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無実の罪で断罪され、30歳年上の公爵様に嫁がされた私の1ヶ月後

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

「……今更、なんの御用でしょうか?」


 私の旦那様が愛する薔薇を剪定しながら、振り返りもせず問いかけると、一ヶ月前と変わらず幼稚さを隠しきれていない王太子が叫んだ。


「お前、お前のせいで俺は王太子じゃなくなったんだぞッ! どうしてくれるんだ!」

 

 そこに義妹、()王太子の側近たちも追随する。


「私が公爵令嬢じゃないってどういう事よ!」

「宰相になる筈だったのに、何故だッ!」

「俺も騎士団長になる筈だったのに、どうしてだ!」


「五月蝿いですね」


 ポツリと呟けば更にヒートアップする皆さん。あら、火に油を注いでしまったかしら。私は、汗をメイドに拭ってもらいながら剪定を続ける。パチン、パチン、小気味の良い音が庭に響いた。

 まだ私を罵倒し続ける人たちを追い返すことは簡単だ。だが、ここで一ヶ月前の意趣返しをするのも良いかもしれない。旦那様が言っていたもの。「美しく育つのに邪魔な部分は剪定した方が良い」と。


 私はメイドに鋏を渡し、スカートに付いた汚れを払いながら皆さんに一言。


「貴方達が、王太子にも公爵家の娘にも将来の宰相にも騎士団長にもなれないと決められたのは、一年ほど前です」


 だから、一週間前に国王陛下がご逝去されたのに、滞りなく世界は回っているのでしょう?


「ど、どういう事だ……」

「そもそも、前提が間違っているのです。貴方達が輝かしい地位から引き落とされたのは私を断罪したからではなく、国王陛下達の総意ですわ。そもそも、私が旦那様の下に嫁いだのも、国王陛下からの命令ですもの」


 何も理解できていない彼らを鼻で私は笑った。


「まず、王位継承権を剥奪、との事ですが当たり前でしょう? 公爵令嬢である私を無実の罪で裁こうとしたんですもの。そして、ずっと前から貴方に王としての度量が無い事を憂いていた国王陛下は、貴方から王位継承権を剥奪する事も私の断罪前から視野に入れてました。そもそも、私との婚約があったから貴方は王位継承権第一位だったんですよ?」

「なッ」


「それから、ナナリー。貴女はそもそも公爵家の人間ではありません」

  

 義妹は私に吠えかかる。


「そんな訳ないでしょう!? 公爵様の血を私も継いでいるのよ! だから公爵家に迎え入れられたんじゃない!」

「正確には私のお父様の弟、です。だけどお父様の弟が失踪し、残された平民である貴女と貴女の母親が可哀想だとお父様が思ったから一時保護をしたんです。貴女のお母様はそれをよく分かっていましたよ?」


 そしてこれは、口が酸っぱくなるくらい義妹にも言ってあるはずだった。だが彼女はその言葉に耳を貸さずつけあがった。


「貴女は、冤罪をでっち上げたただの犯罪者です。それも公爵家の娘に罪を着せるという重罪を犯した、ね」


 お父様はこれにお怒りになり、母親はキチンとわきまえていたからいい職場を紹介したが、義妹は牢屋の鎖に繋がれる事となった。この国ではよっぽどの重罪を犯さなければ死刑にはならないから義妹は終身刑が妥当だろう。


「そして宰相と騎士団長、ですか……」


 嘲りの笑みがこぼれる。


「何が言いたいんだっ」

「ふふ、いえ。貴方達は単純に実力が足りなかったのですよ」


 騎士団長の息子が私を殴ろうとするが、それは私の横にいたメイドによって受け止められた。特殊な訓練を積んでいるとはいえメイドに負けるだなんて情けない話。彼は顔を真っ赤にして静止した。


「知力も武力もなく、王太子となる者を側近として諌められるでもなく。そんな方々、早々に見放されるのが順当です」


 それに彼等も私の断罪に手を貸し、騎士団長の息子に至っては私の手を乱暴に掴んだ。これは婦女暴行になる。彼等も、牢屋や領地から一生出られない生活を送ることになるだろう。


 私はため息をつく。


「ようやく分かりましたか? 貴方達はもうずっと前から失望されていたのですよ。私を断罪したから……というのは口実に過ぎません。分かったらもう帰ってください」


 まぁ、帰る場所は地獄でしょうけどね。旦那様も人が悪いわ。王妃(・・)の自宅に不法侵入をした事を口実に王妃殺害未遂(・・・・・・)という罪を着せて、彼等を死刑や鉱山送りに処そうとしているなんて。可笑しいと思ったのよ。旦那様がまだ帰ってこない事。牢屋や領地にいる筈の彼等がここまで辿り着けた事。


「――衛兵、そこの罪人共を捕まえろ」


 ほら、やっぱり来た。完璧なタイミングですね、旦那様。


 衛兵達に為す術なく捕らえられた彼等は私の旦那様の姿を見て息を呑んだ。


「な、何故だ。化け物のような顔をしていると聞いたのに!」


 失礼ですね、あの少し野暮ったいのも大人の深みが出てとても素敵なのに。でも確かに髪が伸ばしっぱで、服も少しボロかった旦那様の姿しか知らないと今の姿は驚いてしまうかもしれませんね。――だって髪を切り服も新しいのを着ている旦那様の姿は、つい先日王の地位に就いた新しい国王陛下にうり二つ、いえ本人なのですから。

