地域猫トラ爺
トラ爺は、ここらの地域猫的存在だ。
とはいえ、幾度となく去勢手術から逃れてきた凄腕ならぬ凄脚の猫。だから地域猫だけど、市の定義的には地域猫ではない。定義に躍起になるのは市の職員だけで、私を含め当の地域住民は特に難しく考えずトラ爺を地域猫として扱っている。
市の職員はよく「TNR活動」とか言う一連の活動の重要性を、家々を回って説明していたが、うちだけでなく、この町のほとんどの人達が聞き耳を持たなかった。学校でもそれに関する掲示物が貼ってあったが、誰も見向きもしなかった。
隣の家に住む重松のおじちゃんなんかは滅多に怒らないのに、市の職員がしつこく食い下がったときは「俺らの町だから俺らの好きにして何が悪い!」と怒鳴り返していた。その場面に居合わせた時はただただ怖かった。私がいることに気付いたおじちゃんは「しまった」という顔をして、後で私に謝ってきたが、私はまだ少しその怖さが頭の隅に残っている。
というのも、私には重松のおじちゃんが怒った理由はおろか、市の職員の話でさえも理解できていなかったのだ。小学2年生の私は「『きょせい手じゅつ』って何?」と訊いて、両親が苦笑する様子を眺めたことがあるだけだった。
そんなこんなで、大人達はトラ爺のことであーだこーだ揉めていたわけだが、私及び子ども達はただトラ爺とじゃれて遊んでいた。
トラ爺はとてもカッコよかった。毛並みは艶があり、立ち居振舞いが整っていた。歩く姿は凛々しく誰もが目を留めた。
また、トラ爺はとても人懐っこくて、賢かった。誰が良い人で、誰が遊び相手で、誰が餌をくれる人で、誰が天敵かを瞬時に見分けることが出来た。それぞれに合わせた対応をして、上手に甘えて、自分を守っていた。神出鬼没だけど、いつも子ども達がいる所にふらっと現れていた。
そして、トラ爺はとても優しかった。クラスの人気者だけに媚を売るのではなく、本当はトラ爺を触りたいのに遠慮して触れないでいる引っ込み思案な子どもの側にもさりげなく寄っていき、その艶やかな毛並みを触らせていた。
トラ爺は子ども達にとって最高の地域猫だった。
話は変わるが、新学期は大変だ。
クラス替えが世界を変える。三つのクラスがごちゃ混ぜにされて、再び三クラスに分けられる。本当だったら卵と牛乳とパンケーキミックスを混ぜ合わせるように、元の三クラスの良さが引き立てられて、新たな三枚のパンケーキが綺麗に焼き上がるはずだけど、私達の場合はそう「うまく」はいかなかった。混ぜ合わせる時にしっかり丁寧に混ぜ合わせないと、ダマが出来て違和感を生む。
私は敏感だった。違和感にはすぐに気付いた。でも不器用だった。関わり方を間違えた。きっかけを思い出すことは出来ないけど、きっと大したことじゃない。つまらないくだらないことが重なったんだ。いじめはどこだって起こること。
6月、梅雨に入る時期。私は天気がぐずつくよりも先に泣きっ面を浮かべていた。
当時、ノリのいいお爺ちゃん先生が生徒達に人気があった。その先生の使う「年寄り言葉」の物真似が得意な男子、松浦君によって、私は「ベソ子」というあだ名をつけられた。
「よー、ベソ子!イシシシ」
私が嫌がる顔を見て背中を向けて笑うまでが彼らの一連のルーティンというやつだった。
誤解がないように言っておくが、ノリのいいお爺ちゃん先生、堂島先生は一切悪くない。むしろ私に対しても優しく接してくれた。でも悪ガキ達の物真似が、不思議と堂島先生にも苦手意識を持たせた。いつも堂島先生に対してつっけんどんば返事しか出来なかったのは、きっとそういうことなんだと思う。
ある時、私は学校をサボることにした。
家を出て、人目を避け、近くのちょっとした山の上にある公園に向かった。学校が終わるまで、そこで本でも読んでいようと思っていた。
