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平和の鐘  作者: 雌蛸
第1章:キングの冒険
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愚者の行進

過去と決別するキング。死神へ成り代わった彼が向かった先は学校だった。残虐で歪んだ願望を抱えるヨハンは学校へ馴染めずにいた。自分勝手な恨みを抱えた彼が出会ったのは、制服姿のキングだった。

 キングは、自分が両親から『IT(それ)』と呼ばれていた頃の夢を見ていた。彼は、生まれてから……いや、母親の胎内に居た頃から、オンボロのトレーラーハウスで過ごしてきた。コミューンとすら呼べないような集落で、国籍もよく分からない酷く貧しい人たちとしか関わった事がなかった。


 キングには友達がいなかった。同じ年頃の子供がいなかった訳ではない。

 

 ただどういう訳だか、ある一定の年齢になると子供だけが行方不明になってしまう。大人たちは、そんな子供など()()()()()()()()()()()()ものとして、少しばかりの贅沢を楽しんだ。そうしてすぐに金が底をついて、またその日暮らしという日常へと戻ってゆく。


 両親はこの中では、まだ働き者だった。週の半分はトレーラーハウスを空けて、働きに出る。エンストを起こしてばかりの車に薬物中毒の母を乗せ、父親が客を取る。行為は車中や、公衆トイレで行われた。かかるコストと言えば母親の薬代とガソリン代くらいのもので、見方によっては非常に合理的なビジネスモデルと言えた。


 しかし、父親は母親という商品に手を出そうとはしなかった。既に、客から治療には大金のかかる性病をうつされていたからだ。かと言って、似たような売春婦を買うような気前の良さもない。


 父親にとって性処理をするのは、幼いキングで十分だった。物事には、必ず理由がある。キングが行方不明にはならずに済んだ事にも、理由があった。

 

 真っ白な肌、アルビノを思わせるプラチナブロンド、透き通るような青い瞳、猫のようにしなやかで小柄な身体。

 

 キングは、幼い頃から自分の美しさを理解しているような所があった。それは父親に酷いことをされようとも、生き抜くためだったからだ。

 

 けれども、35はあるTVチャンネルの番組表を全て暗記している事が、他人とどれだけ違うのか理解する術がなかった。集落の子供達はある時期が来ると、皆行方不明になってしまっていたから。

 

 父親の酒臭く淀んだ掠れ声が聞こえる。

 

 「お前は本当に祝福された子供さ」


 ――……!


 脂汗まみれで目を覚ましたキングは、父親の声を聞いたような気がして周囲を見渡した。けれども、目に入ってくるのは深い森の闇と、今にも降り落ちて来そうな星空だけだ。

 

 木の上でうたた寝していた事を思い出したキングは、大きく深呼吸をすると、自分に優しく言い聞かせた。

 

 大丈夫

 もう、アイツは永遠に僕の前には現れない。

 

 死神に成り代わったキングは、トレーラーハウスへ戻ってきていた。壁に飛び散った血と床に広がる血溜まりの中を歩いて、腐敗して風船のように膨らみ始めていた両親の死体に手をかざした。


 カラカラと回転草が回るような乾いた音と共に両親の死体が燃え上がり、あっという間に火はトレーラーハウスを包んでいった。そうして火は燃え広がり、一時間もかからないうちに集落は燃え尽きて無へと()していった。


 業火の最中(さなか)、大人達が絶命する音を聞きながら、キングはマントを羽織り大鎌を抱えて涙を流していた。


 「もう二度と、生まれ変わって来ないで」


 涙で声が震えてしまうのを必死に(こら)えながら、キングと言う名の死神は祈りと祝福を捧げた。





 ◆





 ヨハンは、つい数日前15歳になったばかりだった。バースデーは父親だけが祝ってくれた。母親は、二年前に病死した。小さな頃から内気で人と関わりたがらなかったヨハンは、無理やり学校へ通わせた両親の事が好きではなかった。


