呼ぶべきだろうか。
三人で陣形を組む者たちに、霊体型のモンスターたちがいっせいに襲いかかるが、彼らに傷ひとつつけることもなく浄化されていく。
「リュウ……。いつまでこんなこと続けるんですか?」
突如コペラ村に所用を思いだしたと勇者が宣い、引きかえしてからはや数日。
その間、なにをするかと思えば、ただひたすらに魔物狩りだ。
「動きがあるまでだ」
この問答も何度目だろうか。なんの動きか尋ねても、リュウは答えない。偶然にも霊体型モンスターの大発生の調査を村から依頼されたから、旅の体裁こそ取れてはいるが。
正直なところ、ミラは飽きていた。
サーベラスは文句のひとつも言わず、リュウの指示にしたがっている。忠実なのは良いことだ。
ただ体術に特化したサーベラスと霊体型モンスターは相性が悪い。多くの場合、突っ立って傍観しているだけである。
神聖魔術の使い手であるミラが多くの役割をになうことになるが、魔物が雑魚すぎて突っ立って杖をひからせているだけで一日が終わる。
つまり彼ら三人はおよそ二日間、森と拠点の宿屋を往復するだけの生活をしていた。
「はあ……。暇すぎてあくびがでそうです……」
「ミラ。仕事は誠実に、ですぞ!」
「貴方も見てるだけじゃないですか……」
そんな言いあいをしてるさなか、サーベラスが目のいろを変え上空をみた。
ときを同じくして、森をすみかにしていたであろう野鳥がいっせいに飛び去っていく。
「しっ! 遠方より人間が接近してますな。このにおい……塔の襲撃者の一人ですぞ!」
サーベラスの嗅覚は状況次第でミラの索敵魔法よりも頼りになる。
こういうことがあるから、ミラは自分よりも役に立っているサーベラスに嫉妬することもあった。
「ようやく来たか……」
待ちわびていたかのような笑みを浮かべて、リュウはつぶやいた。
彼らのちかくに生えていた樹木に、一本の矢文が飛来する。
「待って、罠かもしれません!」
ミラの警告に「大丈夫だよ」と返しながら、リュウは矢を引っこぬいて手紙の内容を読みはじめた。
『カナは我々が預かった。良い取引を期待している』
手紙には日時と場所が指定されており、うつろな瞳で呆然と前方をながめるカナの写真が添えられている。
「この子はエルフの使用人の……? どうしてこんなひどいことを……!」
ミラは驚愕して、両手で口もとを覆った。
「奴らの要求がなんにせよ、助けに行くよ。わざわざ僕に干渉してくるということは……アルレンだろうな」
「アルレン……?」
初めて耳にする名前に、ミラは首をかしげた。
「まともなヤツじゃないよ。二人にわかるように言うなら……僕たちの旅を邪魔する奴らの親玉、といったところか」
「顔見知りなんですか?」
リュウは長い旅を追憶し、うつろな笑みを浮かべる。
あるときは頼れる仲間だった。戦闘ができ治癒魔法にも精通した優秀な後衛として苦楽をともにした。
またあるときは裏切り者だった。世界を救う研究のためと叫びながら、リュウを薬漬けにして容器に保存した。本と筆以外のすべてを奪われ、地下で飼われることもあった。
そして今は、行方知れずの明確な敵対者だ。
すべててのひらの上とでも言うかのように、リュウの唯一の弱点を手中に収め、見えすいた罠に招待している。
「そう、まともじゃないんだ……」
かつては永遠とも思えた残酷な光景が、リュウの脳裏を過ぎ去っていく。
さりとてリュウは、その絶望を乗り越えた上でそこにいる。彼の意志はそう易々とは揺るがない。
「宿屋にもどって作戦を練る。彼らにもなんらかの準備があるんだろうが、思いどおりにはさせない。カナはかならず助ける」
勇者らしからぬ焦燥感の垣間見える様子に、ミラとサーベラスもようやく違和感の正体を認識した。
リュウはカナに固執している。辺鄙な村の屋敷にいる、めずらしくもないエルフの使用人に。
「彼女になにか思うところでもあるのですかな? 一大事とはいえ、旅路に無関係な少女のように思えますがな……」
サーベラスは顎に手を添えながら、気になることを遠慮なく尋ねた。ミラも同意見なようで、遠慮がちではあるが「うんうん」と首をたてに振る。
「もし僕がみんなの言うように世界の希望だとするなら……」
自嘲ともとれる謙遜的な前置き。これも普段の彼らしくない。
言葉をえらぶかのように一呼吸おいて、世界の勇者は断言する。
「カナは、僕の希望だよ」
ミラとサーベラスはきょとんとして顔を見合わせる。
リュウの発言は、ますます彼らを混乱させるだけだった。
「……久しぶりに戦ることになりそうだな、アルレン……」
殺意に満ちた拳を握りしめながら、リュウは虚空につぶやいた。