疑問を持たれるかもしれないが、私は賢かったから、事前に学校に休みの連絡を入れておいた。勿論家にはお父さんがいるし、お母さんも私が家を出るまでは家にいる。だけど、私は、お腹の弱いお父さんがトイレに籠り、出発の支度のためにお母さんが2階の部屋のクローゼットを開いている間に、玄関でひっそりと学校に電話を掛けて体調不良のフリをした。案外、担任の本庄先生は簡単に騙された。私が「良い子」だったからかもしれない。
そうして、嘘をつくドキドキと、バレてないか心配するドキドキで不自然になった笑顔をお父さんとお母さんに向けて、私は家を出た。
公園に着くと、私は木製の小さな滑り台に付けられた階段に腰を掛けた。私のすぐ隣にはドングリが三つ置かれていた。そのうち、とりわけ小さな丸っこいドングリが、一緒に置かれていたいくつかの小枝によって、他の二つのドングリから隔てられていたことが、私にはとても悲しく思えて、でも、なんだか仕方なくも思えた。私はワンピースの裾をぎゅっと握り締め、それからため息とともに手を離した。でも、ワンピースには皺が濃くはっきりと残ったままだった。
今日は風が強い。空を仰ぐと、雲がするすると流れているのが見える。草木は揺れて微笑み合っていた。すると、筋の通った凛々しい声が聞こえた。
「にゃーおっ」
見ると足元にトラ爺がちょこんと座っていた。一体いつの間に?
トラ爺は私と目が合うと、喉をごろごろと鳴らして私の脚に体を擦り寄せてきた。艶のある滑らかな毛並みは温かく、少しくすぐったいけれど心地よくて、自然と笑顔がこぼれた。
トラ爺はひょいと階段を上り、私の左隣に来ると、そのまま私の膝の上に乗っかってきた。私の太股はトラ爺が丸くなるには少しばかり小さい所だったのに、トラ爺は器用にその場で回り、体を綺麗に丸めてしまった。
太股にじんわりと温かさを感じる。柔らかい、優しい温かさ。
私は二、三度トラ爺の頭を撫でて、また空を仰いだ。指先が震えていた。何かが溢れそうだった。
「にゃぁお」
トラ爺が私に声を掛ける。私が堪えながら顔を向けると、トラ爺は私の眼を真っ直ぐと見つめていた。澄んだ緑色の瞳は、私の心の内をはっきりと映していた。
「ぅるごっ」
先程までと比べてどこか柔らかさの込められた声に、私はついに堪えられなくなった。ぽろぽろと目尻から涙を二、三粒溢すと、私はようやく自分が泣くのを堪えていたことに気付いた。両手で顔を覆っても波は止まらず、私は気持ちに任せて泣きじゃくった。
トラ爺は何も言わず、ただ体を丸くしたまま、私の膝を温めていた。
その時だった。
「おーい、ベソ子が公園で泣いてるぞ!」
驚いて顔をあげると、公園の入り口に松浦君がこっちを指差して立っていた。
「なんで……?」
純粋に疑問だった。まだお昼にもなってないような時間。皆は学校で授業を受けているはずだったのに。
「学校サボってトラ爺と遊んでんのかよ」
男子達がわらわらと集まってきた。
「おい見ろよ、あいつ泣いてるぞ」
しまった、と思い急いで涙を拭う。
「ベソ子が本当にベソかいてるとか、面白すぎ」
言葉の一つ一つに吐き気を覚えた。
「気持ちわりぃ、トラ爺から離れろよ」
私は「胸が締めつけられる」という表現を身をもって理解した。そして、トラ爺を押し退けて立ち上がった。
私がそのまま階段から降りようとしていた時だった。
「マジキモいわ、追い出そうぜ」
松浦君がそう言って、地面に落ちていた石を拾うと、他の男子達もそこらの石を拾った。
私は階段の手すりを握ったまま固まった。
怖かった。
松浦君の「おらっ」という声に合わせて、一斉に石が投げつけられてきた。
そういえば、松浦君は野球少年だった。
私は目を閉じた。固まったまま動けなかった。
トドンッという鈍い音。カチカチという石同士がぶつかる軽い音。
でも、痛くなかった。
続けてすぐに、私の足元近くでドサッという音がした。
「えっ……」
男子達の驚いた声に、私はようやく目を開けた。
