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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

職業選択の自由が奪われた件

作者: 伊藤暗号




窓の外では、蝉の鳴き声が響いているし、太陽はカンカンに照り輝いている。


夏休みに入る前日のホームルーム。

高2の夏休みだ。皆、なにして遊ぼうか? と、フワフワ浮き足だっている。

担任のダラダラとした注意事項を尻目に、窓際の1番後ろの席の 朝倉祭(あさくら まつり) も、空の青さにウキウキと心弾ませて、これからの事を考えていた。


来年は、大学受験に向けて本腰を入れなきゃいけないし、こうしてみんなと遊べるのもこれが最後かもしれない。

今日も、一学期終了の打ち上げに、みんなでカラオケに・・・


「朝倉、来なさい」


なんの合図も無く扉が開いて、学年主任が、叫ぶように教室に入ってきた。


「え、何?」


驚きで席を動かない朝倉祭に、学年主任は「ご家族の事で電話がかかってきています」とだけ告げ、廊下に出るよう促した。

ただ事ではない様子に、担任の松村も「静かに〜!」と声をかけつつ、一緒に廊下に出ると、教室内もザワザワと騒がしい。


「ご両親が事故に遭ったと警察から連絡がありました。青路加病院に緊急搬送されたそうです。これから先生と一緒に病院に行きましょう。松村先生、詳しくは職員室で。後で連絡もします」


佐藤先生はそう言って朝倉祭の肩を抱いた。


「え、待って、わかんない。意味がわかんない」


祭は、学年主任の言葉の意味が理解できなかった。


両親が事故?

なんで? 今日は平日だし、お母さんもお父さんも仕事に出掛けているはずだ。

何故2人一緒に事故に遭うの? ん? 違うか? 別々? 別の場所で? どうゆう事?

同時多発テロ的な何かあった? スマホ、鳴ったっけ?


祭は、佐藤先生に支えられるように、ヨロヨロと歩き出す。


「マツリ! リュック!」


後ろから声がかかって、振り向くと、鹿間美彩(しかま みさ)がマツリのリュックを持って教室の扉を開けていた。


「・・・あぁ、うん、ミサ、あり、がと」


祭は タタッ と駆け戻り、リュックを受け取り背負い直すと、にわかに教室内が発光した。


「え、眩しっ」


祭が一瞬怯んで手を顔にかざすと、美彩がその手を掴んだ。


「マツリ!!」


引っ張られる形で、前のめりに教室内に倒れ込むように中に入る。


そこは、上下左右もわからないほど、真っ白な空間だった。


足元が覚束なくなり、マツリが慌てて足に力を入れ背を伸ばし顔を上げると、そこには小さな子供がうずくまっているように見えた。


「え? みんなは!? え!? なに!? ちょっと、大丈夫!? だれ!?」


子供は、床に伏せたまま叫んだ。


「大変申し訳ありません! 異世界移転に失敗しました!!」


あぁ、これは土下座なのだなとは理解した。理解はしたが、やはりマツリには、なにがなんだかわからない。


「え? 何言って・・・」


「2年A組の皆様を一斉に移転させるつもりで、呼び出されたのですが、アサクラ様のみ、魔法陣にわずか足先しか触れておらず、尚且つ、ご家族の魂に猛烈に抵抗されまして、何かご家族に特殊な能力をお持ちの、いや、それはいないはずだから、近々で何方かお亡くなりになった方でもおりましたでしょうか!?」


子供は顔をあげぬまま、なおも叫ぶように説明する。

マツリは、その言っていることの心当たりに気づくと、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。


「え、嘘、待って。何これ? 夢? 何? わかんない」

「あぁ、お父様と、お母様でしたか」


子供は床から少し額を浮かすと、首を傾げてそう告げた。


それを聞いたマツリは、立ち上がって駆け出した。


真っ白すぎて前後不覚ではあるが、この閉塞感、室内には違いない。


扉はどこ? 窓でも良い。早くこんなとこから出て、急いで病院に向かわないと。


父さんとお母さんに何があったのか確かめないと、まだ何もわからない。まだ何も確定してない。


お父さんとお母さんが死んだなんて、そんな事、あるはずがない!



