17話 朽ちかけの天使
「今日もいい月夜だ……」
異世界に夜が訪れれば、それは魔王としての活動時間にシフトする。僕は再び『白き千剣の大葬原』にひそむ仲間たちに呼びかけ、大切なお金稼ぎを始める。
「さあみんな、集まっておいで」
草々の影に隠れながら、【亡者】たちと『会話』を始める。
「ヴォヴォヴォヴォオオオ~オオ~オォ?」
「…………」
ふ、む。
やっぱり会話は偉そうにしないといけないのか。
こそばゆいというか、なんというか……。
「ヴォヴォヴヴォオ~オオオォ?」
「オォォォォォォ」
「ボォォォォオ、ヴォオオヴォヴォ、ウゴォォォ」
「ヴォヴボォォオ、ウゴォォォヴォ、ヴォヴウゴォォ、ボォボオオオ、ヴォ~ヴォアア、ガァァァヴォッ」
「グォォヴグウ、ヌゴォァァ、グウォォォオヴ」
「ウヴォォォ、ボォォォヴヴォ、アァァ~ボォグォォオ」
「オォォォ、ヌゴォォァァア、グオオオオ」
なるほど……。
月樹神アルテミスは元々この地の農民たちに信仰されていて、多産をもたらす地母神だったらしい。子供の守り神ですらあったと。
それが金と欲望にまみれ、争うようになった人間に嫌気がさして【亡者】にしてしまったと……そして【亡者】たちは、この白い大葬原の養分になり続けているわけだ。
「オォォォボヴォオオオ、ヴウウウウ?」
「ヴォォォヌォ」
「アァァァァ、グゥゥォオォォ」
白竜の眷属……【剣闘市オールドナイン】をぐるりと囲む湖にたゆたう巨大な白蛇か。白竜ミスライールとやらの眷属だったっけ。
ふむふむ、面白い。
「月樹神アルテミスに白竜ミスライールか」
この地にかつて何が起きたのか、その辺をより深く知っていけば色々な魔物と連携して冒険者を効率よく狩れるはず。
そんな風に【亡者】たちから『会話』で情報収集をしていれば、『採集』を頼んでおいたグループが戻ってくる。
「さて、今回の『採集』は『思考命令』で『地中/鉱石』と限定しなかったけど……」
:【亡者】から【月光呪の白石】×12、【鎧戦士の死体】×2、【白紙の狂典】×1を譲渡されました:
「みんなありがとう。ふむふむ……やっぱり『思考命令』で採取物を無制限に指定すると、鉱物以外の素材も集めてくれるのか。その代わり鉱物系のレア素材である【白石の伯爵】は見つけ辛くなる?」
そもそも頼んだ魔物によっては取って来る素材が違うのかもしれない? 同じエリアに生息する魔物でも、その種族が違えば採取できる範囲も変わるし、着眼点も異なるはずだ。
僕は闇夜の中、もっともっと他の魔物と出会いたいと思った。
「でもその前に……死体が2つもあるから……【魂と魔力の無限回収】」
:玄道修Lv8 → Lv4で蘇生 金貨260枚を取得:
:玄道将Lv8 → Lv4で蘇生 金貨260枚を取得:
:【血錆びた戦士の魂】×2を獲得:
わっ!
【月光呪の戦斧】作製に必要な素材が手に入った!?
やっぱり魂を刈り取るスキルなだけあって、魂素材も手に入れられるのかー。
でもどうしてこの二人は魂を抜き取れたのかな?
なるほど。
彼らはレベルが高いからだ。
「え!? 俺たち生きてる……!?」
「は!? ど、どうして!?」
僕は今まで最高レベル6の冒険者しか蘇生したことがない。でもこの2人はレベル8だった。魂に戦士の経験が色濃く刻まれるほど修練したのだろう。
「弟よ! これは何かの奇跡だ!」
「兄貴~! 生きててよがっだああああ」
互いに抱き合う二人を見て、ぼくは微笑む。
うんうん、兄弟愛っていうのは素晴らしいなっと。
そんな風に思いながら、ぼくはその場をそーっとフェードアウトしてゆく。
それからなんとはなしに、【亡者】たちと夜風に当たりながら『白き千剣の大葬原』を散歩していると、帰ってこない【亡者】を感知した。
「ん……? おかしいな……」
ぼくは急いでスキル【侵略の版図】を発動し、周辺の様子を調べる。
なるほど……【亡者】第三小隊と第八小隊が帰還していない。
この辺には手ごわい冒険者が出張ってきているのかもしれない。
「あまりここで暴れすぎても尻尾を掴まれかねない。もっと十分な準備が整うまで、ここは一旦退散しておくべきかな?」
しかし、魔物に襲われるのとは別種の怒声が聞こえてきたので、ぼくは足を止めた。
聞き覚えのある声に首を捻りつつ、そっと草陰に紛れて近づいてゆく。
「ったく! 安藤の野郎が冒険者は儲かる~! とか自慢しやがるからやってみたけどよお、冒険者なんてろくでもねーな!」
「成宮さん。そんなに早く儲かるわけないっすよ。でも、いいじゃないっすか。こうやって面白いオモチャも手に入れたわけですし」
「はぁーうぜえええええ! 安藤ごときがッ! 俺をなめくさりやがって! おらっ、ガキが! さっさと歩けや!」
ん?
