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平和の鐘  作者: 雌蛸
第2章:キングの葛藤
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甘い節制-Ⅰ

おかしな言動を取る者ばかりになってしまったハイスクール。学園祭当日、視察に訪れていたアンナ・キンドリーは事件に巻き込まれてしまう。追い詰められてゆくキングは――

 どうして、どうしてこんな事になっちゃったんだよ!


 ……!


 眼鏡の少年マシューは、6回目の転倒にもんどり打っていた。ヒビの入ってしまった眼鏡を必死に拾い上げる。お世辞にも運動神経が良いとは言えないマシュー。それでも彼は全ての力を振り絞って、キングの屋敷に向かって走っていた。


 あのキャンディーのせいだ。あれで皆、おかしくなっちゃったんだ!

 助けて、キング!


 今日は学園祭。


 ある生徒は無断で宿泊し、またある生徒は両親が目覚める前からハイスクールに登校していた。欠席だなんてとんでもない。だって今日は学園祭。皆、お祭り気分で浮足立っている。


 「おい、マシュー。行くぞ、さっきから何やってんだ」

 

 「あっぼっ僕……キンドリー兄妹を迎えに行かないと」


 「そんなのはお前の役割じゃないだろ。生徒会長をなんだと思ってんだよ。なあ、キング」


 ()()()()()()()()()()に笑いかける生徒会メンバー達。彼らは顔面蒼白で震えるマシューを見やると、首を(ひね)りながら生徒会室を後にしていった。


 キング本人は数日前から欠席している。それなのに、揃いも揃って見えない彼に話しかけていた。生徒会だけではない。学園中で同じ光景が繰り広げられているのだ。


 昨日まではこんなんじゃなかったのに。変なのはクイーンビーだけだったはずだ。皆、あんなに警戒してたじゃないか……絶対、あのキャンディーのせいだ!


 眼鏡のマシューはキングの良き友人であった。そして二人は苦手を分かち合える同志でもあった。それはフルーツ。独特の酸味が苦手だと、よくこっそりと話をしたものだ。決してお行儀の良くない話だからこそ、分かち合える笑いもある。


 ハイスクールの女王クイーンビーがばら撒いたのは、フルーツ味のキャンディーだった。


 紅梅(こうばい)色の瞳に縦長の瞳孔。一斉に振り返った友人たちの目を思い出したマシューは、怖気(おぞけ)の余り、思わず生徒会室の鍵を掛けてしまった。教師に助けを求めようかという思いが頭をもたげる。しかし、おかしいのは君だけだと言われるのもマシューは怖かった。


 部屋の中でオロオロするばかりのマシュー。突然ドアのノック音がして、飛び上がるほど驚いた彼はドアに耳を近づけた。


 「おい、マシュー。いるのか?」


 教師の声だった。涙声のマシューが神にもすがる思いでドアを開ける。


 「先生!みっみんなの様子が……」


 「ん?何を言ってるんだ。キングは主催の挨拶準備で忙しいんだ。キンドリーさんが到着されてる。早く出迎えに行ってくれないか」


 「はい……」


 マシューは絶望していた。教師まで紅梅(こうばい)色に染まった瞳と縦長の瞳孔をちらつかせている。肩を落とした彼は、重たい足取りでアンナ・キンドリーの出迎えに向かった。





 学園前では、黒のロールスロイスからアンナが車いすへ移乗されている所だった。眼鏡のマシューに気づいた彼女がジャケットのポケットをまさぐる。アンナは生まれつきの盲目であった。そしてメモ用紙とペンを取り出すと何やら書き出した。


 読みにくいのは事実だがそれでも筆記が出来るのは、ひとえに彼女自身の努力に尽きる。


 (こんにちは。喉が悪くて声が出せません。私はアンナ・キンドリーです)


「こんにちは。僕はマシュー・ヴィンセントと言います。ようこそ、我がハイスクールへ」


 恐怖と緊張がないまぜになったマシューの声。それを敏感に感じ取ったアンナの表情が怪訝(けげん)になった。彼女はペンを取ると再びメモ用紙に書いた。


 (ごめんなさい。兄は後から来ます。先生に伝えてください)