「今日は夕飯を一緒に食べることにしようか?」

「え〜お父さんいっつも遅いじゃん〜なんで私の用事があるって言ってる日に限ってそうゆこと言うかなぁ〜」

「夕飯一緒じゃ無くても良いからっ遅くならないように帰ってきなさいよ? あんまり遅いとお母さん心配で泣いちゃうからね? 良いの?」

「何言ってんのお母さんってばっ」

「お父さんも泣いちゃうからね?」

「フフっ2人ともバカじゃないの」



マツリは、不意に今朝のやりとりが脳裏に浮かんで、両親に玄関口でかけた言葉を反芻するように繰り返す。


お母さんは笑っていた。

お父さんも台所でまだ朝食を食べていたが、声は笑っていた。

2人ともとても機嫌が良さそうだった。

私も笑って家を出た。何事も無く。いつもと同じように。


走っても走っても景色は変わらず、真っ白なままで、もうどのぐらい走っているかわからないぐらいなのに、壁にも扉にもたどり着けない。

マツリは、速度を落として床に倒れ込み、床に突っ伏して叫んだ。


「帰して! 私を元の場所に! 直ぐに! 早く!」


いつのまにか、目の前に現れていた先ほどの子供が、空中に浮きながらはっきりと告げる。


「それはできません。異世界移転は人生で一度だけです」


「なに勝手に他人の一生に一度だけの権利を使ってんだよっこんなのは無効だろっ帰せよっ」


「できないって言ったろ? ウゥンッ その代わりに異世界移転におけるチートを享受する権利を得ています。どの様な能力にしますか?」


マツリが黙っていると、子供は やれやれ とでも言うように首を振り


「あのねぇ、僕はこの世界の管理者。わかりやすく言うと神なんだ」


マツリは眉間に皺を寄せ、怪訝を隠さず 神 を睨みつける。


神は、ふふん と鼻を鳴らし両手を広げさらに浮き上がった。


「約束しよう!! お前のどんな願いも叶えると!! 我は全知全能の神なりっ!!」


さっきまでの殊勝な態度とは打って変わって、どこかふざけ傲慢な態度をみせ始めたその子供の物言いに、マツリはとうとう我慢ができなくなった。


「お前を殺して、元いた世界に帰る。とりあえずその力をよこせ」


「・・・そんな事言って良いんですかー? 私は万能の神ですよー?」


子供はそう言って、マツリを脅す様にあごをあげた。


「じゃぁどうする!? 殺すの!? やってみろよクソガキ!」


立ち上がったマツリが、間髪入れず食ってかかったので、神を名乗る子供は、怒りも露わに目を見開いて身体を肥大化させる。



それよりさらに巨大な手が空を破って降り落とされ、神を名乗った子供の頭を押さえつけると、そのまま床に叩きつける様に土下座の姿勢を再び取らせる。


《誰が頭を上げて良いと言った?》


そして、低く、腹が痺れる様な声がそこら中に響いた。


神を名乗った子供はピクリとも動かない。


《こやつは約束した。どんな願いでも叶えると。こやつを殺し、こやつの力を全て渡そう。それで良いか?》


おそらく、巨大な手の持ち主であろう頭上の遥か上から鳴り響く声に、マツリは口を返した。


「もうお前らのことなど信用できるか。今後、約束を違えるたびに、こちらの要求に即必ず応じると確約させろ。話はそれからだ」


《あいわかった。約束しよう。神は約束を違わない》


メギョッ!


不快な音をたてて、巨大な手は、そのまま神を名乗った子供を押し潰した。



自分の身体に、得体の知れない力が流れ込んでくるのがわかる。

気持ち悪い。

今さっきその約束とやらを破った奴らがその舌の根も乾かぬうちに何言ってんだ?

