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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪奇小説集・朧

初夏の怪虫噺

作者: とらすけ

 初夏の怪虫噺



 蒸し暑くじめじめする初夏の夜、私は帰宅途中の鉄道の駅にいた。


・・・今夜は何を食べようか?・・・


 私は駅の構内をうろうろと歩いていた。残業で遅くなり、もう八時半をまわっている。急がないと駅構内の飲食店が閉店してしまう。人気のあるラーメン店とうどん店は、この時間でも行列が出来ていた。

 他にも有名なパン屋さんも構内に出店していたので、そこで惣菜パンでも買って帰るかとも思ったが、すでに私の腹は空腹を訴え続けていた。


・・・よしっ・・・


 私は、早く食事を済ませられる立ち食いそばに決めた。そして、二軒あるうちの奥の方にある比較的何時も空いている蕎麦屋に向かう。それに確かこの店は十時まで営業していた筈なので、まだ時間に余裕がある。

 私が店の前に着くと、案の定店内は空いていた。

 ”しょうが揚げそば”というのにも食指が動いたが、結局無難な”かき揚げそば”に落ち着き、食券を買った私は店内に入る。

 そして、食券を店員に渡し中央のカウンターではなく、コの字型の窓側にあるカウンターに革の鞄を置いた。曇りガラスの外側に蜘蛛が巣を作っているのがぼんやりと見えたが、どうせ外だからと気にしないでいると、カウンターの上にも小さな蜘蛛が歩いていた。


・・・おいおい、これは不味いだろっ・・・


 私は紙ナプキンを手に取ると、歩いている蜘蛛をナプキンに乗せ、窓を少し開けると外に出し、逃がしてあげた。

 そうしているうちに、かき揚げそばの方ーっと呼ぶ店員の声が聞こえ、私は空腹を満たす為に食べることに集中する。


 店を出て腕時計を見ると八時五十分になっていた。


・・・五十五分の電車には間に合うな・・・


 急ぎ足で構内を抜け、ホームへの階段を下りると、電車の乗降口が停まる場所には其々二、三人の乗客が並んでいた。

 私が降りる駅はここから三十分から五十分、電車に乗った先になる。朝の出勤時の通勤快速だと乗車している時間は三十分だが、夜のこの時間の各駅停車だと四十分かかる。さらに、この五十五分発の各駅停車は途中駅で特急の通過待ちをするので最長の五十分かかるのである。


・・・これ位の乗客なら座れるな・・・


 私は、前から二両目の車両の一番前の扉が停まる位置に並んだ。この扉から降りた位置が降車駅の上りエスカレーターに一番近いのだ。


 電車が到着し乗り込んだ私は、ボックスシートの窓側に座ることが出来た。朝の通勤時と違い立っている人はおらず、座席も空席の方が目立つくらいだった。終電近くになると、また混んでくるのだが、この時間は夜の時間帯では一番空いているのかもしれない。


 私の前の席も空いていたが、発車間際になって二人連れの女子高生が、間に合ったと言いながら席に着き、座ったと思うとおしゃべりに興じていた。同じ制服なので同じ学校なのだろう、この時間に帰るという事は部活か塾かカラオケでも行っていたか……。

 私はどうでもいい事を考えながら、いつものようにブルートゥースのヘッドフォンを耳に当てるとスマートフォンに記録した昔懐かしいフォークソングを聴き始めた。

 そして、音楽に身を委ねているうちに、いつしかウトウトと居眠りしていた。



 そんな平和な日常が、女子高生の”きゃーっ”という大きな悲鳴で遮られる。

 私が目を開けると、二人は髪の毛や制服をパタパタと必死に手ではたいていた。一体何をしているのか私には皆目見当がつかない。


「やだっ なにこれっ 」


 二人は髪を振り乱して制服をはたいていたが、そのうち席から立ち上がり通路の方へ行く。未だに理解できない私だったが、私の手の上をもぞもぞと動くものがある。

 なんだろう、と思い腕を見ると大きめの羽虫が、もぞもぞと這っている。


・・・なんだ、虫か 大袈裟な・・・


 とはいえ女の子だから気持ち悪いんだろうな、などど思っていた私だったが、改めて自分の身体を見て顔が強張る。

 白いワイシャツ一面に黒い羽虫がもぞもぞと這いずりまわっている。いや、ワイシャツだけではない、ズボンにも頭にも……。


「うわぁーーっ 」


 情けない事に私も声を上げ、席を立ち上がり飛び出した。そして、通路で女子高生のように必死に自分に集った虫を叩き落とす。しかし、虫の数が尋常ではない。襟元や袖口から服の下にまで入り込んでくる。


