3話 冒険は虐殺の始まり
「はい? 魔人の子供が冒険者登録、ですか……?」
「えっと……、一応、日本国籍と言いますか……」
僕は都内の冒険者ギルドに赴いて、いの一番に身分の詐称を疑われた。だから、転性病の類として診断された書類と共に身分証を出す。
「河合……真央、さんですか。転性病と異世界病の混合種……感染の恐れはない、と……」
じろじろと僕のことを上から下まで見つめる男性職員。
微妙に頬が赤いのは気のせいだろうか?
そういえば、ここまでの道中でも色々な人に凝視されたな。
やっぱりだぼだぼのロングTシャツはラフすぎる格好なのだろうか?
「事情は把握いたしました…………しかし、その……冒険者は基本的に12歳以下の申請を受け付けておりませんので……あっ失礼いたしました……すでに成人済みなのですね……」
僕の見た目から、明らかに12歳以下だと断定してしまうのも無理はない。
職員さんの気苦労に内心で合掌しつつ、僕は着々と冒険者手続きを進めていった。
冒険者のルールは至って簡単だった。
その一、冒険者になると日本国内に現れたダンジョンの探索ができる。
その二、政府管轄の転送ゲートを使用して異世界と呼ばれる地域を行き来できる。
その三、生死は自己責任。
そして冒険者の主な収入源は、ダンジョンや異世界でゲットしたモンスターの素材や未知の資源ってわけだ。
ちなみに【異世界アップデート】が来てから出現した異世界という地域は、どうやら【転生オンライン:パンドラ】と酷似しているらしい。
元転生人として胸が躍らないわけがない。
職員さんの説明を受けてゆくたびに、どうして僕はもっと早く行動しなかったのかといった気持ちが溢れてくる。
っていうか職員さん……たまに僕の顔をぼーっと見て、説明のリズムが崩れるのは何でだろう?
もしかして僕の顔に何かついてたりする?
あっ、昼に食べた卵かけご飯の残りカス!?
「で、では、河合真央さん……あなたに冒険者の適性があるかチェックいたします。原則的にステータスに目覚めていない方は冒険者登録を拒否していますので、あしからずご了承くださいませ」
「はい」
「ではこちらの【賢者の黙示録】に手を乗せてください」
不思議な黒光りする石板に手を乗せる。
これも異世界で発見した新道具なのだろうか?
「ご身分は……不殺の魔王……!? ステ、ステータスは……命値が300!?」
職員さんは【賢者の黙示録】と僕を何度も見返し、夢でも見ているかのような驚愕っぷりだ。
その反応が、化物認定されてるみたいで多少なりとも傷つく。
「あっ……そ、そんな信じられない……あ、あの……本日の冒険者登録は完了ですが……そ、その後日、改めて上役の方からご連絡があるかと存じますので……その際は必ず、当ギルドへ足を運んでくださると……幸いでございます」
妙に上ずった声の職員さんに僕は一礼する。
やっぱりちょっと傷つくなあ……。
◇
そんなわけでやって来ました異世界ひゃっほい。
冒険者ギルド職員さんの話を聞いて、いても経ってもいられなかった僕は冒険者になった初日から異世界デビューを果たす。
「SNSでアップされてた情報は本当だったのか……」
異世界では人間が生息できる地域を【黄金領域】と呼んでいる。そして冒険者たちは多種多様な種族と協力して、日々【黄金領域】の拡大を目指している。
そんな【黄金領域】の中でも五大黄金領域と呼ばれる場所がある。
人々に残された最後の五大都市、ゲーム時代でいうところの初期都市ってやつだ。
僕はそのうちの一つ、【剣闘市オールドナイン】に来ていた。
くすんだ石が積み重なって作られた街並みは、以前ゲーム内でよく見た光景に似ていた。灰色や茶色の石が敷き詰められた建築群の隙間を縫うように、至る所に深い水路が流れている。
近くの水路を覗き込んでみれば、なんと水中にも建物は続いていた。