目の前にはトラ爺が横たわっていた。
「トラ爺……」
私の声に耳をピクリと揺らしたトラ爺は、上半身だけを捩って起こし、私を一瞥すると、真っ直ぐ松浦君達を見た。
澄んだ緑色の瞳は、しっかりと松浦君達を捉えて、何かを強く訴えかけているようだった。
しばらくそうした後、トラ爺は糸が切れた人形のように力なく、そして音を立てることなく再びその場に倒れた。
「トラ爺……!」
私も男子達もトラ爺の所へ駆け寄り、私がトラ爺を抱き抱えた。
頭を撫でてもトラ爺は目を開けない。息がとても浅いような気がした。
皆どうしてよいかわからず呆然としていて、松浦君は顔を真っ青にしていた。
私もただ「トラ爺」と呼び掛けることしか出来なかった。
するとそこに、つばの広い帽子を被った本庄先生が現れた。
「何やってるの、授業中でしょ」
近づいてきた本庄先生は、私を見ると目を丸くした。
「あれ、あなた今日休みの連絡をしてたじゃない。どうしてここに……」
言葉が途切れて、本庄先生は私の腕の中で浅い息をしているトラ爺を見た。
「その子、トラ爺じゃない!どうしたの、怪我でもしたの?」
本庄先生は近寄ってトラ爺に手を伸ばした。
その時、私の脳裏に学校の掲示物が浮かんだ。「TNR活動」。何か、とても怖いもの。
私は本庄先生の手を退けた。そしてトラ爺を抱えて立ち上がり、そのまま走って公園の出口に向かった。
「あ、待って!」
私の名前を呼ぶ本庄先生の声を無視して、私は山の階段を駆け下りていった。
私はトラ爺が心配で仕方がなかった。
トラ爺は私を庇ってくれた。
そして酷い怪我を負ってしまった。
もしかしたら死んでしまうかもしれない。
色々な事実が私の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざりあって、とめどない涙となって溢れた。
私のせいで……。私のせいで……。
トラ爺への申し訳なさとはっきりと言い表せない罪悪感とで私の胸は強く強く締め付けられた。
走って走って走って、息が上がるのに足が止められなくて、ひたすらに声を上げて泣きながらトラ爺を抱えて走り続けた。
死なないで。怖いよ。
私はいつの間にか家の前にいた。
インターホンを押しても反応がなかった。車がないから、お父さんは買い物に出掛けてしまっているのだろう。
鍵を持っていないから、私は玄関の前でトラ爺を抱えて立ち尽くした。
「おい、どうした、そんな顔して」
声を掛けてきたのは、重松のおじちゃんだった。
きっと、その時の私の顔は涙と鼻水で酷い有り様だっただろう。
「トラ、爺が……」
しゃくりあげながら出る声はとても震えていて、自分でもビックリするほど情けなかった。でも、どうにかトラ爺を助けてほしくて、怖いことから逃れたくて、必死に声を出し続けた。
「石を、投げつけらっ、れて……」
うんうん、と頷きながら、重松のおじちゃんは私の話を真剣に聴いてくれた。
「私、どうしたら、いいかわからっなく、て……」
私は「死んじゃうかも」という言葉を口にしようとしたが、舌が口の中に重く貼り付いたように全く動かなくなった。そしてとうとうその言葉を言えず、ただ声を上げて泣いた。
「そうかそうか……、でもちょっとトラ爺を見せてくれ」
「……うん?」
私は強く抱えていた腕を少し緩めた。
すると、トラ爺が私を見つめて言った。
「にゃるご」
「トラ爺!」
私が驚くと同時にトラ爺はひょいひょいっと私の腕から飛び降りた。私達から少し距離をとると、身体をぶるぶるっと震わせて毛繕いをし始めた。その姿はとても凛々しく、先程までの弱々しさはどこにもなかった。
「トラ爺……」
「こりゃあれだな、騙したわけだ」
「騙した……?」
私は重松のおじちゃんの顔を見上げた。
「そう、演技だよ。何があったか知らんが、石投げつけられて弱ったフリをしたんだろ」
そんなことはあるのだろうか……?
