73話 世界の輪廻
ふわふわふわ。
私はなぜか空に浮いていた。そして目の前には魔獣がいる。
私の後ろには金色に光輝いたレイゼルさんが私を支えていてくれている。
魔獣の前にいるのにちっとも怖くない。
――ソフィア様、もともと聖気も瘴気もどちらも世界にとって必要なものです――
レイゼルさんが優しく心の中に話しかけてきてくれた。
――それを生き物にとって有害か無害かで勝手に善悪をきめているにすぎません――
『でも、瘴気がいっぱいになっちゃったら世界は誰もいきられなくなっちゃうよ?』
――それは聖気でも同じですよ。どんなに体にいいものでも過剰にとれば害になる。
どちらも世界を構成するのに必要な存在であり力――
――【聖気】が光なら【瘴気】は影。決して切り離せない――
レイゼルさんの言葉とともに私の頭の中に流れてきたのは膨大な情報。
聖気と瘴気の元素情報。
そして聖獣たちの歴史と世界の輪廻。
ああ、わかったよ、レイゼルさん。
私が言うと、レイゼルさんが後ろから私を抱きしめて私の手を取りながらやさしく微笑んでくれた
聖気も瘴気も魔元素一つが違うだけ。
たったその一つの違いで人体や生物に有害化無害かが決まる
聖獣や【ファテナの花】がその世界の聖気や瘴気の循環を担っていたのに人間や地上に生きるものたちがその輪廻を生き物の都合で壊してしまった。
聖獣はもともと瘴気を集めて、それを聖気にかえる存在だったのに、一方的に聖気だけをうばったせいで瘴気に飲み込まれ集めた瘴気を聖気にかえる力を失い魔獣化してしまったの。
ごめんね。ごめんね。人間のせいで。
今、もとに戻してあげる。
――さぁ、ソフィア様。あなたならできる。大事なものを守りたいのでしょう?――
そういってレイゼルさんが手を取ってくれて、私はうなずいた。
真っ先に浮かんだのはルヴァイス様の笑顔で。
そして研究所のみんなやテオさんやクレアさん、お城でよくしてくれた人の顔が浮かぶ。
私はみんなを守りたい。
――そうです。守りたいものをより強く思って、意識を瘴気に――
レイゼルさんの言葉に私は頷いた。
瘴気を元素レベルで分解し、そして再構築すれば、聖気を大量につくれるはず。
そうすればルヴァイス様の瘴気も聖獣の瘴気も全部振り払えるんだ!
今助けてあげるからね。
ルヴァイス様、聖獣様。そしてみんな。
――さぁ、願いなさいソフィア。――
――君の望む世界を――
【錬成】
私の力が発動した。
◆◆◆
__竜の国に危機が迫るとき、金色の聖女が現れ、災いを取り除くだろう。
光が闇を振り払い、闇はまた光に戻る。
そして豊穣を失った世界にまた新たな実りをもたらす__
はるか昔。
未来視できた竜人の王族が残した言葉。
竜人の誰もが子供のころから聞かされた絵本の物語。
金色に輝く球体の中で力を行使する少女と、その少女を見つめて動けなくなった魔獣を見て、その場にいた誰もが確信した。
予言が今目の前で再現されようとしていると。
球体の中の少女が微笑んだその瞬間。
世界が光に包まれた。
◆◆◆
「わーーー!!【金色の聖女】様だ!!!」
神殿の広間に集まって逃げ惑っていた人々から歓声があがった。
先ほどまで瘴気を放ち、神殿を破壊していた魔獣がソフィアの放った光と同時に消え失せていたのだ。
湧き上がる歓声と安どの声のなか、歓声は次第にソフィアに対する賞賛にかわっていく。
「ソフィア!!」
金髪の美しい男性に抱きかかえられて、天から降りてきたソフィアにルヴァイスが駆け寄ると、金髪の男性は微笑んで気を失っていたソフィアをルヴァイスに委ねた。
「まさか、貴公は……」
ルヴァイスが金髪の男性に尋ねようとしたとき。
「なんでよ!! なんでみんなあいつなのよ!!
金色の聖女になるのは私だったはず!!!
ルヴァイス様との婚約といい、なんで全部あいつが全部私の物を盗むのよ!!!!」
そう叫んで遮ったのは、デイジアだった。
本来なら伝説の【金色の聖女】と称賛されるのはデイジアのはずだった。
伝説の聖女になるために、拷問に近い痛みに耐え、母と神殿のものたちにうけた理不尽な仕打ちにも耐えてきた。それもこれも皆ソフィアを見返すためだったのに。
広場の周りで聖女とほめたたえられているのはソフィア。
歓声はすべてソフィアに向けられ、大司教やデイジアにはヤジが飛んでいる。
ルヴァイスを取られた上、伝説の【金色の聖女】の役割すら奪われた。
「私は金色の聖女になるために、痛みにも耐えた!!
お母さまや侍女たちの嫌がらせにだって負けなかった!!
すべてを犠牲にして努力したのに!!」
「……努力ですか?
聖女の力も、竜人の体も他人から奪っておいてそれを努力だと?」
デイジアの言葉に、ルヴァイスにソフィアを託した金髪の男性――レイゼルは微笑みながらデイジアに歩みよった。
「あんた! お母さまの男妾! なんでこんなところにいるのよ!
魔獣盗伐で死んだはずじゃ!!」
そう言ってデイジアがレイゼルに食って掛かる。
「ええ、魔獣討伐に向かう途中、貴方たちが放った刺客に殺されかけました。
私の存在に気付いたほかのエルフが助けにくるのがあと少し遅かったら死んでいたでしょう」
レイゼルが笑顔で言うと、デイジアの顔がさーっと青くなる。
「殺されかけた?相手は魔獣ではなかったのか?」
ソフィアを抱いたままのルヴァイスが思わず声をあげる。
「はい。魔獣討伐に向かう前に兵隊たちに襲われました。
その時の傷が酷くまだ私の肉体は回復できておりません。
今ここにいるのは精神体にすぎない」
「ちょ、ちょっとそれはお母さまの指示よ!
私は関係ないわ!!」
「ですが私が苦しむようにむごたらしく殺すように指示をしたのでしょう?
ソフィア様にその死体を見せるために。
私を殺そうとした兵士たちが自白したそうですよ?
ソフィア様に嫌がらせするために、そこまでするとは……」
そう言ってレイゼルがデイジアの首をつかみデイジアを持ち上げる。
「やっ!?助けてっ!?」
「安心してください。殺しはしません。肉体は貴方の物ではありませんからね。
元の持ち主にかえさないといけません」
怯えるデイジアにレイゼルは優しい笑みを浮かべる。
「そ、それじゃあ」
「罰を受けるとしたら元の体に戻ってからでしょう?
元の体で公衆の面前で罰をうけ、市中を引き回してさしあげましょう。
歴史上もっとも愚かだった聖女と名が残ります。よかったですね。
あなたのような自尊心の塊には肉体を傷つけるよりよほど効果的でしょう。
その時あなたの大事な母親も一緒にしてあげますから安心してください」
「や!?そんなの嫌よ!?」
「ああ、ですがその前に―――」
レイゼルがぞっとするほどの妖艶な笑みを浮かべた。
「転魂の術の痛みなどソフィア様の受けた苦しみに比べれば些細なものだとお教えしてあげましょう。あなたにはソフィア様が焼かれたときと同じ痛みを味わせてさしあげます。
セスナの炎で肉体だけでなく精神までをずたずたに焼かれ苦しみなさい」
レイゼルがそう言うと同時にデイジアは苦悶の悲鳴をあげるのだった。