「あれ? もしかして街全体が水の中に沈んでる? ゲームとは微妙に違う?」
よくよく観察すれば建物はどれも二階部分であり、一階に相当する高さは例外なく水中にあった。そして水草や苔などが生えているけれど、沈んでいる箇所は全て真っ白な石で作られている。
この街の石壁が元々白い物だったのか、それともこの水に何らかの効能があって白く染まったのかは定かではない。
建築物はひび割れていたり、朽ちていたりとだいぶ年季を感じさせる退廃的な雰囲気が漂っている。
つい、この都市の沈没部分には何が眠り、過去に何が眠っているのかと思いを馳せてしまう。
なんとも風変りな街だ。
そして何より目を惹かれるのは巨大な剣がいくつも街中に突き立っている点だ。最初は小さな塔かと思ったけど、よくよく見れば7メートルはくだらない錆び付いた剣なのだ。
鍔の上に木造の建物があったり、鍔の端で人が座りながら水路へと釣り糸を垂らしていたりなど、ファンタジーな風景に胸が躍る。
「……これはみんなが……【六芒星】のメンバーが騒ぐのも頷けるなあ……」
彼ら彼女らは、今もここで冒険しているのだろうか?
かつての【転生オンライン:パンドラ】でパーティーを組んでいた仲間たちに、つい思いを馳せてしまう。
同時に【異世界アップデート】から今まで、一方的に連絡をぶっちした僕は罪悪感にも似た気まずさがずっと燻っている。
会いたいけど、会えない。
そんな感じだ。
唯一、幼馴染で【六芒星】のメンバーでもある氷藤雪からの連絡には極稀に返事をしてるけど……僕が、かつてみんなで倒した魔王の姿で現われたら……いきなり襲い掛かってきたりしないよな……?
「ん? あの子って魔人か?」
「うわ、めちゃめちゃ可愛いな……将来有望すぎるぞ!?」
「っていうか……幼いのにめっちゃエロい体つきしてね?」
「確かに……なんか装備がテキトーだな。この異世界であれは……無防備すぎないか?」
「やばい。俺、ブチおか〇したい」
「おまえロリコンだもんなー」
「まあアレはロリコンじゃなくても反応するだろ」
声がする方をチラリと見たら、3人の冒険者らしき青年が僕の方を見ながらヒソヒソしているのに気付く。
冒険者ギルドの職員さんもぼくの顔をぽーっと見ることが多かったから、やっぱり何かついているのかもしれない。
もう一度水路を覗き込んで確認すると、そこに反射する自分の顔を見て————
「なるほど、やっぱり銀髪赤眼の角持ちは目立つ、か……」
女神や天使と比べても遜色ない可憐さを誇る北欧系の少女が水面に映っている。
それは僕であり僕ではない。
三人の冒険者から痛いほど感じる視線に気付かぬふりをしながら、その場を急いで後にしようとする。
君たちが見惚れているのは僕のようで僕じゃないんだよ、と。
「本当はもっとゆっくり【剣闘士オールドナイン】を観光したかったけど……闘技場とかはまた後で行けばいっか……」
「よっ、お嬢ちゃん」
「一人で何してんの?」
「親と一緒じゃないのか?」
しかし、三人の冒険者は思った以上に素早い動きでぼくの進行方向を塞いでくる。
「この辺はわりと治安がよくないよ? もう日も沈んだし?」
「夜に一人でいるより、俺らといた方がいいんじゃないか?」
「ほら、そこの草むらから【亡者】がギャーって出て来たりするかも?」
冒険者が指さしたのは街の一角にある白い草の茂みだ。
路地裏に面した空き地のようで、人気が異様に少ない。
一応、僕は元転生人であるから【黄金領域】の仕様は知っているつもりである。【黄金領域】から魔物は発生しない。つまり、彼らが脅すような事態は訪れない、というわけだ。
でも、ゲームと現実は違う。
ついさっきも【剣闘市オールドナイン】の在り方がゲームと違ってワクワクしたばっかりだし、一応はこの人たちの言うことに耳を傾けるべきか?