私はあの時のトラ爺の弱った様子を思い出すと、とても演技のようには思えなかった。
「ま、本人に訊いてみないとわからんが、実際あいつは全然大丈夫じゃないか」
「……」
「トラ爺は賢い猫だからなぁ。弱ったフリが一番いい方法とでも考えたんだろ」
私はトラ爺を再び見る。
トラ爺は既に毛繕いを終えて、澄んだ緑色の瞳で私のことを見つめていた。
そして、どこか申し訳なさそうに、小さな声で言った。
「にゃぁるごぉ」
そうして、さっさとトラ爺は行ってしまった。
「全く、子どもを泣かせるとは悪いやつだなぁ」
「違うの!」
私は咄嗟に言い返した。しかし、それ以上何も言う気にはなれなかった。
重松のおじちゃんは少し驚いていたようだが、しばらくしてから優しく微笑んだ。
「そうだな、トラ爺はいいやつだよな」
「うん……」
その後は重松のおじちゃんとおばちゃんのお家にお邪魔した。
結局、私は公園で何があったかを話さなかったし、二人も特に訊いてこなかった。
お饅頭を食べて畳でもちもちしていると、インターホンが鳴った。
玄関に行くと、そこにはおでこに汗を浮かべて切羽詰まった表情の父がそこにいた。重松のおじちゃんが電話をして呼んだのだ。
お父さんは私の名前を大声で呼ぶと、私を勢いよく抱き締めた。暑苦しくて、汗の臭いに鼻がつんとしてたが、あまり嫌な感じはしなかった。
私はなんだかにまにましていた。くすぐったい気持ちに、トラ爺が膝の上で私を見つめていた時のような温かさを感じた。
その日の夜、不思議なことが起きた。
お父さんとお母さんが、松浦君達のことを尋ねてきたのだ。本当は大事にしたくないから話したくなかったが、お父さんとお母さんの穏やかな声に私も話していいのかもしれないと思えて、口を開いた。すると、不思議なことにつるつると今までの辛さが言葉と涙になって溢れてきた。お父さんもお母さんも優しく頷きながら話を聴いてくれた。背中と左手にそれぞれ添えられた二人の手からは、温度は違えど、確かに同じ温かさを感じた。
ここで二つの疑問を解消しよう。どちらも後から聞いた話だが、まず公園に松浦君達が現れたのは、学校の授業である町探検が実施されたからだった。あの山もそのルートに含まれていて、クラスメイト達は山の麓にある別の公園で休憩をとることになっていた。しかし、松浦君達は追いかけっこを始めてしまい、クラスの集団から離れて山の上の方にある公園、私がトラ爺を抱えて泣いていた公園に走ってやってきた。そして本庄先生は、他の先生にクラスを任せて、松浦君達の後を追いかけてきたのだった。
次に、お父さんとお母さんについてだが、二人が松浦君達のことを尋ねてきたのは、本庄先生からの報告があったからだった。重松のおじちゃんからの電話を受けて車に乗って帰ろうとした直前、お父さんの携帯に学校からも電話が掛かってきたのだそうだ。それからお父さんとお母さんは事前に話し合って、それから私に話を切り出したのだった。ただ、驚くべきは、松浦君の行動であった。実は、本庄先生が松浦君達と私の間のいざこざを知ったのは、松浦君が自白したからであった。私が走って公園を逃げるようにして去った後、松浦君は本庄先生に自分がやったと言い、今までのことを正直に全て話したそうだ。私はその事実を聞いて、最初は信じることが出来なかった。しかし、松浦君は私に直接謝りたいと言っていたらしく、私は翌日学校に行くことにした。
穏やかな時が流れていた。燕が建物の間をせわしなく行き来している様子でさえ、和やかに見えた。
学校にはお父さんと向かうことになった。
少し恥ずかしかったから、いつもよりも早く学校に行くことにしたが、悪くなかった。
私とお父さんは学校に着くと普段使わない職員用玄関の前に立った。インターホンを押すと、すぐに本庄先生が出てきた。
「おはようございます!あ、上履き持ってきた?」
「あ、まだです。取ってきます」
私は走り出したが、お父さんが呼び止めた。
「一緒に行くよ」
私は少し考えたが、「大丈夫、すぐ行く」と言って再び走り出した。
私はそう言いつつも、口もとがにまにまするのを感じていた。