 それでもいざ通ってみれば、それなりに友達が欲しくなってみたりもする。けれども、ヨハンの話を面白がって聞いてくれるような友人は、誰一人として現れなかった。それどころか好きな話をすればするほど、クラスメイトは気味悪がって彼から距離を置いた。


 いつからか、ヨハンは誰とも話さなくなり、学校も休みがちになっていった。

 

 二週間ぶりの学校。ガヤガヤと賑やかな音を立てるクラスに入っていっても、誰一人として、ヨハンの存在そのものに気づいていなかった。


 教室を見渡したヨハンは、ニヤリと笑った。

 妄想が彼の脳内を追随(ついずい)いてゆく。

 

 コロンバイン高校で起きた、あの悲劇を。弾を込める感触と撃ち抜く快感、そして硝煙(しょうえん)の香りを。

 僕は、トレンチコートマフィア。英雄だ。

 主人公は、犠牲になった生徒たちなんかじゃない。僕だ。


 「お前らなんか一人残らず……」


 出かけた言葉を飲み込んだヨハンは、ハッとした顔で我に返ると静かに教室を後にした。


 廊下の突き当りにある階段を降りて中庭に出ようとした所で、殆ど白髪(はくはつ)に近いプラチナブロンドの少年が目に入った。すぐさま少年が振り返ったので、ヨハンはギョッとしてその場に立ちすくんでしまった。


 少年は同性から見てもうっとりするような美しい顔立ちをしていたが、右目が外斜視なのだろうか。外側を向いてしまっていた。しかしそのアンバランスさが、余計に瞳の美しさを際立たせている。ふわっとした天使のような微笑みを投げかけられたヨハンは顔を赤らめながら、こんな生徒ウチの学校にいただろうかと考えていた。


 「君、転校生?」


 「初めまして。僕、キングって言うんだ。年齢は多分、今年で15歳。あのさ、聞きたいことがあるんだけど。学校ってどうすれば入れるの?」

 

 キングと名乗る少年の言ってる事が、まるっきり理解出来なかったヨハンは、困惑して目を泳がせてしまっていた。

 

 多分、15歳ってどういう事だ?出生届を見たことがないのか。

 学校に入るってのも……ここは私立じゃない。公立だ。放っておいても入学はできる。ヨハンはキングをそのまま無視して通り去ろうとしたが、なんとなくやり過ごす事が出来ずに問いかけた。


 「……初めまして。僕はヨハン。他の国から移住してきたの?」

 

 「生まれはこの国だよ。僕、生まれてから一度も学校へ通ったことがないんだ。だからその……手続きをどうしたら良いか分からなくて。制服は()()してもらったんだけど」


 「ああ……そういう事か。僕のクラスにも似たような生徒いるよ。施設とか里親が手続きをやってたけど」


 「施設には行きたくないな。里親も要らない。親の所から、逃げてきたばかりだから」


 キングの言葉に急に興味を覚えたヨハンは、彼に近寄ると手を差し出した。どんな暴力を受けてきたんだろう。その美しい佇まいから想像される暴力に、ヨハンは下半身が熱くなるのを隠せずにいた。きっと殴る蹴るなんかじゃ済まない、もっと最悪で酷い暴力を受けていたに違いない。

 

 本当は小動物なんかじゃなくて、人間を相手にそういう事をしたいのに。

 虐待がこれだけありふれてる世の中で、そういう話の出来る友達が出来ると思ったのに。

 皆、普通を装った偽善者だ。

 

 「多分15歳なら、僕と同い年だね。話をしようよ」

 「――……いいよ」


 キングの白く細い腕が伸びてきて、差し出した手をそっと握り返した。そのまま捻り潰したくなる衝動を抑えて、ヨハンは微笑み返した。中庭を抜けて少し行った先の、普段からあまり人気のない旧校舎へと歩みを進めてゆく。

 

 「親に何をされたの?」

 