「あ、あの……【黄金領域】でも魔物は出現するのですか?」
「うわ……声も可愛いな……」
「そーそーこの辺は危険だよー?」
「こわーいモンスターが出ちゃうかもなー……そう、俺たちがその怖いモンスターでしたってオチ! おら、ちょっとこっちこい!」
「えっ」
僕を強引に路地裏の暗がりに引っ張り込もうとする輩たち。
「あ、あっ、やめてください! そ、そうだ、えっと、記録魔法! 記録魔法でっ、証拠動画! さらしますよ!?」
「おっ? いいねいいねー! 一生懸命、機転利かせたのかー?」
「自分がヤられる姿を録画するってか? 嘘つくなって」
「逆にそそられるわ。まじで可愛がってやるよ」
「ひぐっ……」
怖くなった僕はとっさに身体が反応して、先程の白い草々が生えている空き地に飛び込んだ。
それからすぐに技術【記録魔法】を発動する。
「記録魔法————【ぼくの瞳に思い出を】」
いやな思い出の記録だ。
瞬間、僕の視界が配信され始める。
だけど、どこでこの事件を知らせれば……! 多くの人に見られそうなプラットフォームは……えっと、YouTuboだ! ま、まずい、頭がパニックだ……落ち着いて、落ち着いて、チャンネル名は……そのまま【TS魔王ちゃんねる】にして、えっと、タイトルは『助けて』で……。
あとはYouTuboに接続すれば————
「お嬢ちゃーん、隠れても無駄だぞー?」
「こんな所に飛び込んでもすぐ見つけちゃうよ」
「茂みに隠れてのプレイを御所望かな?」
彼らはわざと恐怖を煽るようにゆっくりと迫ってきているようだ。
おかげで僕はYouTuboの設定をどうにかできたけど……かなり怖い。
僕は恐怖に支配されて縮こまることしかできなかった。男の人に、こんな風に襲われそうになるなんて夢にも思ってなかったから……無様に草の根に頭をこすりつけて、ただただ嵐が去るのを待つ。
『カタッ』
ん?
僕のすぐ頭の横で何かが動く。
そちらに視線を向けると、心臓が飛び出そうになった。
どうにか必死に口元を両手で塞いで悲鳴を抑える。
「ひぐっ」
『カタカタッ』
地面からぽっこりと出た頭蓋骨が僕を覗いていたのだ。
見た目がすごくグロテスクすぎて、正直に言うとちょっとチビってしまった。
でもよくよく見ると、その屍からは敵意が感じられない……?
むしろなんてゆうか……友愛? いや、崇敬? の念を飛ばされているようだ。
あっ、もしかして身分【不殺の魔王】が関係してる?
よくよく屍さんを凝視してみると、彼についての情報がずらーッと出てきたりする。
ぼくはそれらを流し読みして、とにかく極小の声で『助けて』とお願いしてみる。
するとやっぱり屍さんは『カタカタッ』と顎を鳴らしながらコクコクと頷いて地中に潜っていった。
なんだか屍さんが地中に潜ったことでちょっとだけ頭がスッキリしてきた。
パニックに陥りそうだったけど、ちょっと冷静になってみる。
まずは【記録魔法】とYouTuboへの接続をしっかりして……よし、できた。
魔法って便利。
「あっ、見っけ~!」
「そんなところに隠れても無駄だぞー」
「あー、もうめんどいわ! さっさとその服脱げや!」
ついに男たちに見つかってしまった。
けれど草むらの影に乗じて蠢く存在が、彼らを横合いから襲う。
うぇっ!?
かじった!?
