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喫茶“なしのき”  作者: さやか
2/2

未成年

 大学2年生19歳、私の門限は21:00。

 それは塾の帰りでも大学の帰りでも同じ。

 いくら未成年であっても、これじゃあ友達と遊びにも行けない。

 それに最寄り駅にある一つの喫茶店。

 開店は21:30。当たり前だけどその頃には帰宅してお風呂に浸かっている。

 早い時間に灯りがついている時、チラリと店内を覗いたことが一度だけある。

 優しそうな女性店員が、楽しそうにテーブルを拭いていた。

 店の経営は難しいと聞いたことがあるけれどよほど、楽しい生活を送っているんだなと思った。


 ある日の塾の帰り道、電車のダイヤが乱れていた。

 ―――「人身事故の影響により、約2時間程度の遅れで運行しております」

 駅は人という人でごった返し、とてもじゃないが到着した電車には乗れそうにない。

 時間は既に20:30、次の電車に乗れないと確実に門限までに家に着けない。

 ―――「ご案内を申し上げます。現在、前の駅にて列車の点検を行なっております。当駅への到着にもうしばらく、お待ち下さい」

 今のアナウンスで一気に周りがザワついた。

 スマホを横にして持っていた人も縦に持ち変え、画面をタップする。

「マジかよー」

「ごめん、電車が遅れててさ」

「フザけんなし」

 あちらこちらから似たような言葉が聞こえてくる。

 どうやらみんな、思うことは同じらしい。

 私もお母さんにメッセージを送っておかないと。

 門限である21:00は確実に過ぎる。しかしこれは私のせいはないから、親も怒らないだろう。

 思ったとおり、お母さんからの返信は「気をつけて帰ってきて」だった。


 最寄り駅に到着したのは23:00になる頃だった。

 普段ならとっくに夕食を食べて部屋で寛いでいる。

 結構な人が駅を降りて、みんななんとなく足早だ。

(そうだ、喫茶店!)

 私は足元に気をつけながら、最大限の速さで階段を駆け下りる。

(よかった、灯りついてる!)

 ドアから一度、店内を覗いてみる。

 前に見た女性店員と、見たことのない男性店員だけが居るみたい。

(……よし、入ろう!)


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 女性店員の声は柔らかで、その言い方だけで優しい人だと解った。

 一度だけ覗いたあの日、女性店員が拭いていたあのテーブル。私は迷わずにそこのイスに座った。

 メニューは何があるんだろう?

 駅にある喫茶店だもん、紅茶でも500円ぐらいするのかな?

 お母さんが夕食を準備してくれているから、デザートだけでも食べたい。

 そんな事を思い募らせながらメニュー表を見る。

「えっ」

「どうかされましたか?」

 思わず発してしまった声に、女性店員がいち早く駆け寄って来た。

「メニューってこれだけ、ですか?」

「はい」

 私の問いかけに女性店員は慣れたように頷いた。

 メニューは飲み物がコーヒーと紅茶と、それに麦茶と緑茶だけ。

 嘘でしょ?こんな喫茶店があるの?

 来るのを楽しみにしていただけに、なんだか裏切られた気分だ。

 それに私はブラックコーヒーやストレートティーのような苦みのある飲み物は苦手だ。

 せっかくなのに麦茶で済ませるなんて、ちょっともったいない気もする。

「あの、飲み物……ミルクティーってできませんか?それかコーヒーを甘く……」

「こちらの砂糖やミルクをご自由に淹れていただいて大丈夫ですよ」

 指差された方を見るとリボンが飾られたカゴの中に、友達がよくファミレスのドリンクバーで使っている物が入っている。

 そうか、自分で甘くしたりするんだ。……でも何個を使えばいいんだろう?

