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幻想領域少女  作者: 雪鐘 ユーリ
調律者の章
102/110

#102 とおりすがりの魔法使い


 鬱蒼とした深い森のなかを、息を荒げながら逃げまどう少女がいる。


 数拍遅れてそれを追跡するのは、血のようないろの目をした獰猛(どうもう)な魔狼。数にして四頭。

 凶暴でありながら知性が高く、逃げ道をひとつずつ潰すかのように散開している。


 着ていたワンピースの長い(すそ)が倒木の根に引っかかり、少女の身体は宙を舞った。


 土に汚れたその表情が焦りから恐れに塗りかわると、魔狼は低くうなりながら少女を一瞬にして包囲する。


「いや――だれか、だれかたすけてえっ!」


 悲鳴が森に響くと同時に、魔狼が一斉に少女に飛びかかった。

 少女は人生の幕引きを確信したにちがいない。


 されど、諦観にキュッと目をつむっていた少女のもとに凶牙が届くことはなかった。


「うぶっ!」


 少女は魔狼のおなかのやわらかい部分に埋もれていた。

 重い。そして暑い。けれど生きている。


 なにが起きたかわからない上、身動きもたやすく取れない状況に、少女はただ困惑するほかない。


「よかった。ぎりぎりせーふ……」


 安堵の息をつきながら少女の腕をとり引っぱりだすのは、カナだった。魔狼重い。


「あ、あなたは……?」


 高貴な黒いドレスワンピを着ながらも粗雑に汗をぬぐう白銀の髪の恩人に、牧歌的な雰囲気のある少女は茫然としながら問う。見れば四頭の魔狼はどれも、すやすやと寝ているのである。


「わたしはケイ。とおりすがりの魔法使いだよ」


 カナあらため、ケイがそう名乗ると少女からようやく恐れが消え、その眼差しは憧憬にひかりかがやいた。



 *



 そこは王国の西部、広大なローズ領のどこかにある大森林だった。見渡すかぎりの大自然。魔物も多く、魔モテの性質をうしなったケイには休む(いとま)もない。



「きみ、ひとりなの? こんなところに出歩いてたら危ないよ」


 ケイは腰を抜かした少女に手を差しのべる。

 少女が転んだ勢いで怪我をしていたことに気づき、目線の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。手足にすり傷が数箇所。


 旅の途中、なにもしなかったわけではない。

 ハイドと相談しながら新しい魔法をいくつか作ることにしたのだ。


 ケイは両手を少女の傷口にかざして、名称未設定のおまじないを唱えた。


『痛いの痛いのぉ……飛んでけぃ!』


 ぽわーんと淡いひかり。

 みるみるうちに、少女の傷口がふさがっていく。開いた口まではふさがらないけど。


「わあ……! ケイさん、ありがとうございます!」


 少女はすぐに立ちあがり、目をかがやかせながらお辞儀をした。クリーム色のもこもこロングが風になびく。


 ケイが真っ先に習得したのは古代にはない治癒魔法だった。

 古代人は肉体を乗り物みたいにあつかう。こわれたら魔力に分解して再構築してしまうとかなんとか。


 そんな理由で試行錯誤して編みだしたのが『痛いの痛いのぉ……飛んでけぃ!』である。

 もちろんこの世界における一般的な術式とはちがう。


 ハイドいわく、対象の部位だけ時間を逆行させる魔法のようである。つまり厳密には治癒ではない。


 少女のすり傷があったところだけ、転ぶ前の時間にもどしただけだ。まあケイは原理を説明されたところでよくわからなかったので、雰囲気でやるほかないのだが。


 名前をつけるなら『タイムヒール』とかそんなところかな。


「えっと、きみの名前は?」

「コトっていいます。この森に住んでいるの」

「この森に! もしかして近くに村がある?」


 期待の眼差しでそう尋ねるのには理由がある。

 なにを隠そう、ケイは絶賛遭難なうだった。


 プリ村を目指す旅の途中「道から逸れて森を抜けたらショートカットじゃん」とかひらめいたのが運の尽きだった。

 いやでも、それに賛同したハイドも悪いよな。


 ハイドはというと、でぶっとした黒猫の姿でそばについている。あまり他者と関わりを持つ気はないそうで、ペットのふりをするそうだ。そんだけ可愛かったらモテモテだろうけどな。


