14話 商人の微笑み
「こちら、【巨人の戦鎚】は、私がまだ積極的に探索している時に宝箱から見つけたものです。おそらく一品物でしょう。PTメンバーの筋力バカが『いつか購入する!』とは意気込んでいたものの、武器としての性能はさほどよくありません。それこそ必要ステータスのわりに低めです」
ふむふむ。
前回と違い、ゴチデスさんはしっかりと商品価値を説明してくれる。
「しかし、鍛冶技術に関する補正付きですので、その辺を考慮すると抜群の品です。現時点では最高峰、というよりは冒険者のLvが全体的に上昇してから扱える品かと。ですから、このような大金設定にしております。それでもご購入されますか?」
「はい、ご説明ありがとうございます」
「こちらこそ、ご購入いただきありがとうございます。ゴチです……と、言いたいのですが、戦闘用の武器をご購入されてLv上げを優先された方がよいのではないかと……」
「ボクは魔物と戦うのが性に合わないので、今は記憶を上げて技術を磨く方が楽しいです」
「左様ですか。たしかに様々な冒険スタイルがあって良いと存じます。貴女様が職人の道を極めるおつもりでしたら、工具に大金を出すのも無駄な投資ではないですね。では、ゴチです」
30万円を支払い、ぼくは【鉄のハンマー】と【巨人の戦鎚】を無事に購入。
かなり大きな【巨人の戦槌】は【宝物殿の支配者】に収納して、【鉄のハンマー】は握りしめる。
早く武器が作りたくなってウズウズしてきたぞ。
ゴチデスさんへの挨拶もそこそこに、さっそくこのハンマーたちの性能を試したいので、足早に店を出ようとする。
「貴女様に先ほどの非礼を深くお詫びいたします」
しかし背にかかった声が、僕の歩みを止める。
ゴチデスさんの謝罪だ。
おそらく、鍛冶技術を習得するための【鉄物語】を高値で売ろうとした件を言ってるのだろう。
「ぜんぜん気にしてませんよ。良い品が買えて大満足です」
振り返り、素直に謝罪できるゴチデスさんの人徳に笑顔で応える。
すると彼はほんの少しだけ僕を眩しそうに見つめた。それから大仰な仕草で笑いだす。
「おお、その笑みは破壊力が抜群ですな。私としたことが、思わず肝心な事を言いそびれてしまいそうでしたよ」
「肝心な事、ですか?」
「商人として太客のアレコレを詮索するのは御法度ですが、こればかりは私の信条にひっかかりまして。つかぬことをお聞きますが——あの時、貴女様の力は本当に3、でしょうか?」
「それは……」
「貴女様は、身分が……【修道女】でしたかな? ほう、確かに【修道女】ですな。ですが————」
キラリ、とゴチデスさんの双眸が僕を射貫く。
まさか【神々を欺く者】の偽造がバレてる?
「【修道女】の初期ステータスは、力3ではなく1でございます」
そうか。
彼の指摘で合点がいった。僕がコンゴウさんの前で力が3だと言った時、ゴチデスさんが鋭い視線を飛ばしてきた理由はこれか。
そして僕が初来店のお客にしては、ゴチデスさんの扱いが粗雑だった原因もわかった。
「いえ、なに。馴染の客が嘘を吐かれているのを見て、一見さんで済まそうとした商人をお許していただきたい」
嘘には嘘を、と。
それ相応の態度だったと。
「こんな世界ですからね。私も他の冒険者に隠し事の一つや九つ、そりゃあありますとも」
一気に数えが一つから九つって……人のことを言えた義理じゃないけど多い。
「ですが魔物と遭遇したとき、仲間のステータスやスキルの誤認は作戦や戦況に大きく響きます。そう、虚偽は死に直結します」
「それは……たしかにそうですね」
「コンゴウさんは色々とムラのある性格をしておりますが悪い人じゃございません。私が探索する際は、彼女もPTメンバーの一員です」
つまり、ゴチデスさんと金剛さんはよくパーティーを組むぐらいには付き合いがあると。
「どうか彼女を騙した結果、死なせてしまう……なんて大惨事は起こさぬようお願いいたします。大切な古客なのです」
「も、もちろんです」
