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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
調律者の章
110/110

#110


「これから猛特訓だよ。ハイドは魔法、カナには歴史を頭に叩きこんでもらう」


 オババは真剣な顔つきでそう告げた。


「歴史……?」

「そうだよ。千二十二回に及ぶ過去の周期(セクション)でなにが起きたのか覚えるんだ」


 そして必要な部分を修復するのが〝調律者〟の使命だとオババは説明した。

 過去を変えれば未来が変わる。その作用が周期単位で及ぶことで、本来ならば抗えない運命すらも変えられる。


「代償があるはずだ」


 ハイドは懐疑心を剥きだしにしながら問う。

 たしかにそうだ。未来で起こることを史録で知り、あらかじめ防ぐのとはわけがちがう。


 過去に直接干渉するということは、今が消えるということかもしれない。


「そうだね……。ハイド、あなたはもう四次元のちからを認識したからわかるだろうけど」

「…………」

「代償はある。かいつまんでいえば〝孤独感〟だね」


 それは〝自覚者〟と気づかぬ者がわかりあえないようなものだとオババは言う。

 時に対する認識が変われば、普遍的ないとなみをする人々との乖離(かいり)を感じるようになるとのことだった。


 ふいにオババがうながすので、ケイはおそるおそる地上を覗きこむ。

 竜を追跡していた何千何万という兵士たちが、復讐心のままに武器を構えているのが見えた。


 必要であればディーバは彼らを焼きつくしてしまうのだろう。


「オババさん、あなたが本当になんでも知っているなら教えてください」

「なんだい」

「過去を変えたらわたしが見ているこの景色は、並行世界として残るんですか?」


 ケイが問うと、オババはうーんと困った表情を見せた。


「納得してもらえるかはわからないけど」


 そんな前置きをして、オババはその質問に答えた。


「それは〝わからない〟が答え。長いこと生きてるけど、改変する前の世界を認識できたことはない」

「そうですか……」

「これを見てごらん」


 オババはそう言いながら、かばんから時計を取りだした。

 なんらかの〝魔道具〟のようである。その時計には長針しかなく、時刻を示しているわけではない。

 

「時計の針の角度を、時間の向きだと見立てるといい。わたしらが望む理想の世界が十二時だとすると……今のこの世界は十一時ぐらいかな」


 針の角度が一分一秒でもズレれば、世界の未来はおおきく変わるとオババは言う。

 かすかなズレは時間が進めば進むほどおおきく異なる結果をもたらす。やがては人々の想像を絶するほどの差異になるという。


『……みなさん、しっかり掴まってください』


 ディーバが天を眺めながらつぶやく。その視線のさきにあるものに、ケイは言葉をうしなった。

 ……流星が落ちてくる。不思議ないろにかがやいて、不謹慎にも美しいとすら感じてしまう。


「来たね」

『わかってたなら教えてくださいよ……。それともこれも後継に必要だと言うのですか』

「あれはカノンちゃんの魔法だね。ちなみにこのあと超重力で突き落とされる」

『はい?』


 オババは苦笑しながらも、魔法陣を展開した。


「避けなくていいよ。閃光にまぎれて転移する」

『……信じます』


 音速を超えて飛来する流星が直撃しようという瞬間、ケイたちは逃げるように転移した。

 そのさきは、ひとけのない王都北側の平原だった。


「さて、ディーバはここでお別れだよ。ご苦労さま」


 オババの労いにディーバはうなずく。


『私はふたたび眠りにつきます。きっと、明るい未来でまた会いましょう』

「――そうだね」


 過去が変わるなら、もう二度とこの時間軸で会うことはない。

 魔女と竜は互いにそのことがわかっている。それでも悔いのないよう言葉を交わす。


『若き〝調律者〟よ。貴方たちの旅がよきものとなることを祈ります』

「ありがとうございます……」


 そしてディーバは北の空へと飛び去っていった。


「さてと、わたしらもいこうか」

「どこにですか?」

「訓練場だよ。ついておいで」


 そそくさと目的地に向かうオババの背を眺めながら、ケイとハイドは顔を見合わせた。



 *



 王都の惨状は見るに堪えないものだった。

 四重に及ぶ天蓋(てんがい)は破壊され、街は瓦礫(がれき)に埋もれている。


 生きながらえた人々の目には希望がない。

 呆然とした様子のまま崩れたところで頭を抱える者。

 成すすべもなく立ち尽くし泣きじゃくる子ども。


「こんなの……ひどすぎるよ」

「ディーバを恨まないでね。諸悪の根源はあの子をそそのかした〝道化〟にあるから」

「道化……?」

「じきに会えるよ。この景色を、よく目に焼きつけておくんだよ」


 やがてたどり着いたところには、今や廃墟になった宿屋の残骸がある。

 ひとの姿はないものの、石にこびりついた血痕にたまらず目をそらしてしまう。


「こんなとこに……いったいなにが……」

「まあまあ。ハイド、よく見て覚えるんだよ」


 オババは魔法陣を展開する。青白い粒子が虚空に舞う。

 よくみる平面的なものではなく、ふたつの面がねじれるような線で互いをつなぎ、砂時計のようなかたちをつくっている。

 その砂時計のなかに、ケイたちは囲まれた。


『さあさあ、息をゆっくりおおきく吸って――超越しろ《ノクス・ディバイド》』


 詠唱とともに、砂時計は無限の速度で回転し――世界はひかりにつつまれて消えた。


「はあっ!」


 たまらずケイは叫んだ。呼吸のテンポが合わない感覚。

 強烈なめまい。目の前には古風な雰囲気ののどかな民泊。一目で理解できることがひとつ。


 ――過去に飛んできた。


 たまらず口元を覆う。汚いものをぶちまけそうになる。


「なにをした……?」


 ハイドも頭をおさえながら、その魔法の原理を問う。


「未来を消した。その推力で過去に飛んできた」

「なぜ……道行く人々が気づいていないのだ」


 彼の言うとおり、そこは人通りこそ少ないものの無人ではなかった。

 いきなり未来からだれかがやってくれば、嫌でも視界に映るはずである。


「わたしらは最初からここにいたんだよ。注意ポイントそのいち。過去の自分を観測してはならない。はい復唱!」

「……観測したら?」

「互いを認識したらその瞬間、どちらか片方は消滅する。ほら、部屋を取ってあるからついておいで」


 のんびりしている時間はないとでもいうかのように、オババは民泊のなかへと入っていく。

 ケイたちはそれについていくほかなかった。


 民泊の二階奥にある一室が、拠点となる部屋だった。

 もとより客足の少ない民泊だが、その部屋はいかなる周期においてもケイたちしか使うことはないという。

 

 いろあせた部屋の壁には、おおきく太い線で『1023(ヒトマルフタサン)』と書かれている。

 この周期に割り当てられた番号だ。


「主人に話はとおしてある。これからこの部屋は自由に使っていいよ」


 そしてケイたちの〝調律者〟としての初仕事が始まる。

 それは一時間後におとずれるという、ディーバの復活を阻止することだった。


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