別に何かが大きく変わったわけでもなかったし、まだ怖いことに変わりはなかった。でも、まだ児童も少ない時間帯だったのと、微かな期待が私を下駄箱まで進ませた。見慣れた顔がいないことに安堵しつつ、上履きに履き替えた。玄関の埃っぽい臭いが、私の嫌な記憶を刺激する。簀のこんこんという音は、騒がしいあのクラスを思い出させた。目を閉じると映像がありありと浮かぶようで息がつまったが、拳をぎゅっと握り締め、唇をキツく結んで邪念を振り払った。
きっと、大丈夫。
温かさが私のことを守ってくれているように感じた。
一歩進んだタイミングで、私の名前が「さん」付けで呼ばれた。
振り返ると、松浦君だった。
私はひゃっと息を呑んだ。
先程までの心強さが一瞬で溶けてなくなってしまったように思えて、体が固くなるのをはっきりと感じた。呼吸が浅くなり、指先が小刻みに震えている。
松浦君もどこか落ち着かない様子だったが、茶色い目だけは真っ直ぐと私に向けられていた。瞳はとても澄んでいた。
松浦君は、数歩進み、深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
私は固まったままだった。でも、言葉に込められた思い感じ、唾を飲み込んだ。
「俺、その……色々と……、いけない、ことをして……その……」
途切れ途切れでまとまりのない言葉だけれど、確かにそこには謝罪の気持ちが込められていた。私は自分の体の強張りが解けていくのを感じた。
頭を下げていた松浦君は、顔を上げて再び私の目を見た。その目には涙が浮かんでいた。
「ごめんなさい……!」
お父さん達がいる応接室に、私は松浦君と一緒に向かった。するとそのドアの前に慌てる本庄先生と知らない女の人が立っていた。松浦君が自分の母親だと言い、とても綺麗な人だなと思った。私達を見るやいなや、本庄先生も松浦君のお母さんも驚いていた。松浦君の紹介をされた私のお父さんも驚いていたが、当時の私にはこの三人がどうして驚いているのかよくわからなかった。
その後、関係していた男子達とその保護者も集まり、一時間目の時間を使って謝罪会が行われた。その時の謝罪は、とても具体的で、各々が反省しているということがわかりやすいものであった。でも、一番嬉しかったというか、心が温かくなったのは、さっきの松浦君の「ごめんなさい」だった。
とりあえずの和解と、保護者達の話が終わると、私達は二時間目から授業に戻されて、保護者達も帰っていった。
いじめの雰囲気は徐々に薄れていった。私のことを「ベソ子」と呼ぶ人はいなくなった。私達のクラスにあったダマはゆっくりと解されていった。
あれから、松浦君はよく声を掛けてくれるようになった。松浦君は申し訳なさそうではあったし、私も緊張していたけれど、何週間かするとすっかり打ち解けた。
ある時、クラスの友達と山の上の公園で遊ぶことになった。私はランドセルを家に置いて真っ直ぐ公園に向かった。公園には一番乗りで着いた。
ふと見ると滑り台の階段に、トラ爺が凛々しく座っていた。その澄んだ緑色の瞳に私を捉えると、トラ爺は穏やかだけど筋の通った声を出した。
「にゃぁるごっ」
私はなんだか呼ばれているような気がして、トラ爺の側に駆け寄った。
すると、トラ爺はするりと階段を降りて、森の中へと消えていった。
私は追いかけようと思ったが、先程までトラ爺が座っていた滑り台の階段に目が留まった。そこには、小枝はなく、小さく丸っこいドングリと、その周りを囲むようにしていくつものドングリがひとまとめにして置かれていた。
あの時、重松のおじちゃんがトラ爺を悪いやつだなと言った時、私が思った言葉が、私の口を衝いて出た。
「トラ爺は最高の地域猫だよ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
猫って自由気ままでつかみどころがない時もありますが、自分に正直に生きている姿が私は好きです!
次回作もぜひ読んでください!
私の作品があなたの気晴らしになれば幸いです。