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平和の鐘  作者: 雌蛸
プロローグ
1/27

平和の鐘

 廃墟と化した移動遊園地の跡地に、赤い風船を持った少年が一人立っていた。足の踏み場もないほどに雑草が生えた敷地内を歩いてゆく。メリーゴーランドだったと思しき乗り物は茶色く錆付き、辛うじてその形を留めていた。

 

 風に揺られ、キィキィと奇妙な音を立てる観覧車の前まで来ると歩みを止め、少年は空を見上げた。


 真っ白な肌、(きら)めく金髪、透き通るような青い瞳。


 少年は、両親から名前を呼ばれた事がなかった。薬物中毒の母親に、その母の身体を売って日銭を稼ぐ父親。本当の父親は誰だか分からない。だから、物心がついた時には既に『IT(それ)』と呼ばれていた。


 「僕の名前は()()()


 そう独りごちた少年は、ゆっくりと観覧車の頂上を目指して登っていった。


 頂上に登って見渡して見ても、世界が開ける事はなかった。

 ひび割れたアスファルトが、夕焼けの向こう側まで広がっているだけ。

 

 唯一例外だったのは、既に先客がいた事だった。

 如何にも死神然とした骸骨の男は、草刈り大鎌を肩にかけてキングを見ると、退屈そうにあくびを噛み殺しながら挨拶をした。


 「――……あー、ども。死神です。悪魔も兼任してます。」

 「うん。いると思った。」


 表情を変える事なく答えたキングは、死神の隣に座った。

 

 彼は今朝方、両親を殺害した。

 

 殺されそうになったから殺したとも言えるし、偶然が重なったとも言えた。

 当然、殺意があったからとも言えた。


 死神は立膝(たてひざ)をつくと、ポリポリと(あご)を掻きながらキングに語りかけた。

 

 「これから自殺しちゃうって感じっすか。ま、生い立ちが生い立ちですもんね。」

 

 「うん。この高さなら、即死出来るでしょ。」


 「頭から飛び降りたら一発すね。でも、もったいないな。取引出来ますけど。」


 「僕には何もないよ。」


 「脳みそは査定に時間がかかるんでアレっすけど……例えば、右目だったら査定に一秒もかからないっす。」


 「へえ……じゃああげるよ。代わりにこの遊園地をキレイにして。」


 意外、という顔をしたのは死神の方だった。こんなにあっさりと取引に応じるとは。しかも、こんな僻地(へきち)のちっぽけな移動遊園地をキレイにするだけでいいだなんて。「まいどあり」と小さく独りごちた死神はキングの右目に手をかざすと、左手で遊園地を(よみがえ)らせた。


 「すごい!遊園地だ!。ああ……僕、一度で良いから遊園地でアイスクリームを食べてみたかったんだ。」


 「そうなると、左目か耳をもらうことになるんすけど。」

 「そっか。」

 

 「あ、でもこれから飛び降りるんスよね?だったら、その分ツケといても良いっすよ。」

 「え?いいの?!君、優しいね。」


 いやあ、とマントの上から頭を照れ隠しに掻いた死神は、キングを抱きかかえて地面へと下ろした。カラースプレーたっぷりのアイスクリームを受け取ったキングは、無邪気な笑顔で頬張りながら、小さな遊園地を堪能した。


 「楽しかった。ありがとう。」


 観覧車に乗車したキングは、目の前に座る死神へ感謝した。この観覧車は頂上まで行ったら、止まる。そこで降りて、地面に飛び降りる。悲しいけれども、彼に残された時間は後ごくわずかだった。


 「魂を売っていただければ、もっと生きられますけど。」

 「でも僕、両親殺しちゃったから。」

 

 「欲のない人だなあ。まあ、貴方みたいな人が多いんすけどね。人生ドン詰まるの。」

 

 「ねー。ドラマみたい。」


 この子の他人事っぷりは、教養のなさから来てるんだろうな。そう思った死神はこれ以上取引を持ちかけるのを止め、黙ったまま日が落ちてゆく外を眺めていた。


 「僕の宝物。最後に受け取ってくれるかな。」


 「はあ……風船ですか。ありがとうございます。」


 キングから赤い風船を渡された死神は、興味なさげにけれども確かにそれを受け取った。


 「君にそれ、売るよ。僕、()()になりたいんだ。」

 「え?」


 一瞬の出来事だった。草刈り大鎌を奪われ、キングに首を()ねられた死神は崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。切り離された頭をキングが足で踏みつけている。そのままマントを奪って羽織ったキングは、口の中から死神に売ったはずの右目を出した。


 「契約成立だね。僕の名前、キングっていうんだ。」

 「だから何だってんだ!足をどけろ、ガキ!」


 キングの足に力が入り、ビシッという音と共に死神の頭蓋骨へヒビが入る。

 

 「キングってトランプだと13じゃない。タロットで13は?知ってるでしょ。」

 

 「は?最初から()()になるつもりだったとでも言いたいのか!」


 「僕、両親殺すの楽しかった。世の中には死んだほうがいい人、沢山いるんだよね。」


 「ふざけるな!」


 「()()()()()()()。分からない?」


 そう言うと、キングは足に力を込めて死神の頭蓋骨を粉々に砕いた。連鎖するようにして倒れ込んでいた死神の胴体も、粉々に砕け散って砂の山と化した。口笛を吹きながら観覧車の扉を開けて、風に流してやる。


 既に日が落ち、夜の闇へと飲み込まれてゆく砂を見つめながら、キングは笑っていた。


 さあ、夜はこれからだ。

 


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