 ファミレスに行っても私はいつも水で済ませてしまうからなぁ。

「私のブレンドでよろしければ、こちらを使ってミルクティーにしましょうか?」

「本当ですか!?」

 言葉に詰まっていたのがバレてしまったんだろうけど、やっぱり優しい人だ。

 女性店員はニコッと微笑んでくれて、「大丈夫ですよ」と言い残してカウンターへ向かった。


 メニューの少なさには驚いたけど、来たかった喫茶店に来れたんだ。

 イスに深く腰掛けて店内を見回す。

 壁掛け時計はローマ数字の振り子時計、置かれている雑貨類はアンティークな物だ。

(あのクマ、可愛いな)

 客は私1人、せっかくなら近くで見よう。

 向こうに飾られているクマのぬいぐるみが目について、私は立ち上がって真っ直ぐにそちらへ向かった。

 茶色のクマのぬいぐるみは、首に真っ赤な宝石をぶらさげていた。


「お待たせしました。砂糖が1つと半分、ミルクが2つ入ってます。足りなければお好きなだけ足してくださいね」

「はい、ありがとうございます!いただきます」

 高価そうなティーカップから甘いミルクの香りが漂う。

 来たかった喫茶店の優しい店員さんが、メニューに無い飲み物を、私のためだけに用意してくれた。

「美味しい……!!美味しいです!スッゴく!」

「喜んでもらえてよかったです。今日は何か、イイ事はありましたか?」

「いい事ですか?ここの喫茶店に来れたことです」

「ウチのお店に……?」

「私、19歳なのに門限が21時なんです。ここって開店が21:30だから来れなくて。ずっと来たかったんです」

「そうだったんですか。でも今は……」

 店員さんにつれられて時計を見ると、23:15になるところだ。

「今日は電車がかなり遅延していて、人が溢れて電車が来ても乗れなかったんです。親には連絡してあるから大丈夫です」

「それならいいですが……。門限は随分と早いんですね」

「そうなんです!高校生の頃は20時だったんですよ。お小遣いは貰ってるけど、塾も行ってるから友達と遊べなくて。友達は門限なんか関係ないって言うんですけど……お父さん、怒ると面倒くさいし」

「門限を過ぎるとお父さん、怒るんですか?」

「「世の中、物騒なんだからちゃんと帰れ」って言われます。店員さんは門限とかありました?」

 しまった、と思った時にはもう遅かった。

 いくら客と話すのが好きとはいえ、内容にもよるだろうに。

 店員さんは嫌そうな表情をしなかった。

「私も高校生の頃は20時でしたよ。高校卒業後はすぐに働きだしましたから、門限はありませんでした」

「そっかぁ……。20歳になったら門限、なくなるかなぁ?」

「話してみるのもアリだと思いますよ」

「話す?」

「親御さんと。友達と遊びたいこと、ちゃんと伝えた方がいいです。親子でも所詮は他人ですから、話さないと解らないです」

「……私、店員さんと……おねえさんと話したいです」

「私ですか?」

「親と話してもいつ門限がなくなるか分からないし、しばらくは来れないだろうし。お話したいです。……ダメ、ですか?」

「……では15分だけにしましょう」

 おねえさんは一度、カウンターへ戻るとグラスに麦茶を淹れて戻ってきてくれた。


 おねえさんは本当に楽しそうに私の話を聞いてくれた。

 大学のこと友達のこと。ほんの少しだけを話しただけで、15分はあっという間だった。

「続きはまた今度にしましょう」

「今度、来た時も話してくれますか!?」

「もちろんです。私はお客様とお話するのが好きなんです。今度はきちんと門限を守って帰れるように」

「はい!お父さんにも相談してみます!そうだ、会計……」

「代金はいいですよ」

「え?でもわざわざミルクティーを淹れてもらったし……」

「「ウチのお店に来たかった」、それだけで十分です。だから今回は特別です」

 おねえさんはそう言って、私を見送ってくれた。


 おねえさんと話した15分間は、夢のようだった。

 門限がなかったら、毎日でも通いたい。それほどに私には居心地のいい空間だった。

 お父さんとお母さんに、門限について話してみよう。それでその報告をしに行こう。




「『親子でも所詮は他人』、か……」

 彼女は真新しいお菓子の封を開けながら呟いた。

「当時の私が聞いたらなんて言うかな?」

「「血が繋がってるから他人じゃない」とか言いそう」

 彼はフッと頬を緩めた。

「たしかに」

 彼女もつられて頬を緩めた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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