ゴチデスさんは口調こそそっけないものの、きっとコンゴウさんや他の冒険者をすごく大切にしているのだろう。そんな想いがひしひしと伝わってくる言動だった。
そしてぼくにだって、彼女を害したいなんて気持ちは微塵もない。
なにせ現在進行形で彼女にはお世話になりっぱなしなのだから。
「納得してもらえるかわかりませんが……僕は金剛さんとは日本でも、あの、横浜でもよく顔を合わせたりするので、その、冒険以外でもお世話になってます。だから、彼女に害なす人を殺すことはあっても、彼女に危害を加えるつもりはないです」
これは僕の本心であり事実だ。
金剛さんには冒険者ギルド横浜支部で諸々の手続きをしてもらったり、横浜の美味しいお店にも連れて行ってもらった。
ちゃんと友達として大切に思っている。
そんな気持ちをまっすぐゴチデスさんにぶつければ、彼はしばらく何度か目を瞬かせる。それから小さなため息を吐いたけれど、それはどこか温かさに満ちたものだった。
「貴女様は……ええ、ええ、私の心配事は増える一方ですよ。いいですか、日本でのお話はあまり吹聴してはいけませんよ? 貴女様はその歳にしてはだいぶ聡明だとは存じますが、プライバシーは守るべきなのです。特に、コンゴウさんや貴女様のような女性は」
「でも、ゴチデスさんはそういう情報を悪用する人には見えません」
「やれやれ、参りましたよ」
ゴチデスさんは中腰になり、僕の目線の高さにその双眸を合せてくれる。
それからニッコリと笑った。
「もう一つ、肝心なことを言いそびれてました。【金海が眠る扉】は、大切なお客様には割引きすることが多々ございます」
そうしてゴチデスさんは僕に小さな袋を渡してきた。
チャラっと小気味よい音が響き、中を覗いてみると4枚の金貨が入っていた。
現金換算すると14万円相当だ。
「え? こ、これって?」
「【巨人の戦槌】。アレはどうせしばらく誰も使えないと思っていた品ですので。貴女様には実質半額でお譲りいたします」
その金貨袋は……なんとなくだけど、僕に対する信頼の証のようにも見えた。
それを固辞するのは、彼の気持ちを否定するような気がしたので喜んで金貨4枚を受け取る。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。単に貴女様に————マオさんに高値でハンマーを売りつけたなどと、コンゴウさんに知られた日には殺されかねないですから」
初めて名前で呼んでくれた彼に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「確かに金剛さんは真剣になると怖い人ですから……」
ゴスロリ服に半ば強制的に着せ替えられた件をぼくは忘れない。
「ですねえ」
しみじみと同意するゴチデスさんに妙な親近感を覚えてしまう。
彼も金剛さんには何かしらのトラウマを植え付けられた人なのかもしれない。
そう思うと、妙な同志感が沸いてくる。
目と目が合えばどこか呆れたような、けれど温かみのある、なんとも言えない困った表情をしている。きっと僕も同じような顔になっているのだろう。
それは————
互いに思い浮べている人がきっと同じだから。
「あははは」
「えぇ、えぇ、困ったものですよ、本当に」
【金海が眠る扉】にクスクスと、笑いの波が静かにたゆたっていた。
◇
————————————————————
河合真央
身分:修道女(不殺の魔王)
Lv :3 (Lv4にするには金貨40枚を捧げる)
記憶:2 → 3 (記憶量を増やすには金貨40枚を捧げる)
金貨:1170枚 → 1174枚
命値:300 信仰:999
力 :300 色力:702
防御:300 敏捷:300
【スキル】
〈不殺の魔王Lv3〉
【技術】
〈宝物殿の支配者Lv1〉
〈記録魔法Lv1〉
〈鍛冶Lv1 → Lv2〉
Lv0……石砕き
Lv1……精錬
Lv2……鍛造 (new!)
【装備】
〈鉄のハンマー〉
〈幼き日々の令嬢〉
————————————————————