「村はないけど、すぐ近くにお家があるんです。よかったらついてきてくれませんか? お礼がしたいです!」


 こうしてコトを助けられたのだから、悔いはないかも。

 お言葉に甘え、ケイは森を案内してもらうことにした。お礼は、もこもこ髪で。


 コペラ村からかなりの距離を西に移動し、こうして出会うひとたちの雰囲気もなんだか変わっているようだ。


 複雑な地形の森をはや足で進んでいくコトの服装もそう。

 濃褐色の生地にあしらわれた飾り模様はオルキナの歴史的な民俗文化に触れているかのような気にさせる。


 そもそもコト、よく見たら頭からツノはえてるし。

 そこから垂れさがる数珠のような髪飾りも神秘的だ。


「ところでケイさんはどうしてこの森にいらしたんですか?」

「プリ村に向かってるんだ。勇者さんを探してて、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるの」

「へえー。……ってプリ村っ? この森から行こうとしてるんですか?」


 コトは表情を引きつらせながら振りかえる。


「……やっぱだめ?」

「プリ村はオルキナの西壁ですよ! コッカラァ・トー山脈という山々に南北を囲まれた山あいの都市です。とてもじゃないけどその装備で山を超えるのは無謀です! しかもそんなふとっちょのネコちゃんと!」


 ふとっちょと言われたハイドは少し不機嫌になった。

 一応ケイたちの頭のなかには、ふもとまで行けば転移魔法の射程に入るだろう、という算段がある。


「飛べるから大丈夫だよ。山登りとかはしない!」

「不法侵入する気満々だ!」


 その言葉にケイは「えっ」とおどろき、ハイドと顔を見合わせた……というか睨みつけた。


「不法なの?」

「ケイさん……さてはどこかの貴族の箱入り娘ですね!」

「い、いや、そういうわけでは……」


 あらぬ誤解を招いているようで困惑しながら答えるが、コトはニヤニヤしながら聞く耳を持とうとしない。


「その綺麗なお洋服見ればわかりますよぉ。プリ村はオルキナの国防のかなめですから。おおきな城郭都市ですから入場も厳しいです!」

「し、知らなかった……。聞いてよかった……」


 古代のことはなんでも知ってるハイドだが、今の世間についてはなにも知らないのだ。だからこんなまちがいをする。

 現にハイドは冷や汗ダラダラだ。猫なのに。


 それからしばらく進むと見えてきたのは、二階建ての木造の宿舎だった。周囲には鉄線のバリケードが張りめぐらされ、魔物からの襲撃に備えている。

 その向こうには灰色の断崖が剥きだしになっていた。そこを越えればプリ村が近いようだ。


「到着しました! あたしのお家です! あたしも今着いたんですけどね……」


 ケイはその建築に見覚えがあった。


「これ……辺境の宿屋と同じじゃん」

「ケイさんもご存知だったんですか? どーりですごい魔法を使うわけだ!」

「コトちゃんって〝自覚者〟なの!」


 世界人口に対して〝自覚者〟の数は少ない。なんだか素敵な偶然を感じてしまう。


 それにしてもこんな森のなかに建っているのは意外だ。


「宿舎はもう使われなくなったので、ルームシェアして住んでるんです。各地もそんな感じですね。もちろん宿として営業もできますよ!」


 魔王と勇者の共存により、嵐から逃げまどう時代は終わった。聞けば〝キャラバン〟の面々は解散して、今はそれぞれが自由に過ごしているらしい。


「そっか……平和になったんだね……」

「どうなのかな。とにかくあがってよ!」


 宿舎に入ってすぐには、やはり食堂がある。ただ大人数で食事できるようにか、机の配置が記憶にあるものとはちがった。


 カウンターの向こうには、店主であろう姿をした金髪の少女がワイングラスを磨いている。そういう、しきたりでもあるんだろうか。

 よく見ると耳がとがっている。彼女はどうやらエルフらしい。


「なっち! 帰ったよ!」

「コト、久しぶり!」


 なっちと呼ばれた少女はワイングラスを置き、駆け寄るコトとハグをした。

 感動の再会なんだけど……さりげなくコトの髪の毛を吸っている。(うるわ)しいエルフどこ?


「みおーんは?」

「二階で寝てるよ。ところで、そっちの子は? あっ、ネゴヂャンがいるッ!」


 凛々しい美声がハイドの愛くるしさに音割れした。


「わ、わたしはケイ。とおりすがりの魔法使いだよ」

「ケイ……? どっかで聞いたよーな。そのネコちゃんは?」

「この子はハイ――いだだだだだっ!」


 紹介しようとしたところ無防備なふとももを思いきり噛まれた。おいそれセクハラだろ。


『迂闊に名前を明かすな』

「えっと……ハイくんだよ……」

「ハイくん可愛いねええええええ。吸ってもいい?」


 ハイドは毛を逆立てて応戦しようとしている。


「うん、いいよ」


 にこやかにケイがそう言うとハイドは「え?」って言いたげな視線を向けた。噛んだお返しだ。

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