 「君が想像していることで、大体合ってるよ。けど、想像にない事もある。僕は、両親を殺した」


 ヨハンは自分が想像していた事を、キングが見透かしていた事に気づかない位には興奮していた。目の前の少年が人を殺してる、その事実に喜びを隠しきれなかった。誰にだって、僕と同じような願望があるはずだ。太陽が(かげ)ってきて、二人の表情に影を落とした。


 「どんな風に殺したの?教えて」


 「母さんは薬物中毒だった。薬が切れて、僕を刺そうとしたんだ。父さんは僕が成長してきてたから、それで良かったみたい。俺はゲイじゃないって言いながら、背中を向けてビールを飲んでた」


 「それで?」


 「自分の中で何かが切れたんだ。僕は、僕だ。僕にだって生きる権利がある。名前だってあるんだ。決めるのは、僕だ。それで……気がついたら、両親を滅多刺しにしてた」


 制服のズボンの前を隠すようにして握りしめたヨハンは、興奮して嬉しそうに笑っていた。キングは、喜怒哀楽を殆ど表現したことがない。表現をする機会が、なかったのだ。右目の外斜視も手伝って、表情ひとつ変える事なく話をしたキングが、ヨハンには自分と同類……真の英雄のように映った。


 「キングは実行に移せたんだね。羨ましいよ。楽しかった?僕だって本当はそうしてやりたいんだ」

 

 「――……楽しかった。ヨハンは、両親から僕と同じことをされていたの?」

 

 「いいや。つまらない両親だよ。母親は、二年前に病死したんだ。病気の原因はストレスとか言ってたな。行きたくない学校へ無理やり通わせた罰さ」


 「学校へ行きたくないなんて事あるんだ……そういえばTVで見たことがあるな。いじめられてたの?」


 「いや。でも、存在ごと無視されてた。好きな話をすると、皆気味悪がって僕から遠ざかるんだ」


 小動物を電子レンジで殺した話。火をつけた話。いつか、人間にもそうしてみたい話。

 誰も耳を傾けてくれない。

 

 一度だけやっている所を、母親に見られた事がある。泣きながら、それでも貴方を愛してるとか言ってた。無理やり病院へ入院させようとした。だから、毎日少しずつ母親の食事に混ぜたんだ。タリウムを。けれど、中毒を起こす前に進行性の胃癌が見つかって、あっという間に死んでしまった。

 

 ぶり返してくる怒りに俯いたまま、しばらくブツブツと独り言を言っていたヨハンは、ふと気配が遠ざかったのを感じ取って顔を上げた。ザーッと木々を揺らす風が、旧校舎のカビ臭い匂いと共に吹き付けくる。

 

 キングはいつの間にか、10メートルほど離れた場所に立っていた。

 旧校舎が落とす影で、表情がまるで分からない。プラチナブロンドの髪が風に揺れていた。


 「ヨハン、君は人を殺したいんだね。僕が叶えてあげる。取引しよう」


 キングが宣告者のような口調で提案すると、斜視になっていた右の眼球が彼の(てのひら)にポトリと落ちていった。ヨハンは自分が何か見間違いをしたのかと思って、駆け寄ろうとした。が、足が全く前へ出ない。代わりに、(てのひら)に眼球を載せたキングがゆっくりと近付いて来た。


 「君が動けないのは、僕の力だよ。僕は、死神なんだ」

 「――……冗談だろ?」


 「冗談じゃないさ。ほら」


 キングの眼球が(てのひら)から浮いたと同時に、ヨハンの身体が3メートルほど浮き上がった。眼球がゆっくりと回転すると今度は、ヨハンの身体もゆっくりと回転し始める。ヨハンは信じられない、という表情でキングを見た。

 

 「信じてくれたかい?」

 「ああ、キング。信じる、信じるよ。だから降ろして。取引したい」


 キングは相変わらず無表情のままヨハンを地面に降ろしてやると、今度は顔がよく見える所まで近寄ってきた。ぽっかりと空いた眼窩(がんか)が、今起きている事は全て現実なのだと物語っていた。


