4
「鉱都壊滅! いきなり降りてきた黒い壁に、都市の半分が潰されたぞ」
作業中の鉱山に、そんな大ニュースが流れた。それを聞いた作業員たちが仕事を止め、大都市の見える方へ駆けていく。
「今日は見えるか?」
「ここから千キロ近く離れてるからな。肉眼で見るのは難しいぞ」
大勢の作業員たちが、高台から同じ方向を見ている。そんな中で双眼鏡を持つ男が、
「消えたのはオグワ一族とサンカン一族の住む地区じゃないか? その前の中央港湾地区からも煙が上がってる」
見えたことを周りに伝えている。
「この鉱山の大激震は、もう終わってるはずだよな?」
「百年以上前に終わってるはずだ。だから、もう大災厄はないと大勢の採掘者が集まってきたんだろ? その象徴が、無機大地に遷された鉱都だ」
「だけどさ、本当に大激震は終わってるのか?」
「この鉱山は百年以上動いてない。だから大激震は終わってるはずだ」
「じゃあ、鉱都で何が起きてるんだ?」
「俺が知るか! そもそも鉱都が作られたのは、動くことがないとされる無機大地だ。原理的には有機大地で起こる大激震とは関係がないはずだぞ」
そこへ近寄ってきた身なりの良い男が、
「鉱都で起きてるのは未知の大災厄だ。何が起きてるのかなんて、誰も知らんだろうさ」
と話に入ってくる。
「鉱山長……」
「ったく……。ご先祖さまは、とんでもない有機大地を鉱山にしてくれたものだ」
やってきたのは今の鉱山長だった。その鉱山長が首に下げた双眼鏡を持って、鉱都の様子を見ようとする。
「ひでぇな。あのあたりの人口は一千万を超えてたと思うが……。いったい何百万人が犠牲になったんだろうな?」
そこで起きた被害の大きさに、鉱山長は戦慄を覚えていた。
「やっぱり、この鉱山は呪われてるのか?」
突然、そんなことを言い出した男が、鉱山長に怯えるような顔を向ける。
「呪いなんて、ただのウワサだ。だが、この鉱山が最初から曰く付きなのは否定しない」
「鉱山長。曰くというのは?」
別の男が気になる言葉の意味を尋ねた。
「この鉱山からは、かなり良質な有機鉱物が採れるのだが、年三〇〇キロ以上も動く異常な動きをしてたんだ」
「年七〜八キロ動くだけでも、かなり異常なのに……ですかい?」
「そうだ。だから最初からこの鉱山でやってくる大激震は、かなり激しいものだと予測できた。だが、ご先祖さまはこの鉱山から採れる良質な鉱物に目が行って、将来のことなんか考えなかったんだろうな。まあ、採掘を始めてから大激震が起こるまで何百年もあるんだ。最初の世代は誰も生き残ってないし、採掘を続けるかどうかは将来の世代が決めることだ」
「そりゃあ無責任な話だ」
「それで起こった最初の大激震は、予測以上にとんでもないものだった。大激震は一日で終わったが、大勢の人たちが天に飛ばされるほどの衝撃があった。だが、そんなことは被害の大小はあるが、どこの鉱山でも起こることだ。大激震が終わったら鉱山の移動は止まる。だから生き残った者たちは鉱山の下にある安定した無機大地に鉱都を遷して、残りの資源を一気に掘り尽くそうとした。ところが……」
「無機大地がなかったんだろ。歴史の教科書にも載ってる有名な話だ」
「二年近く続いた空虚の時代だ。そのあと、また大激震が襲ってきて、それが十年以上続いた。終わった時には人口は一割も残ってなかった。その時の鉱山長も本家が全滅しちまったから、分家だった俺の曽祖父が継ぐことになった。そのあとは他の鉱山と同じだ。今度はちゃんと無機大地があったから、そっちに鉱都を遷して後追いの採掘者を呼び集めたのだが……。まさか鉱都の方で大災厄が起こるとは……」
鉱山長が双眼鏡を覗きながら、鉱都の被害を見ている。
距離があるため、都市は霞んでいた。その奥に黒い壁のようなものが見えている。それは少しずつ左の方へ動いてるようにも見える。その影響か、その先では新たな煙が上がっている。
「鉱山長。過去に鉱都で天変地異が起きたなんて記録はあったか?」
「大洪水の伝説ぐらいだな。それ以外の災害なんて聞いたことがない」
「それは鉱山の動きが速かったことと関係があるのだろうか?」
「さあな。わからんが、これまで手を出さなかった状態の鉱山に手を付けたんだ。未知の災害に襲われても何も言えんよ」
そこへ、
「鉱山長。視察へ行く準備が整いましてございますぞ」
と声が掛けられた。鉱山長たちの後ろに、銀色の長細い乗り物が止まっている。すでにその乗り物には、身なりの良い男たちが何人も乗り込んでいた。
「わかった。被害状況の確認は、どこが担当してる?」
「都市整備局でございます。ただいま八機の調査機を出して、上空から地図との照合を行うておりますぞ」
乗り物に向かいながら、鉱山長が報告を受ける。そして説明してる男と乗り込むと、すぐに宙に浮いて鉱都へ向かってっていった。
乗り物はすさまじく加速しているが、乗っている鉱山長たちは加速を感じてないようだ。それどころか揺れも感じないのか、運転手の後ろの空いた席に腰を下ろして窓から外を見る。