 車いすを押すSPはサングラスをかけていて、表情がまるで分からない。彼に助けを求めるのも場違いな気がしたマシューは、そのまま校舎を案内した。


 講堂へ向かう道すがらも話題はキング一色だった。というより、キリストでも復活したかのような熱狂っぷりなのだ。学校案内をするマシューの声がぎこちなく震えていた。


 アンナは目が見えない分、他の感覚が鋭い。彼女の表情がまたしても(いぶか)しげなものへと変わっていった。


 (どうしました?マシュー)


 アンナがメモを見せるが早いか、マシューはついに限界を迎えてしまった。講堂まで後200メートル。SPに申し訳程度の会釈をした彼は、堪らず(きびす)を返すと一目散に逃げ出した。流石に驚いた様子のSPと盲目のアンナを置き去りにして。


 途中、PTSDで退学したはずのノーマンとすれ違った時、マシューは恐怖が臨界点を越えて悲鳴を上げそうになっていた。


 元ハイスクールの王、ノーマン。彼が手にしていたのはサブマシンガンだった。


 銃声がハイスクールに(とどろ)いたのは、それから10分後の事であった。






 挿絵(By みてみん)





 「取引しないか、エマ」

 

 「だからしますって、坊っちゃん。さっきからなんなんです?ハロウィンはまだ先ですよ」


 メイドのエマは、死神の格好をしたキングを見て呆れた声を出していた。清潔好きな彼女はモップがけの最中であった。呼び止められたと思ったら、屋敷の若き主人が妙な仮装をしてコミックさながらの台詞(セリフ)を口にしている。


 どんなに大人びて頭の良い少年でも、思春期特有の()()()()()()があるのだろう。そう結論付けたエマは、キングの掌の上で回転する瞳を微笑ましい表情で見つめた。

 

 「それにしてもすごいですね。坊っちゃんにアートの才能があるとは思いませんでした。お顔だってそれ、特殊メイクなのでしょう?」


 「そういう訳じゃないんだけど……」


 かつてのエマとしての記憶を、取引によって全て失ったのが今のエマだ。


 元より薄々感じていたが、やはり取引は成立しなかった。呆れ返るエマとは対象的に、至って真剣なキングは落胆していた。いくら彼女の望みでそうしたとは言え、記憶を奪うとは相手の人生を奪う事だ。


 レイラとジョージの姉殺害の一件で浮上した()()()()の存在。彼らからエマを守れないのはキングにとって痛手であった。()()()()が狙っているのはクロエだけではない。キング自身と関わった人間、その全てで間違いないと言うのに。


 微妙にすれ違っている二人の沈黙を破ったのは、電話のベルであった。


 キングは電話を自室に回すようエマへ合図をすると、部屋に戻っていった。大鎌を担いだまま受話器を取る。声の主はフランツ・デューラーであった。


 この屋敷を乗っ取った際、元々の主人ヘッゲルの養子となったキング。フランツはヘッゲルの弟だ。彼にとっての叔父にあたる。


 「お忙しい所、申し訳ありません。フランツさん」


 「いや、構わないよ。()()()()の事なんじゃないのかい?」


 「はい、お話が早くて助かります」


 「私なら大丈夫だ。実は君に言わなかった事があってね、キング。()()()()はソビエトが関与している、というのが私の業界では定説なんだ。保険であちらの新興財閥(オリガルヒ)に投資している。上納金、と言ってしまうと聞こえは悪いだろうが」


 キングは、かつてジョージをそそのかしたのがソビエト組織であった事を思い出していた。()()()()がソビエトと組みしていたとしてもなんら不思議ではない。冷戦の兼ね合いによる利害関係。それは何も()()()()だけに限った話ではなかった。