マツリはそう思ったが、姿の見えない奴に何を言っても無駄だろう。

そして、コイツらとは根本的に会話が成立しないと理解した。


自分の足元に魔法陣が現れ発光する。

瞑っていた目をゆっくり開けた。

そこは、見渡す限り樹木で覆われた森の中だった。



「元の世界に帰して!」


マツリは叫んだが、何も起こらない。


「お父さん! お母さん!」


マツリは、やっと大声をあげて泣いた。



続く慟哭の後、なんの生き物の存在も感じない薄暗い森をマツリは立ち上がって歩き出す。

その間ずっと、朝の家族とのやりとりを反芻しながら、涙も鼻水もそのままに、ヨロヨロとただ歩いた。

それは真っ白い部屋と変わらず、景色は緑色の樹木そのままに、開けた場所にも、人のいる場にも辿り着かない。



「おいっ!! でてこい! こちらが納得するまで状況を説明しろ!!」


叫ぶマツリの前に、先ほどの子供が現れいでた。


「その不遜な態度、どうにかならないの? 不敬だよ?」


金髪碧眼、透ける様に白い肌の子供が宙に浮き、腕組みしながら立ちはだかる。

マツリは、睨む様に子供を見据え グイッ と鼻を拭うと「黙れ。聞かれたことにだけ答えろ」と静かに言った。



「・・・なんなのこの人間。なんでこんなやつの面倒をこの俺がみないといけないの?」


子供の愚痴に、マツリが眉を顰める。


「オマエ、死んで無いな。クソが。元にも戻れていない。ここは日本じゃ無いだろ。さっさと答えろ。約束を果たせ」


「さっきの彼なら死んだよ。我は彼とは違う。約束は果たした」

「私は言った『お前を殺して、元いた世界に帰る。その力をよこせ』と。オマエらは言った『望みを叶える。約束する』と。だが、私はヤツを殺せて無いし、元いた世界にも帰れていない。つまり約束は果たされていない。オマエがここに現れたことが何よりの証拠だ。頭悪いのか?」


子供は眉間にシワを寄せ、歯軋りすると、マツリを睨みつけた。


「『誰が頭を上げて良いと言った?』」


マツリがそう言うと、再び巨大な手が子供の頭を押さえつけ土下座させる。


「聞かれたことにだけ答えろ」


「これで2つ」と続けて言った。

なるほど。なんらかの力は与えられているらしい。


子供は渋々話し出した。



《魔王顕現》を大義名分に、それに対抗する《勇者召喚》を為すべく、この世界の王国の一つが、禁忌の術《異世界移転術》を発動させた。

異世界間の移動にあたり、その生命体の命と魂を守るため、この世界の均衡を司る神がその力を行使した。

その際、予期せぬイレギュラーが起き、朝倉祭の魂の召喚に失敗した。

朝倉祭の魂は異世界に残り、肉体だけが移転されてしまった。

そのままでは、移転と同時に、その生命体が死滅してしまう事は明白だ。

他の世界から生命体を移転させるにあたり、その存在を傷つける事はあってはならないはずだった。

既に起こってしまった事態を収集すべく、精神を《契約の部屋》に一時避難させ《契約の部屋》での契約は成され、朝倉祭も無事に異世界移転する事ができた。



「そして今に至る」


子供は、まるで昔のAIが話すかのように機械的に言って、マツリの言葉を待っている様だった。


「《契約の部屋》での契約とは?」

「強制的な《異世界移転》にあたり、移転者にはこの世界に適応するため望む能力ユニークスキルが与えられる。契約は成された」

「説明になってない」

「死滅した神の力がマツリ・アサクラに譲渡された。契約は成された」


マツリは、ため息をついて聞き返す。


「それが答えか? 《契約の部屋》ですべき事はこれで終わり?」


子供はブルブルと身体を振るわせ答えた。


「本来は、出来うる限り説明をして、双方納得の上移転させる」

「じゃ、しろよ。その納得のいく説明とやらを」


もしかして知能が低いの? マツリの挑発に、子供が顔を上げ威圧を飛ばす。


「『誰が頭を上げて良いと言った?』」


マツリがそう言うと、巨大な手は子供を押し潰した。


メギョッ!!


《契約の部屋》とは異なり、真っ赤な液体が広がると、あたり一面に不快な匂いが漂う。


[称号:神殺し 習得しました]


頭に中に響くアナウンスと共に、またしても、得体の知れない力の流れ込みを感じながら


「次の奴来い!」


「もっとまともに話のできるやつをよこせ!!」マツリが叫ぶと、再び子供が現れる。

その姿はそれまでの子供と全く同じで、今度は押さえつけられずとも、土下座の状態で現れた。


「《均衡の神》の使い《⚪︎×△》と申します。生み出されたばかりでヒトが発音できる名はまだありません」


本来すべき《契約の部屋》での説明をさせていただきます。土下座状態の子供はそう言うと、頭を地面に押し付けた。

そこでようやく、マツリは落ち着きを取り戻し、説明の続きを待った。



「それでは、改めまして、他の皆様と同じ様に本来の《契約の部屋》での手続き上為される説明を、管理者『カミ』の言葉を借りてさせていただきます『皆様は強制的に異世界移転させられました』」


