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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
調律者の章
103/110

#103

#103

 ハイドが吸われている間、ケイは助けたお礼にご飯をごちそうされることになった。


『ハイド、この身体ってご飯食べても平気なの?』


 ケイの身体はひとに似ているが、厳密にはそうではない。

 ハイドの記憶に基づいて召喚された魔力のかたまり――すなわち、魔法の結果によって生じた存在である。


 代謝機能がどうなっているかとか、病気になるのかとか、いまだはっきりしていない部分は多い。


『問題ない。それよりカナ、もう起きる時間だぞ』

『今日日曜日じゃん。もうちょっといいよ』


 ケイがこの世界で活動できるのは、現実世界で寝ている間だけである。平日は九時間、休日は昼間まで寝ればそれなりに融通は効く。


「はーい、こちらコト特製のむちむち大根のステーキでーす!」


 やがて運ばれたのはほどよい焦げ目のついた輪切りにされた大根だった。油分に光沢する表面には、きいろいペースト状のものが添えられている。これはからしだろうか。


「め、めちゃくちゃおいしそう……」

「まだまだあるからねー! 待っててください!」


 香ばしいかおりに、ハイドもなっちの抱擁から逃げだし、カナの目の前の椅子に乗った。


「……人間体でくればよかったね」


 ケイはしたり顔を見せながら、ボソッとハイドにささやいた。

 見せびらかすように箸で大根を切りとり、そっと口に運ぶ。


 直後、脳天を貫くような刺激。大根のほのかな苦味とペーストの辛味が合わさり、ケイの頬はかつてないほどの満足感に垂れさがる。

 それでいて肉を使わないことでカロリーも抑えているのである。


 この世界にはこんなうまいモンが存在したのか。和食の味を知っている者たちが、異界の食材をモノにしているのだ。まさに食文化の支配。


 王都のどんなレストランにもこんなうまい料理を作れる者はいないだろう。


 ケイが幸せに満たされていくほど、同調しているハイドにもそれがダイレクトに伝わっていく。ハイドの目はギラギラだ。


 我慢の限界を迎えたのか、ハイドは宿屋の外に逃げだした。一口くらい分けてあげてもいいのに。


 と思いきや、人間の姿になって店に入ってきた。


「え……どなた?」


 突如現れるイケメンに、なっちは警戒しながらも目を奪われている。

 ハイドはケイの目の前に黙々と座り、なっちにひと言。


「それと同じものをくれ」


 澄ました顔のまま、むちむち大根のステーキを注文するのだった。



 *



 その後もケイは突如あらわれるや相席することとなった謎のイケメンに臆することもなく、お上品に食事を続けていた。


「我はカ……ケイの付き人だ。警戒しなくてもいい」


 髪と眼のいろが同じだから、ハイドはなんとなく関係者を演じている。


「てか、ハイくんじゃね?」

「さあ、誰だそれは。我の名はハイド。そんなやつ知らん」

「ハイくんじゃん」


 とうにバレバレだが、ハイドは断固としてしらを切るつもりのようだ。


 しばらくして、料理の香りに釣られるようにひとりの少女が目をこすりながら降りてきた。この世界ではめずらしい黒髪のつり目。ピンクのパジャマを着ている。


「おはよー……」

「みおーん、おはよ!」


 コトがにこやかに挨拶をする。ちなみにこっちの世界ではすでに昼過ぎだ。


「私たちも食事にしようか!」


 なっちの提案にコトとみおーんはうなずいた。

 そしてカナたちの近くにご飯を運んで、にぎやかな時間が始まった。昔だったら、自ら距離を置いていたような空気感だ。


「紹介しますね。こちらの子はみおーんです! うちの魔法担当で、よく寝てます!」


 コトがそんな紹介をすると、みおーんはムスッとした。