成宮さんって、あの成宮さん?
会社で事ある毎に絡んできた、年収マウント大好きぼんぼんの成宮さん?
僕は息をひそめながら、怒鳴り散らかす冒険者の顔を見る。
「ったく! てめえが魔法をつかえるっていうから連れてきたのに、全然ゴミカスじゃねえか!」
あっ。
本当にあの成宮さんだった。
あーなるほどなあ……僕と同期の安藤が冒険者を始めて、儲かってる姿を見て自分も異世界に来てみたのか。
それで幼い少女を……足で蹴って追い立ててる……うわ、無理やり歩かせてる……?
「……い、痛いよお。怖いよお……辛いでしゅ……」
「辛いのはこっちだっての。てめえみたいな足手まとい、拾わなきゃよかったぜ」
「ルルちゃんさーさっきのカバーミスは痛かったぞ……これはお詫びにパンツ見せてもらわないと」
月下の大葬原にいたのは3人組の冒険者だ。
幼稚園にいそうな幼女を男性2人が囲み、ねちねちと過去の戦闘スタイルを攻め立てていた。
というかあの幼女……背中から小さな翼みたいのが生えてないか?
頭上にもぼんやりと天使の輪っかみたいのが浮いてるし、ん、頭にケモミミが生えてる……?
属性モリモリけも耳ロリ天使さんが、成宮さんに虐待されてる……?
「あっ、そうだ。役立たずのゴミでも【亡者】の囮ぐらいできるんじゃね? オラッ、【亡者】を引きつけてこいやあ!」
「うーわっ、成宮きついね~」
成宮さんは幼女をドカドカと蹴り倒し、奴隷のように扱っていた。
よくよく見ると彼女は至る所に傷を負っていて、もはやボロボロだ。
どう考えても危ない状態に陥っている。
だからぼくは意を決して、成宮さんに物申すことを決意する。
会社員時代は彼の言う事成す事に従いっぱなしで、ぼくの心はすり減っていった。そして今も、傷だらけの幼女を放っておいたら……きっと僕の中の何かが確実にすり減る。
そんなのはもう嫌だ……!
僕は【亡者】第一小隊、第二小隊、第四小隊をひそかに展開させつつ、第五小隊と第六小隊、第七小隊を地中に待機させる。
合計24体からなる【亡者】狂宴の開始だ。
もちろん、けも耳ロリ天使さんにはターゲットがいかないように指示している。
「おい、成宮。あっちからいいカモがやってきたぜ」
「亡者が4体も……珍しいが、Lv上げにはちょうどいいな。おい、ゴミィィィ! あいつらの気をひけええ!」
「ひぐっ、は、はい……」
さあ、物理的に物申すぞ!
成宮さんたちが【亡者】第一小隊に気付いたあたりで、僕はけも耳ロリ天使さんの方へ駆け出した。
「きみ、逃げるよ!」
「……ふえ?」
「ほら、【亡者】がやばいから! おいで!」
「え、えっと……? 銀髪の人攫いさん?」
「いいから!」
僕は彼女の手を取り、強引に【亡者】が出没しないルートへと引き寄せる。
「あぁ!? あいつ逃げやがった!? クソゴミが!」
「【亡者】ごときに逃げてるとか笑える。あんなザコは放っておけばいいっしょ」
「まあゴミがいなくなって、これでせいせいした————」
「待て成宮! 【亡者】が……6、7、8体!?」
「は!? これ逃げた方が————」
「うお!? 足掴まれた!?」
成宮さんたちが【亡者】の波に呑まれるのにそう時間はかからないだろう。
背後から聞こえる叫び声に、けも耳ロリ天使さんは固唾をのむ。
「す、すごい、怖いでしゅ……」
「怖いよね。でも、もう大丈夫だよ」
「……?」
怖いと言いつつも、彼女は成宮さんたちが襲われる様子をまじまじと見つめている。
ぼくは彼らが動かぬ物体になったところで、彼女に少しだけ説明をしておく。
「今から起きることを見ても、静かにここで隠れているんだよ?」
「はい、でしゅ……?」
それから僕は成宮さんだった物から少し離れた場所で【魂と魔力の無限回収】を発動する。
彼らの魂を再び呼び起こし、その一部を回収して肉体を再生させる。
:成宮鳴也Lv2 → Lv1で蘇生 金貨20枚を取得:
:越木阿久斗Lv2 → Lv1で蘇生 金貨20枚を取得:
「さあ、ひとまず逃げよう」
けも耳ロリ天使さんはなぜか僕をぽーっと見つめていた。
そして『あっ』と何かを納得したかのように小さな声を上げる。
「あなたが私の神しゃまですか?」
んんっ!?
僕は天使のような幼女に、意味のわからない質問をされたのだった。
今日はTwitterマンガも更新です!
ふわっとですが、魔王ちゃんがクビになった理由が明らかに……
#TS魔王ちゃんねる
@hoshikuzuponpon
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