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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
第一章 書架の章
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#15 書架への尋問


 カナはゼノやアルレンに尋ねられるがままに、自身が知り得る本の内容を洗いざらい話した。

 勇者に力を与えた女神。

 理不尽な死により退場するマヤ。

 魔王のもとへ至る手段を見つけたと(つづ)り、それっきりの勇者。


 本の内容が退屈なあまり読み飛ばしてしまう〝書架〟は少なくないらしく、アルレンは得られた情報を淡々とメモしている。

 そして分厚いファイルを開き、眉根を寄せて見比べながらつぶやいた。


「妙だな」

「お? 何が?」

「見たことのない結末だ」

「……嘘やろ」

「カナさん。勇者とはどのような関係で?」


 人形状態のカナを一瞥し、アルレンは尋ねた。

 カナはリュウとの出会いから、どのようなやり取りを経て現在に至るかを弱々しい声で説明しだす。


「……本ではマヤが仲間になるはずだったのに、わたしが仲間に誘われました」

「考えられるのは勇者本人やろな。リミちゃんの写真みればわかるし」


 ゼノの仲間・リミちゃんが山林にて盗撮した写真に映る勇者は、明らかにカナを守るよう意識している。


「それはあとでたしかめれば良い。その後カナさんは塔から黒い影を召喚しましたね。そして貴方の身体に侵入した。それは本に書かれていたことですか?」


 カナは「わかりません」と即答した。


「でも、勇者さんも初めて見た様子でした」

「本の文章以外から生まれたモンスターか……」


 この世界にあるものはすべてが本から生まれている。書かれていないものは存在しない。

 カナが呼び覚ました存在は、世界の法則に反している。


 しかしあり得ぬ話でもない。歴代の〝書架〟や〝自覚者〟が勝手気ままに現実世界のものを作っているように、なんらかの条件が揃ってモンスターが生みだされたのかもしれなかった。