「その情報いる……? 魔法の質は睡眠の質で決まるの。それとみおーんは本名じゃないから、そこんとこよろしく」


 それは言われなくてもわかる。

 単なるあだ名も、史録に縛られないための偽名となる。


「そして衛生管理と魔除けの担当がなっち! エルフです! 〝工房(アトリエ)〟への事務的な連絡などもしてくれてます!」


 コトがそんな紹介をすると、なっちはにこやかな笑みを向けた。


「そ、エルフなの私。ぴちぴちの七十歳よ。ちなみにホントの名前はナツミね」


 エルフのカナは百五十だったからそれと比べるとかなりの若手のようだ。


「それとあたし、コトです! シュヴァルツナーゼンシャーフの獣人なんですよ!」

「しゅばるつ……なにそれ?」

「ずばり……ヒツジです!」


 謎のキメ顔。頭にあるツノはそういうことか。

 ケイが納得した矢先、コトは右側のツノをカパって取りはずして、見せびらかしてきた。まさかの着脱式。

 持ってみると、黒くて石のように重たい。


「コトのツノはお父さまのものなの」


 なっちがそう説明する。なるほど、遺品とかそういうたぐいのものか。


「ちいさいとき、寝てる隙に切りとっちゃったんだ!」


 コトはうなずき、記憶にだけ残る(いささ)か野蛮な思い出を語る。


「だ、大丈夫なの、それ……?」

「うん! すぐちかくの故郷でのんびり過ごしてるよ」

「それよりさ。貴方たちのことが気になるよ。綺麗な格好に綺麗な目。どこの国から来たの?」


 と、詮索するのはみおーん。敵意はないが、警戒しているようだった。


「こちらのケイさんはあたしが魔狼に食べられそうになったところを助けてくれたんだよ!」

「魔狼……? 森にいたわけ?」

「そーなんだよね。びっくりしちゃった。ひつじ属性はおおかみ属性が弱点だからね!」


 普通ならばなっちの魔除けの性質で寄りつかないところに、魔狼が現れていたらしい。

 ありえない話ではないが、滅多にないことだとみおーんはつぶやく。


「……そっか。助けてくれたならこの歓迎ぶりにも納得だよ。ありがとうね、ケイちゃん」

「うん! こっちもおいしいご飯をありがとう」

「ところでケイちゃんは、リュージって男を知ってる?」


 その問いに、ケイは首をかしげた。


「……わかんない。だれなの?」

「うちに住んでる戦闘と力仕事の担当なんだけどね。貴方と同じ名前のひとをずっと探してるから、気になって」


 ケイはしまったと思った。

 自分の名前のイニシャルから取ってつけた名前だったが、そう珍しくもないので世界のどこかにいるケイさんと被ってしまっていた。


「あ、だから聞き覚えがあったんだ!」


 なっちは納得しながらつぶやいた。

 そんなおり、玄関口から物音がしたかと思えば、一人の冴えない顔をした青年がたくさんの荷物を背負いながら店に入ってきた。


「あっ、リュージ!」

「おっす……。客がいるのか、めずらし――え?」


 ケイはその青年・リュージに見覚えがあった。

 初めて〝キャラバン〟に足を運んだ日、救いのない世界に絶望して殺してくれと懇願していた男だ。


 雰囲気はまるでちがって、今のほうがずっと明るく爽やかだが、会ったのはつい最近のことなので忘れないはずがない。


「あ、こんにちは……」


 ケイが軽く会釈をすると、リュージは途端に涙を浮かべながら、その場に崩れ落ちた。


「リュージっ! どうしたの!」


 慌てて彼に近寄るコトたち。


 ずいぶんと大袈裟(おおげさ)な反応だ。ケイにとっては騒ぎを(しず)めるために眠らせただけで、彼の視界にすら残っていなかったとすら思えるくらいなのに。


「ずっと会いたかったんだ……そこにいるケイ様は――オレの命の恩人だ……!」


 リュージは嗚咽を漏らしながら、ケイのことをそう呼ぶのだった。

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