 「まあ、ポーランドの友人にこれを言うと怒られてしまうんだがね。それより君の方は大丈夫なのか」


 「はい、今のところは」


 「どうだ、エマを連れてポーランドの屋敷へ来ないか?雇ってる者たちは金しか信用していない連中だ。思惑がない分、逆に信用出来る」


 エマだけでも……と言いかけてキングは黙ってしまった。今のエマはフランツの知るエマではない。それに、死神としての正体を彼に明かす事はできない。明かしたが最後、フランツは永遠にキングを許さないだろう。無論(むろん)、エマの事もだ。


 「お言葉はありがたいのですが。こちらには以前、エデンの家で警備に当たっていた傭兵がおります。何とかなるでしょう」


 キングは嘘をついていた。死神が介在していると判明した以上、傭兵など全く意味をなさない。それは彼が新興財閥(オリガルヒ)に上納金を納めた所で、到底諦めるとは思えないのと同じであった。フランツとポーランドの屋敷だけならどうにかなるだろうが。


 「そうか……屋敷へ入った子供たちも一筋縄ではいかなくてね。洗脳が解けた子もいるんだが、今度はその子を巡って喧嘩さ。裏切り者に見えてしまうんだろうな。エデンの家出身の子供たちにとっては」


 子供たちの養育費用はキングも投資で折半していた。タックスヘイブンにそれ専用のペーパーカンパニーがある。それでも、未だ傭兵部門トロイにいるアダムの子たち。彼らの事を考えると責任の重大さを感じずにはいられなかった。

 

 その時だった、屋敷の扉が激しい音を立てて開いたのは。


 「キング、キングは居ますか!」


 「一体、どうなさいました。坊っちゃんは今……」


 「いいんだ、エマ。どうした?マシュー。何があったの」


 制服姿のキングが玄関中央にある螺旋(らせん)階段から降りてくる。キングの元まで駆け寄ったマシューが彼の手を掴んで悲鳴を上げた。


 「皆、おかしくなっちゃったんだ!赤くて猫みたいな目をしてるんだ。いもしないキングと話してるんだよ!」


 「赤くて猫みたいな目?」


 キングの表情が一気に険しくなる。それは彼がクイーンビーに夢を見させて、デートをはぐらかす時に使っていた手法だ。魔術師が介入しているのか。キングが生徒の無事を確認したのは昨日だ。


 無事なだけでは済ませないと言うことか。


 だったら尚更、急いでエマを何処かへ隠さなければならない。ジョージの母親とてそれは同じであった。彼女は()()()()信徒であり、クロエやエマと同じく取引が成立しない。


 「とにかく早く来て!ノーマンが銃を持って学園に戻ってきてるんだ!」


 「ノーマンが銃……」


 レイラから()()()()へ報告するよう取引した『契約の誤認識』それを悪用されたとしか思えなかった。ノーマンは記憶を奪われていない。キングによって彼の過去を追従(ついじゅう)させられ、心を病んでしまっただけだ。


 やはり、魔術師が直接関与しているのか。


 「行こう、マシュー」


 「坊っちゃん、警察へ通報します」


 「通報は控えてくれないか、エマ。僕が何とかしてくるから」


 州警察の不穏は想像以上にキングの選択肢を奪っていた。しかし()()()()が把握していない事もある。それはキングという少年が持つ、生来の強さ。心根の強さだ。


 彼はマシューの手を取ると二人で屋敷を飛び出していった。





 「もし、そこのお嬢さん。こちらはキング・トートさんのお宅でよろしいですかな?」


 「はい。どちら様でしょうか?」


 腑に落ちない思いでモップがけを終えたエマが振り返る。彼女はまた仮装かという面持ちで男の姿を見つめた。


 「私はキングさんの友人でしてね」


 男はシルクハットを脱ぐと、芝居がかった仕草で革靴を鳴らしていた。





 挿絵(By みてみん)





 大きな赤ん坊に成り果てたはずのノーマン。そんな彼の再来と突然の銃乱射は、学園内を大パニックに陥らせるには十分すぎるほどであった。不幸な事にアンナ・キンドリーの身を(かば)ったSPが最初の犠牲者となってしまった。