そう言って、目の前の土下座状態の子供は、先ほどマツリが潰した子供の話の、続きを語り始めた。



《契約の部屋》では、神の加護が与えられます。

異世界に適応すべく、1人につき1つ[職業]を選択することによりその職業に適した【スキル】が各自に与えられます。

こちらのリストから選択して下さい。

その適性がある者だけが、その職業を選択することができます。



マツリも、他のクラスメイトと同じ、禁忌を犯し異世界人を移転させる事に成功した[ウハインハイツ聖国 王城メインホール]に移転するはずだったが《契約の部屋》で、走って移動してしまったせいで座標がずれ、朝倉祭はその場から大きく離れた場所に移転してしまった。


この世界でのこの場所は、無数の集落が集まり作った連合国に隣接する森の中で、マナが強いが故の強力な魔獣や魔物蔓延る危険な森林地帯のため、人間が存在できない危険地帯に位置付けられています。



「マナって?」

「魔素、この世界の全ての現象のエネルギーになりうる力の素です」


移転には、その座標と、膨大なエネルギーを要する術が必要で、マツリ達が元いた世界に帰れないのも、地球にはそのエネルギーが無いからこそ、そちらから移転のための《門》を開く事ができないためだ。と説明された。


「元いた場所に戻るには、本来両方の《門》を開く必要がありますが、向こうの《門》を開くものは向こうにはいません」

「ではなぜ今回はこちらに来る事ができた? 誰が向こうの《門》を開いたの?」

「・・・わかりません」

「正直に話せよ?」

「本当にわかりません。なぜ、禁忌とされる術が成功したのか、神は浮世の人間に干渉できません。人間の為す事には、我々にも理解できない事があるのです」

「聞きたい事は色々あるけど、まず私の父と母を・・・生き返らせて。向こうの《門》を開いてもらう」

「マツリ・アサクラ様のご両親は亡くなっており、火葬されすでにどこにも存在しません。器をなくしたその魂は《輪廻の輪》に戻っております。どの世界でも生き返らせることはできません」


その言葉に、マツリは両親の死を確信する。


「っではなぜっ! 私はっ今ここにいるのっ?」


おかしいじゃ無い!? マツリは言葉を詰まらせながら、説明の矛盾をつく様に問い詰める。

自分の魂は両親に引き戻され、元いた世界に取り残された。と、言っていた。

それなら自分もその《輪廻の輪》とやらに取り込まれているはずじゃあないのか?


「・・・こちらの世界には魂を持たない生命体が存在します。この世界に適応させる移転にあたり、アサクラ様は、その生命体として移転させられました」

「私、人間じゃ無いの? なに?」

「・・・魔族、魔人でした」

「でした!?」

「既に、2体分の神に匹敵する力を取り込み、この世界で並ぶ者のいない力を得て、ただの魔人でもなくなりました。魔王です」


神殺しの称号得た魔人は即ち魔王になる。


土下座の状態で、神の使いを名乗るその子供は、声を振るわせながらはっきりとそう答えた。


なんとか平静を保とうと、気持ちを抑えて「冷静に冷静に」と、押さえつけていたマツリの感情が再び揺れる。

このいい知れぬ、今までに感じた事の無いほどの怒りは、単に理不尽な状況に置かれたってだけではなく、自分が人間では無くなったから。

人の(ことわり)から既に外れているからなのだな。


「ふざけんなっ!!」


この身を望まぬ状況に無理やり置かれただけでなく、大好きな友人や、クラスメイト達に討たれる存在。それが今の自分。殺されるためにここにいる。

これ以上の不条理があるか?


マツリが叫ぶと、土下座していた子供が吹き飛んだ。

文字通り、吹き飛び、チリも残さずその場から消え去った。

その体内から飛び散ったと思われる、赤い液体だけが放射状に地面に残る。


またしても身に流れ込む力を感じながら、マツリは再び泣き叫んだ。


「許さないっ!! この世界の全ての物の存在を許さない! 奪った私の大事な物を全て返してもらうまで、何もかも絶対に許さないからなっ!!」

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