「まずは壁の上を飛んでくれないか」
鉱山長が運転手に指示を出した。
その乗り物は、あっという間に壁の上まで来ていた。
「この壁、どのくらいの高さと幅があるんだ?」
「高さはだいたい二〇〇キロ、幅は千キロ近く……という話でございますぞ」
「奥行きは?」
「そこは光が届かないほどの距離があるので、まだ調査できてございません。鉱都の被害状況を調べるついでに測ったようですが、最低でも二千キロはあるようですぞ」
「二千……か。なら、このまま行ってみよう。もしも五万キロ行っても先が見えないようなら引き返すぞ。それでいいか?」
鉱山長が方針を決め、視察に同乗してる者たちに確認を取る。反対する者はいないようだ。
数百キロも飛ぶと、地上の街並みは途切れていた。これより先は未開の地だ。何もない砂漠のような土地が続いている。
「ん? もう終わってないか?」
「意外と小そうございましたな。およそ二八〇〇キロというところですか……」
壁の終りが見えた。その後ろをぐるりと回り、そのまま壁に沿って飛び続ける。
そこで空を見上げた鉱山長が、
「もしかして、これは有機鉱山の衝突じゃないか?」
そんな可能性を口にした。鉱都の側と違って、奥側の壁から上は天に伸びているようだ。空の先は見えないが、うっすらと何かが見えている。
「これが有機鉱山か確かめてみたいところだが……」
そこまで言いかけて、鉱山長の言葉が止まる。それは複数の同乗者から、
『反対です!』
という声が上がったからだ。
「鉱山長。おそらく今回の天変地異で、市民が納得しますまい」
「そうです。本当に有機鉱山の衝突だとしたら、これから何が起こるのですか? 前例がありませんよ」
「新しい有機鉱山だとしたら、それが起こす大激震はどうなりますか? 未知の災害が起きてる時に、更に未知の災害を招くような発見は悪いウワサを広げます」
「う〜む。それは否定できん……」
同乗者たちの意見を聞かされて、鉱山長が困った顔をした。
その間に壁を回ってきた乗り物は、再び都市の上空へ戻ってきていた。
そこへ都市の中央にあった港湾地区から、大きな乗り物が上がってくる。
「あの船、客船なのに過剰積載の信号を出してるぞ」
同乗者の一人が、掲げられている信号旗に気づいた。
「乗客の数に対して十分な水や食料を積んでないサインだ。次の港まで保つのか?」
すれ違いざま、空を飛ぶ客船の様子が見えた。船には大勢の人たちが乗り込み、甲板や通路に座り込んでいる。客室を取らずに乗った、定員外の乗客たちだ。その多くが大きな荷物を持っている。
当たり前であるが、船に積み込める水や食料には限りがある。あくまで定員数を前提に積み込まれるのであるから、航行中の飲食サービスも客室を取った定員内の乗客が優先される。客室を取れなかった定員外の乗客は、それを利用できないことに同意して乗船したことになるのだ。
その客船が次の港まで、何日間航行するのか知らないが……。
「まるで難民船でございますな」
「未知の災害が起きたのだ。すぐさま他の鉱山へ避難する者が出てくるのは仕方ないさ」
そう言って客船を見送った鉱山長が、大きな溜め息を吐いた。
「どうされました?」
「自然には逆らえんとはいえ、今は鉱山の採掘が、ようやく佳境に入ったところだぞ。これからもっと忙しくなって、人手が欲しいところなのに……」
「鉱山長の『ここの有機鉱物は質が高いから、最後まで掘り尽くしたい』という気持ちはわかる。だが、価値の高い鉄の水は、もうあらかた掘り尽くしたんだ。それにここは我が一族の欲している白い油が少なめだ。となれば、我が一族としては『ここでの採掘は、もう十分である』と結論が出てくると思うぞ」
「採掘なんか、もうどうでも良いよ。今回の災厄を含め、それを呪いと恐れてる連中は多い。さすがに俺は呪いとは思わないが、正直、こんな得体の知れない鉱山とは、早くおさらばしたいと思っているよ」
同乗者から、そんな意見が出てきた。
「何度も大激震を体験してきた開拓者一族の生き残りと、大激震が終わってから鉱山へやってくる安全主義一族の考え方の違いだ。安全主義は災厄への備えも気構えも無いだろうから、今の状況は恐怖でしかないだろうな」
「ちっ。言ってくれる……」
鉱山長の一言に、一部の同乗者たちが舌打ちする。普段は表に出ないが、二つの生き方をする一族の間にある大きな溝だ。
「鉱山長。言い過ぎでございますぞ。安全主義の協力がありませんと、採掘が終わるのはいつになるか……」
「決めるのは将来の世代だが、最後まで掘り尽くす必要はないさ。さすがに曰くだらけの鉱山だからなあ。めぼしい有機鉱物を掘り終えたら、無理をせずに次を探すだろうさ。その時は験担ぎで、できるだけ離れた鉱山を探すだろうな」
鉱山長がそう零して、窓から街に目を落とした。
大きな壁に囲まれた物体が、街を押し潰している。その物体は、今もジワジワと動いていた。そこから逃げようとする人たちが、道に溢れて大変な騒ぎになっている。