 「おい!本物のキングは何処にいる!あの野郎、ぶっ殺してやる!」


 ノーマンの咆哮(ほうこう)と共に鳴り響く銃撃音と生徒達の悲鳴。隣りにいた彼の恋人レベッカも銃を構えて不遜(ふそん)な笑みを浮かべていた。


 二人共、やはり瞳は紅梅(こうばい)色に染まり、瞳孔が猫のような縦長になっている。


 アンナは手探りで身を隠しながら、電話の在り処を探していた。職員室らしき場所までたどり着いた彼女は、充満する死の匂いとうめき声に一瞬だけ怯んだ。しかし事は早急(さっきゅう)を要する。


 警察に電話さえ繋がれば、銃撃音で緊急事態は確実に伝わる。必要ならSOSのモールス信号を打つつもりでいた。


 勇気を振り絞ったアンナは、血で滑りながらも電話を探し当て受話器を掴み取った。

 

 『嘘』


 電話線は何者かによって切断されていた。うんともすんとも言わない役立たずの電話。声を出すことの出来ないアンナの口から絶望の言葉が漏れていた。





 また別の場所では、生徒達がひとかたまりになってその身を隠していた。皆、 ()()()()()()()()()()に助けを求めた。だがしかし、彼は微笑みながら首を横に振るだけだ。


 「怖い……」

 「ふざけんな、キング!ここで死ねっていうのかよ!」

 「シッ!大きな声を出さないで!」


 「キング!隠れても無駄よ。ノーマンなら私の愛で立ち直ったわ!よくも騙してくれたわね!」


 「偽者ばっかり用意しやがって、あの斜視野郎!小賢しいマネしてないで出てこい!」


 ノーマンとレベッカの声だ。生徒達は泣きながら悲鳴を(こら)えるので精一杯であった。彼らが通り過ぎるのを確認した生徒の一人が廊下に顔を出す。ここで隠れていても(らち)が明かない。


 見たことのない生徒が、何かをばら撒いていた。


 「……武器だ。誰かが武器をばら撒いてる」


 「私が取ってくるよ。ノーマンの暴走を止めるには戦わないと」


 「キング……!」


 歴代最年少で生徒会長となったキングは、無力に首を振ったりなどしない。生徒達はそんな彼が帰ってきたと、思わず歓喜の声を漏らしそうになっていた。しかしそれだけは絶対に避けねばならない。ノーマンに殺してくださいと言っているようなものだ。


 代わりに彼らはキングの身体にしがみついた。現人神(あらひとがみ)へすがるようにして。


 「ふうん、私はキングか……」


 立ち上がったキングが、恐れなど微塵(みじん)も感じさせない様子で廊下へ出てゆく。彼ならノーマンの暴走を止めてくれるはずだ。生徒達は震えながらも安堵のため息をついていた。


 けれども、キングはノーマンの元へは行かず、代わりに拳銃を数丁拾ってきただけだった。


 意味が分からないという表情を浮かべる生徒に、拳銃を手渡すキング。彼は歪んだ悦びを押し殺すと、わざと悲しい表情を浮かべてみせた。


 「私だけではどうにも出来ないよ。皆の力が必要なんだ。やってくれるだろう?」


 「そんな……」


 キングと呼ばれる人物は、生徒の肩を叩くと力強く(うなず)いた。拳銃など触った事もない生徒達。彼らはキングの提案に逆らう事が出来ないでいた。恐る恐る安全装置に手を掛ける


 「そう、それでいいんだよ」


 声の主はアルビノを思わせる白い肌。サファイアを彷彿(ほうふつ)とさせる青い瞳を持ち、猫のようにしなやかな身体をしていた。しかし、髪の色はキングと真逆のブルネットで上背(うわぜい)もある。何より、特徴的な斜視が存在していなかった。


 「今から他の生徒にも応援を(あお)いでくる。先生達は最初に襲われてしまった。戦うんだよ、それしか方法はない」


 キングと呼ばれていた人物。ヨシュア・キンドリーは邪悪な微笑みを向けると、別の生徒達を誘惑しに何処かへ行ってしまった。


 置き去りにされた生徒達は、安全装置の外れた銃を手に選択を迫られていた。





 ーつづくー

 

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