「もう私、気絶するっ 」


 女子高生が叫びながら必死に抵抗しているが、私も助けに行くどころではなかった。他の乗客もみんな自分を虫から守るのに精一杯だ。


・・・何故こんなことに?・・・

 

 私が、窓から外を見ると電車は駅に停車している。そして、ホームにある駅名が見えた。


・・・そうか、通過待ちで・・・


 乗降口が開いたままでホームに停車しているため、電車内の明かりに誘われた虫が車内に侵入してきたのだと思った。


・・・早く発車してくれ・・・


 私だけではなく乗客全員がそう思っていただろう。しかし、何時まで経っても電車は発車しない。


・・・こんなに停車時間、長かったか?・・・


 私は腕時計を見る。いつもの発車時刻にはまだなっていなかった。


・・・くそっ、長いなっ・・・


 私は、這いずりまわる虫と格闘しながら再び腕時計を見ると、まだ先程時刻を確認した時から何秒も経っていない。


・・・おかしいだろっ、時間経つの遅すぎないかっ・・・


 私は心の中で毒づく。そういえばまだ、特急電車が通過していない。何かの事情で特急が遅れていて、その影響でこの電車の発車も遅れているのか。

 私は取り合えず車内から外のホームへ退避しようとした。が、おかしい……。


・・・どうなってるんだ?・・・


 乗降口のドアは開いているのに、そこからホームへ出ようとすると身体が動かない。見えない力で押さえ付けられているようだ。周りを見ると他の乗客もホームへ出られず驚愕の表情を浮かべている。

 私は連結部分の窓から隣の車両の様子を覗いてみると、次の車両の乗客はごく普通に席に座り、居眠りしているような姿も見受けられた。

 隣に移ればこの事態から逃れられる。私は連結部のドアを開け隣の車両に行こうとしたが、いくらドアノブを動かそうとしてもビクともしなかった。乗降口から降りれない事といい、なにか超自然的な力が働いているのか……?。

 とにかく電車がドアを閉めて発車するのを待つ以外ないようだ。それにしても……。


・・・どうして、この車両だけ・・・


 なにか虫が好むものがあるのか、それに何故この車両から出られないんだ。私はパニックになりそうな自分をなんとか抑えつける。

 ホームを見ると、ちょうどこの車両の真ん中辺りでホームの屋根が切れており照明も無くなっている。前半分が闇、後ろ半分が光……。


・・・光と闇の狭間?・・・


 それに今は9時15分。苦事重語……。苦しみの繰り返し……。


・・・そんな馬鹿な・・・


 私は虫を叩き落とすのも忘れて立ち尽くした。女子高生の二人は本当に気絶したのか床に横たわっている。

 そして、虫の数がどんどんと増えてきた。もう、床や天井、窓までびっしりと虫が覆い黒くなっている。床に倒れた女子高生も虫に覆われ黒い彫刻のような状態になっていた。

 そんな周囲の惨状を、虫を叩きながら見ていた私は何かチクッとした痛みを手に感じる。そして、自分の手を見た私は、恐怖のあまり思わず叫び声を上げていた。


「うわぁぁぁぁぁっ 」


 虫が私の手に食い付いている。それに、その虫の頭を良く見ると、人の顔のように見えた。


・・・ツツガムシ……。そんな、虫の妖怪がいなかったか?・・・


 私は最早この現象が普通のものではないと思っていた。そして、改めて虫を観察する。すると、その虫は私の方を向くとニヤッと笑った。


「ひぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ 」


 私は絶叫し激しく虫を叩き落そうとするが、虫の数が一向に減らない。それどころか、服の中にもかなりの虫が入り込み食い付いてくる。

 その時、倒れている乗客の顔が目に入った。その乗客の顔は妙に白く見え、そこには虫が集っていなかったので、つい目に入ってしまった。それは骨が剥き出しになった乗客の顔だった。


「ひぇぇぇーーーっ 」


 私は再び悲鳴を上げる。


・・・む、虫に喰われた?・・・


 私は背筋が凍りつき言葉を失った。虫はその乗客の顔を喰い尽したとみえ、他の場所に移動し居なくなったのだろう。その為よけいに白い骸骨が目立っていた。


「やめてくれよ 私が死んだら家族はどうなる 今度の会議で大事なプレゼンもあるんだ 」


 私は虫に懇願していた。しかし、虫は私の懇願など意にも介さず、私に集り喰い付いてくる。目の中にも入ってきて目も開けられなくなり、口や鼻の中にも飛び込んできて、声を出すことが出来ないのはもちろん、呼吸さえ苦しくなってきた。