 「僕は人を殺したい。思い切り痛めつけて、泣き喚く様がみたいんだ。見返りに何を渡せば良い?」

 

 「僕は……学校に通ってみたい」

 

 「えっ、本当にそれだけでいいの?」

 「うん」


 「そんなのお安い御用さ。キング、取引しよう」


 キングは青い宝石のような眼球を舌の上に乗せると、初めて笑ってみせた。


 「ヨハン。取引は、成立だ」


 次の瞬間、ヨハンは天井から床まで全て真っ白な、窓のない部屋の中にいた。拘束服を着せられ、頑丈な扉についた窓からは死んだはずの母親が泣きながら覗き込んでいた。


 「なんだこれ……どういう事なんだよ!キング!」


 ヨハンは拘束服を無理矢理にでも脱ごうともがいたが、ぎっちりとベルトをしめられており、ビクともしない。

 

 現実ではない世界に連れて来られた上に、思っていた取引とまるっきりかけ離れた状況に置いていかれた。あの野郎……僕を騙したな!

 

 怒りを爆発させたヨハンは、壁に頭を思い切り打ち付け始めた。すぐさま屈強(くっきょう)な男性看護師が二人入ってきて、暴れる彼の身体を押さえつけた。


 開いた扉から、死んだはずの母親と医師の会話が聞こえてくる。


 「あの子……良くなりますよね?」

 

 「お母さん、一旦離れましょう。貴方も毒を飲まされていたんですよ。心配なのは分かりますが、小動物を殺すケースと言うのはですね…………」


 「なんで!なんで母さんが生きてるんだ!おい、死神!!出てこい!」


 「妄想や幻聴、幻覚と言った症状も出ています。鎮静剤で抑えてはいますが……ああ、君。彼の頭の傷を処置するなら、鎮静剤も用意して」


 「僕はおかしくなんかない!キングっていう死神と取引をしたんだ!アイツが人を殺させてやるって言ったんだ!」


 ヨハンは、壁に打ち付けた過ぎた頭からダラダラと血を流し、まさしく大声で泣き喚いていた。

 

 ふざけるな、あの死神。

 

 白い部屋から遠ざかる母親と医師とすれ違うようにして、注射器を持った看護師が近付いて来るのが見えた瞬間、ヨハンはようやく全てを理解した。


 「僕も『人』って事か」


 ヨハンは獣のような叫び声を上げたかと思うと、その勢いで舌を噛みちぎった。彼が絶命するまでの数分間、何を考えていたのかは誰にも分からない。しかし看護師の報告だと、血を吐きながら笑顔を浮かべていた瞬間があったという。

 





 「ヨハン。君は殺せれば何だって良かったんだろ」

 

 旧校舎の影から太陽の下に顔を晒したキングは、眼窩(がんか)に収めた右目を(てのひら)で覆いながら空を仰いだ。





 「ねえ、これ誰だか知ってる?」

 「ヨハン?……知らない。卒業生かなんかじゃないの?」

 「嫌だあ、ロッカーにもラベル貼ってある。タチの悪いイタズラだよ、コレ。幽霊みたいじゃん。気持ち悪い……先生に報告しよ」


 「ハイハイ!皆、座って!」


 オカルトめいた奇妙なイタズラにざわついていた生徒たちは、担任の後ろを一人の少年が付いて歩く姿を目にするとすぐそちらの方へ夢中になった。

 

 アルビノを思わせるプラチナブロンド、透き通った青い瞳、白い肌と猫のようにしなやかで小柄な身体。神様が完全はむしろ美ではないと言っているかのような、外斜視。

 

 「転校生を紹介します。君、自己紹介をして」

 

 教室を見渡した少年は、ニヤリと笑った。

 

 「初めまして。僕の名前は、キング。キング・トートです」

 

 

 かつて『IT(それ)』と呼ばれていた若き死神。キングの冒険は、始まったばかりだ。


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