 そう、旦那様は公爵という地位に就いていますが実は王弟殿下。王太子が"元"という存在になり国王陛下もご逝去してしまった為、直系の王族である8歳の第二王子殿下が成人するまでのつなぎとして旦那様が国王陛下、そして私が王妃になったのです。


「ふふ、では皆さんさようなら」


 ひらひらと手を振る私の腰を旦那様が抱く。猿ぐつわをされても尚何か叫び続ける元王太子殿下に、私は言いたかった事を思い出した。


「そうそう、私実はずっと旦那様の事が好きだったんです。私を断罪してくれて、ありがとうございました」


◇◇◇


「……あいつは駄目だ。アデール嬢、きっと私の命は残り少ない。どうか第二王子であるルルークが成人するまで、私の弟と共に王座を担ってくれないか?」


 病気で床に伏せっている国王陛下が、私が断罪された事を知り、そう懇願してきた。私の隣にいた金色の髪を伸ばしっぱにして、少し型の古い服に身を包んだレイトーン公爵様が唸った。


「18の幼い令嬢に酷な事を押し付けるな! いざとなったら俺一人で……」

「そのお話、謹んで拝命いたしますわ!」

「はあ!?」


 レイトーン公爵様のいつも眠たげな眼がカッと見開かれる。私はそれをうっとり見つめた。


「昔、お茶会で王太子殿下に虐められた私を助けてくださったでしょう? あの頃からお慕いしていました……」


 私が6歳位の頃から、王太子殿下は横暴だった。そんな王太子殿下が茶会で、キラキラ光る髪飾りを付けていた私の髪を引っ張っている所にレイトーン公爵様が現れたのだ。どうやら王城に書類を届けに来ていたらしい。


「レディの髪飾りを引っ張るのは感心しないな」

「コイツは俺のこんやくしゃなんだッ。だからなにをしてもいいだろ!」

「婚約者だからこそ、慈しんだほうが身のためだぞ」

「俺には敬称をつけろッ、王太子だぞ!? お父様に言いつけてやる!」


 そう言って駆けていった王太子殿下を目で追った後、レイトーン公爵様はしゃがみ込み、私の乱れた髪を骨ばった大きな手で優しく直してくれた。


「すまない、不器用だから俺には完璧には直せない。メイドを呼んでくる」

「は、はい! ありがとうございましゅ!」


 噛んだことに真っ赤になる私を見て、レイトーン公爵様は少しだけ口角を上げた。それが、私の初恋。


 恋を成就させることは出来なくても、見ているだけで幸せだった。レイトーン公爵様は、王位継承権で無用な争いを避けるため生涯独身を貫くと聞いていたからだ。桃色の妄想が広がってしまうのも無理はない。


 諦めていた恋、叶えられるというのなら諦める手はない!


「国の未来のためにも、結婚しましょう!」

「やめろ、近寄るなっ」


 にじり寄る私から顔を真っ赤にして逃げるレイトーン公爵様が可愛すぎて心臓がキューン! と音を立てた。


 そんなこんなで、私とレイトーン公爵様は王太子殿下から断罪されてから3日で夫婦になった。

 結婚した次の日、私は王城に行く旦那様に近づいた。少しかがんでもらう。そしてその肉の薄い頬に唇を落とした。


「旦那様、いってらっしゃいのキスです」

「き、君には恥じらいがないのか!?」


 ほっぺにチューをすると旦那様は顔を真っ赤にした。「夫婦同士なのだから当たり前のことですわ」と私が自分の頬を指差すと旦那様はキスをする事を一度拒んだが、私のうるうる上目遣いと旦那様の乳母の「男がすたりますよー!」という声に触発されたのか渋々してくれた。好き。

 国王と王妃になる為の準備は忙しいが側近の方々は優秀だし、旦那様ご自慢の薔薇が咲き誇る庭でお茶を飲むのはとても楽しい。


 そしてその2週間後、国王陛下は闘病の末に神のお膝元に旅立った。

 国王になるからと髪を切り、服も整えた旦那様は本当にかっこよくて、私はもう何度惚れ直したのか分からない。



 そんなある日、つなぎではあるが国王となった旦那様が、夜出かける準備をしていた。


「何処かに行かれるのですか?」

「……ああ。美しく育つ為に、邪魔な部分は剪定しなければいけないからな」


 剪定、と聞いて見様見真似で旦那様の庭の薔薇を整えてみる事にした私が旦那様の言葉の真意に気がつくのは、元王太子殿下達が庭に現れた時だった。



 旦那様……自分より30も年下だから「幼い令嬢」発言をしたら「私、大人ですからあーんな事やこーんな事も出来ますよ!」と事あるごとに言われるようになった。48歳が乙女の心を理解できる日は遠い。最近は乳母を筆頭としたメイド達に恋愛の指南を受けている。


アデール……王太子の婚約者だった頃はキリッと真面目っ子だったが、精神的にも年齢的にも大人で、しかも初恋の人である旦那様といる時は年相応の表情を見せる。最近は旦那様が構ってくれないので、「かまちょ」な面が強い。全然触ってくれないからよくぶーたれた顔をしている。


「いちゃいちゃしましょうよぉ〜、新婚ですよ? 私達」

「……必要性を感じない」

「……言い方を変えましょう。私に触ってください! 旦那様ぁ!」

 この後、無事頬にキスをしてもらってご満悦のアデール。旦那様に求めるいちゃいちゃのレベルが下がっている事にアデールはまだ気づいていない。

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