「おごごごごっ…… 」


「ごふぅっごふぅっ…… 」


 私は意味不明の声を上げ、床に崩れ落ちた。もう、虫を叩く力さえ無かった。そして、そのまま意識がだんだんと遠退いていく。


・・・虫に喰われて死ぬなんて酷い最後だ・・・


 私はそれでもなんとか抵抗しようと手足を微かに動かして無駄な足掻きを続けていたが、もう息も出なくなり、ぐったりと床に横たわったまま虫に覆い尽くされていった。口や鼻から虫は体内にも入り込み、体の中ももぞもぞする。


・・・ごめんな・・・


 私は心の中で、家族やペット、そして会社の同僚やお世話になった全ての人に謝罪した。そして、そのまま…………
















 気が付くと、あれだけいた虫の姿が消えていた。


・・・夢だったのか 酷い悪夢だ・・・


 私は頭を振り立ち上がろうとした時、床に横たわる乗客を見た。


「ひぃぃぃーーーっ 」


 私の口から悲鳴が飛び出す。その乗客は白骨化していた。


・・・夢ではなかった なのに何故、私は?・・・


 私は恐怖が蘇り辺りを見回すと、すぐ近くの通路に一人の女性が立っていた。着物姿の女性で長い黒髪の恐ろしく綺麗な女性だった。


・・・こんな乗客乗っていただろうか?・・・


 私は恐怖も忘れ、女性をよく見ると着物の袖口から触手のようなものが三本、左右で計六本見えている。そして、私の見ている前で足の方からスーッと消えていった。


・・・一体なんだ、これは・・・


 何が起こったのか、私は混乱した頭で物事を整理しようと試みる。消えた女性に、私に対する悪意や敵意は感じられなかった。それどころか、消える寸前女性は、私の方を見てニコッと微笑んだ気がした。


 これは夢ではない。そこに虫に食い尽くされた乗客の屍骸が何体も横たわっている。私も虫に覆われ食い殺される寸前、何故か虫が消えた。そして、あの女性が立っていた。

 そう考えると、あの女性が何かの方法で私を救ってくれたのか……。しかし、何故?……。

 私が、結論の出ない出来事に頭を抱えてた時だった。


「おじさんも助かったんだ 」


 若い女性の声に振り向くと、二人連れの女子高生が元気に立ち上がっていた。


「君たちも無事か 良かった 」


 私は、他にも助かった乗客がいた事が嬉しかった。


「あの女の人が助けてくれたのかな? 」


 どうやら彼女たちも、あの女性を見ていたようだ。


「でも、あの人さぁ人間じゃないよね 」


「そうだよ 消えたもんね 」


「なんか、鳥山石燕の画図に似てなかった? 」


 その女子高生の言葉で、私は思い出した。そして、わかった。


「そうだ 女郎蜘蛛だよ 400年以上生きた蜘蛛が妖怪化するという 」


 私は興奮していた。


「石燕の画図を私も思い出した そうだ、まったくあの画図のままの姿だった あの女性は女郎蜘蛛だったんだよ 」


 まだ意味が分からないという二人に、私は続けて説明する。


「あの女性、女郎蜘蛛が私たちを助けてくれたのは間違いない 私は幼少の時、芥川の”蜘蛛の糸”を読んで以来、蜘蛛は必ず逃がすようにしている 君たちもそうじゃないか? 」


 女子高生二人は、顔を見合せると頷く。


「私は、蜘蛛は怖いから逃がしてた 」


「私も、なんか苦手で触らないように外に出してた 」


「やっぱり、そうか…… 」


 私は、あの美しい女郎蜘蛛に感謝した。しかし、ここで亡くなった人にも家族や友人がいるだろう。それを思うと私の気持ちは晴れなかった。


体験談です

その時聞いた女子高生の言葉が妙に頭に残っていて、それが書きたくてこんなお話を創ってみました


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに待ち合わせの時の「開けっ放しのドア」って、どの季節でも、良い事(清涼な空気、鈴虫)、悪い事(寒気、雨、虫)のどちらもありますよね。 熱帯化の進む日本では、虫の毒性が高まることもあるし…
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