「あの子は……ハイドは、勇者を止めろ、魔王を守れと日記を通じて助言してくれました」

「今はどこに? それと話がしたい」

「ハイドは……黒い影は……黒い影が……うう……」


 突然、カナの様子が変わった。身体が動かないはずなのに悶え苦しむように布団のシーツを握りしめる。


 呼応するかのように、カナの右腕につながる点滴のチューブがゆっくりと逆流をはじめた。重力に逆らっている。


「なんや、なんかヤバそう!」


 ゼノは慌てた様子で距離を置き、身構える。

 アルレンはなおも動じない。


「うううう……!」

「答えろ。あの黒い影は何だ。今はどこにいて、なにをしてる?」

(ハイド)は……――怒り」


 こころここに在らずといった様子でカナはつぶやいた。それを見ていた二人は、彼女になにかが乗り移ったことを確信した。あるいは、揺りおこしたのかもしれない。


 直後、カナを中心として床一面に黒い魔法陣が広がる。魔法陣からは、重力に逆らって(すす)のようなものが舞いあがっている。


「怒り、だと……?」


 なんの。誰に対する。

 アルレンは続け様に問おうとするが、カナの呼びかけにより阻まれた。


来い(ターリ)――』


 そのたった一言をもって、カナは呼び寄せた。

 彼女の手元に召喚されたのは――屋敷の裏手にしまってある、毛が深海のようにあおいモップだ。


「はあっ? 拍子抜けやん!」


 鬼が出るか蛇が出るか。

 最大限の警戒を払っていたゼノは、杞憂だったことに(いささ)か気恥ずかしい思いをして、点滴を調整しなおそうとカナに近寄る。


「待て!」


 アルレンは咄嗟に飛び込み、ゼノを床に叩きつけた。

 その直後だ。


 カナはモップを両手で抱えて、ただ一振り、音もなく薙ぎはらった。


 揺れる、壊れる、落ちる。激しい轟音に耳を奪われながら、二人は何が起きたのか理解ができないまま、ゆっくりと立ち上がる。


 咳きこみながらあたりを見渡すと、一目でわかることが一つだけあった。


 カナは病室のあらゆるものを破壊し、焦がして、水平方向に真っ二つにしてしまっていた。

 壁に開いた穴はさながら怪物の爪痕のようである。


「……拷問せんでよかったな、ボス。たぶんオレら……殺されとったで」


 部屋中に舞う砂埃を振りはらいながらゼノはつぶやいた。


「お前だけだ……」


 アルレンはちからを失くして眠るようにベッドに倒れるカナを眺めながら、一縷(いちる)のたしかな希望を感じとっていた。



 *



 正午過ぎ、コペラ村の屋敷で執事をするジンが、アルレンの滞在する邸宅に足を運んでいた。


 誰かが定期的に訪れて手入れをしているのか、その邸宅は先日まで空き家だったとは思わせないほどに整っている。


 ジンは不気味に思いながら屋敷の外観を見上げていた。


 彼らの住まうコペラ村は誰もが裕福な暮らしをしているわけではない。少なからず悪事を働こうとする者はいる。


 それなのに、この主人のいない小綺麗な邸宅には誰かが侵入した痕跡すらない。


 ジンは玄関に立ち、金属質のノッカーを叩いた。


「……ジンさんですか」


 彼を出迎えたのはアルレンだった。

 煤を被り、黒く汚れた白衣を着ており、ジンは怪訝な眼差しを向ける。


「カナさんの様子を尋ねに来たのですが……」

「お気持ちはわかります。ですがまだ彼女には会わせられません」

「そんなにひどい病状なのですか? 面会謝絶と聞いて、マヤ様も心配しているのですが……」

「彼女はこころに深い傷を負っています。あの光景を見たら……貴方もわかるでしょう」


 ジンは眉を(ひそ)めながらうなった。

 自身が初めて闇に飲まれたときのことを、彼は鮮明に覚えている。立ち直るのに何日も要し、その間ずっと震えながら自室に引きこもった。


 あの理不尽を忘れられる〝自覚者〟などいまい。しかしこの世界で生きていく以上、乗り越えねばならないことなのだ。


 さりとて納得できず、アルレンへの疑念が晴れたわけではない。


「せめて一言、励ますだけでも……」


 ジンはあまり強気な説得ができなかった。

 彼の目の前にいる男は、百を超える周期をまたいだ〝書架〟の抜け殻だ。


 嘘かまことか、関わりのない〝自覚者〟たちの間でも彼にまつわる噂話の数々は、まことしやかにささやかれている。


 突拍子もないものも多いなか、共通して云われることがひとつ。


 〝黎明〟の長・アルレンは、こわれている――。


 向こうの世界で何があったかは誰も知らない。

 しかし確実に、彼は〝自覚者〟のなかで最も残酷で、ゆがんだ男にちがいなかった。それなのに不思議なことに、多くの〝自覚者〟が彼にしたがう。


「申し訳ありませんが、できないのです」

「いったいなぜ……」


 一筋でも情報を掴もうとジンは食い下がった。


「彼女が、我々の希望かもしれないからです。なにかこころあたりはありませんか?」

「そんなもの――いや、まさか……」


 塔の調査が目的だったにも関わらず、リュウはマヤではなくカナを仲間に誘った。

 それだけでなく『カナを頼む』と言い残して村を去り、理由も明かさずにもどってきた。


 その奇妙な事実だけでも、ジンは真っ向から否定ができない。


「二日後の夕刻、一つ実験をします。カナさんに危害は加えませんので、どうか邪魔だけはしないでください」


 それは要求ではなくて脅迫だ。アルレンにはそうするだけのちからがある。

 眼鏡の奥で妖しくひかる黄金の眼が、ジンには悪魔のもののように見えている。

 結局、面会が叶うことはないまま、彼はしかたなく帰路についた。


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