「さーってお嬢ちゃんのきょにゅッヴッ!?」
「ギャッ!? な、なんだ!? 【亡者】だと!?」
「どっどうしてこんな大量に出て来やがった!?」
それからは一方的な蹂躙劇だった。
間近で人間三人が大量の屍にかじり尽くされる様はかなりホラーすぎた。
あまりの凄惨さんに腰が抜けてその場から動けなかった。
「あっ……だずげ……で……」
「じ、じにだぐないっ……がっ……」
「おがあ、ぢゃん……いだっ……うぅ……」
彼らは助けを求めながらも、血だらけになってくぐもった悲鳴を散らす。そして数秒後には物言わぬ屍となり、屍たちの仲間入りしてしまった。
何もかもがあっという間すぎて……ちょっと頭が追い付いてない。
それでも、臓物をまき散らしてピクリとも動かない彼らだった物を見て————
「ぼくの……せい……?」
罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。
襲ってきた男の人たちが悪い。でも殺しちゃうのはなんだか違う気がして、とにかく怖かった。だって人殺しをしてしまったら……不可抗力であっても、それはもう本当にぼくは化物なんじゃないかって……。
ど、どうにか、できないか。
どうにか、どうにか!
ぼくは必死になって男たちの死体を見つめる。
すると不意に妙なテキストが視界に浮かび始めた。
:【魂の輝き】を回収しますか?:
魂の輝き……?
もしかしてまたスキル【不殺の魔王】と何か関係がある?
「あっ……」
そういえば転性した直後に、習得したスキルについて確認した時のことを思い出す。
最後に確認したのが一年も前だし、色々と異世界に夢中で失念していたけど、スキル【不殺の魔王Lv1】で習得した【魂と魔力の無限回収】の内容は————
「我が同胞、我が配下、我が眷属に屠られし亡骸よ。魔導の深淵と理に殉じ、輪廻と命運を握る我が下に、再び生を吹き返せ————」
長い詠唱文をポソポソと呟けば、死体だった彼らは瞬く間に息を吹き返した。
そして目論見どおり、彼らのLvが半分にダウンしている。そしてぼくの懐には、彼らがLvアップに注ぎ込んだ金貨が入ってきた。
:山下けんいちLv2 → Lv1で蘇生 金貨20枚を取得:
:諸刃隆弘Lv3 → Lv1で蘇生 金貨50枚を取得:
:力原力男Lv4 → Lv2で蘇生 金貨70枚を取得:
わ、一気に金貨が140枚もゲットできたぞ!
これならLvアップも記憶量のアップもどんどんできちゃうぞ!
内心の喜びをどうにか抑えながら、ぼくは彼らに声をかける。
「また襲われる前に……街に戻ってください」
「は、はいいいいい」
「あ、あんたがいたから俺たちは救われたのか……」
「ありがとう、ありがとう、もう乱暴なことはしない、まっとうな冒険者として生きる」
「本当に、ありがとう」
「聖女だ……きっと聖女が降臨したに違いない」
「くそっ、俺は最低野郎だ……そんな俺にも! 襲おうとした俺たちにも! 手を差し伸べてくれるなんて……くそっ! 聖女様、俺は必ず、必ず、あんたに胸を張れる冒険者になってみせる!」
なんだかひどく熱くなっているところ悪いけれど、僕にとって彼らの反省なんて心底どうでもよかった。
だって、ぼくはぼくが罪悪感を抱きたくないから……自分を化物と思いたくなかったから蘇生しただけだし。それに金貨も回収できるから————
ん?
待って?
もしかして、ぼくのスキル【魂と魔力の無限回収】って、冒険者が育てば育つほど、殺した時にもらえる金貨の量って増えるんじゃないの?
そうなるとこの人たちが成長するのは、ぼくのメリットにもなる?
あっ、だから無限回収なんだ!
殺して、蘇生して、回収、育てて、また回収!
そこに気付いたぼくは、ニコリと彼らに微笑んだ。
「期待しています。がんばってください」
ぼくの黒い笑みなんて露知らず。
彼らは一瞬、僕にぽーっと惚けた後、心底やる気に満ちた様子でその場を後にした。