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またとある民間研究所の一室だ。そこでは若い男がモニター越しに、顕微鏡で撮った映像を見ている。
そこへ年配の男が入ってきた。
「何か気づいたことはあったか?」
「あ、室長。なぁ〜んにも見つかりませんよ」
若い男が振り返って、ドアの方を見た。
「室長、本当にこの土の上に、地図みたいな模様が浮かんでたんですよね?」
若い男は拡大された映像を指差して、そんなことを確かめてくる。
「きみも映像は見ただろ?」
「一応は見ましたけど、現場へ行っても何もなかったじゃないですか」
「そうなんだよなぁ〜。雨が降らなかったおかげで救急隊員の靴跡はしっかりと残ってたから、そのあたりの土をサンプルとして持ってきたが……」
「警察も野次馬も地面を荒らさないでくれてたのは、ありがたかったですね。さすがに表面に痕跡が残ってる可能性があるので、地層サンプルみたいに接着剤が使えないのが厄介でした。それを崩さないように持ち帰るのは、かなりの無理ゲーでしたよ」
「ははは。まあ、そこはだいたいでいいよ。土の表面に顕微鏡サイズの痕跡が残ってないかと思っただけだ」
そう言いながら、年配の男が顕微鏡の映像に目を向ける。
「模様は時間が経ったら、分解したり酸化したりで見えなくなると予想してる。だから有機物の分解したものとか、微量の酸化物とか、小さな痕跡を見逃さないで欲しいんだ」
「そういう痕跡ですか。難しい注文ですね」
「見つけても一つ二つだったら意味はない。量の多さだ。違和感に気づくことが大切だ」
「違和感と言われても、それがわかるほど目が肥えてませんよぉ」
「まあ、そうだな。無理難題を言ってるのはわかる。だが、前例はある。二〇〇八年、化石の周りを顕微鏡で見てると、色素の微化石があることに気づいた学者がいてな。それ以前は画家の想像でしかなかった古生物の色が、二〇一〇年以降は化石によっては再現できることがわかったんだ」
「羽毛恐竜の縞模様や、真っ赤な鶏冠が見つかった時の話ですね」
「それぐらいの世紀の発見を要求するのは悪いとは思うが……」
「僕としては映像の中でしか見られないので、何かの錯覚か、映像処理のイタズラじゃないかと思うんですよねぇ。だから、そっちの方を調べたいですよ」
「きみもそう思うのか? たしかに現場で地図みたいな模様を見たなんて証言は誰も語ってないが……」
年配の男が、悲しいような、嘆かわしいような、複雑な表情を浮かべている。
「どうにか現場を押さえて、模様を直で見たいものだな」
「そんな幸運、来ますかねぇ?」
若い男が呆れたように言って、また顕微鏡の映像を見始める。
結局、この調査では、何ら新しい発見は見つからなかった。
そして人体溶解事件も、この時の事例を最後に発生が止まってしまった。理由はまったくの不明だ。
そのためこの一連の事件は原因が何もわからないまま、未解決のオカルト事件として後世に語られるようになった。