第一話
どうもはじめまして。
オレの名はユーシ。ちなみに名前に由来とかないからあんまり深読みしなくていいからな。
今オレがどこにいるかって? それがオレにもよーわからんのだが、それはそれは見事な宮廷、その寝室におるのだ。どうやら道の真ん中で白目向いてのびていたらしくて、そんなオレを見つけたのが──
「勇者さまっ!」
この、今まさに部屋の扉を開け、駆け寄ってくる、ドレスとクラウンを身に着けた女の子だったらしい。ちなみに名前はミリンっていって、このカイナ国のお姫様だ。オレを勇者と呼ぶのは、完全に認識齟齬ってやつ。ほら、オレ、ユーシだし……
あ、ちなみに記憶喪失とかではないんだ。いわゆる異世界転生というあれだよ、あれ。厳密には転移だっけか。
そう、あれは小学校の卒業式を終え、友人宅でそれはそれはドタバタと祝宴兼お別れパーティーを楽しんだ後、同級生と並んで帰っていた時のこと……
「ユーシ君、サラ、ユーシ君のことスキ!」
「へ!? ユーシ君を殺す気!?」
「そうはならんやろがい!」
「へぶっ!?」
「え? ユーシ君!?」
ああ、当たり所が悪かったらしく、オレの人生は齢13にして幕を閉じたんだ。(早生まれなんだよネ)
オレは自分の打たれ弱さを呪ったよ。そのせいでサラちゃんを人殺しにしてしまったとあれば反省してもしきれない。だからオレはサラちゃんのためにも元の世界に戻ろうと思うんだ。
あ、そうそう。異世界転生と言ったらあれだよな。チートスキル。
オレの場合はこんな感じだった。
「ん……ここは?」
「ほう……目が覚めたようじゃな」
「あ……あんたは!」
視線の先にはジジイがいた。身に着けているのは、なんか仙人が持ってそうな杖、なぜか無駄にまぶしい後光、それにTシャツに『I’m god』……。
「変態か!?」
「なんでじゃい!」
意外とノリいいな……なんて思いつつ、オレは訊ねた。
「伝説の剣が欲しい!」
これにジジイは小汚い湯呑でなんかすすりながら答えた。
「なんで?」
「……」
これに対しもちろんいろいろ反論したさ。異世界転生なんだから、とか、予定外の死者でそれはあんたに責任があるとかじゃないの、とか、世界を救うためには必要だろ、とかさ。
そんで説得の甲斐あって、オレはジジイと伝説の剣を買いに天界の街に行ったんだ。
でもどこもかしこも売ってなくてさ、転生者とチート商品の需要と供給のバランスが明らかにとれてなかった。
「ごめんのお……じいちゃん、なんも買ってやれんくて……」
オレは色々と厳しい両親をもつ子供が、おもちゃを祖父にねだっているようにしか見えないことに気付いた。周りの視線が痛かった。
ああオレ、13にもなってなにやってんだろう……って。
「ちょ、もういいって、じいちゃん、恥ずかしいから……」
ああ、うん。よーするに、チートスキル、武器、その他もろもろ、ないわけよ。でもま、なんとかなるでしょ。異世界だからって魔王を倒さなきゃならないわけじゃないし、そうしなきゃ元の世界に戻れないってわけでもないだろうしさ。
『ドカーン!』
「きゃ!」
ここで突然の落雷だ。ミリンが悲鳴とともにオレの腕にすがりつく。オレは「さっきまで晴れていたのに、変だな……」と自分なりのかっこいい声とセリフを心の中で呟いて、いい匂いだなああああああああああああああああ!? と叫んだ。
でも、ほんとに変だね。なんかタイミング的にさ、考えすぎかなあ?
「大変です姫様! この水晶玉をご覧ください!」
なんか如何にも占いできそうなババアが部屋に入ってきたよ。ノックくらいしてほしいよね。まあ泊めてもらっている手前、何も言わずミリンと一旦距離を置いて水晶を見てみた。……うん、なんか禍々しいね。
「これは! 魔王の復活を示す黒い霧! あら! なんてこと! 世界の危機だわ!」
「ワーコマッタコマッタ。それじゃあオレはそろそろお暇しますね」
「こんな時こそ勇者の出番ですじゃ!」
「まあ! こんなところに勇者さまですわ!」
うん。こんな気はしてたよね。
「だあああああああああああくんなああああああああああああ」
「勇者を捕まえろ! 捉えろ、捉えろー!」
兵士たちがこぞってオレを追いかけてくる。まったくなんだってオレがこんな目にあわにゃならんのだ。オレにはチートスキルはないし、めちゃめちゃ頭が良いわけでもないってのに!
「くそっ! 行き止まりかっ!」
振り返る。銀色の鎧を身にまとった兵士たちがオレににじり寄る。万事休すと思われたその時、オレの手には、光り輝く剣が握られていた! ま、まさか、オレってホントに勇者的な存在だったのか!? そうと決まればええいままよと、オレはそれを振り下ろした!
「……」
オレの手に握られていたのは、城下町にあるナイトクラブ、『あっはーん♡』の会員券、それが十枚ほど繋がったものだった。
ああ、思い出した。これは天界でジジイと一緒に帰ろうとしたとき、気の毒だからと近くのお店の人に貰ったアイテム、「万能剣レイン」に違いない。あの人は状況によって変化する便利な剣だとのたまっていたが、なんでタダでくれたのか、今分かった。
不良品寄越したな……! 在庫処理に使われたってわけだ! 期待させやがって!
「こ……これは! 数百は通わなければ絶対に手に入らない幻の会員券! それも十枚近くある!」
「「「なっ、なにぃーっ!!!」」」
「……」
妙に詳しいな。
「……見逃してくれたら、全部、あげちゃう」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
兵士が会員券に群がっていく。そんなにいいのかあの店……一枚くらいとっておくべきだったか。
まあいい、とっとと城の外に出てしまおう。善は急げと、オレは駆け出した。
「あら?」
突然目の前が真っ暗に。それどころかなんか平衡感覚がパーになって……
「あだっ!」
ケツを強打したよ。なんなの?
「もう逃げられんぞ、勇者」
「げげ!」
オレを見下ろすこの気の強いおねーさんはマヨネって名前。宮廷魔法使いっていう、すごい魔法の使い手らしい。でもなんでかいくら頼んでも魔法見せてくれなかったんだ。オレを捕まえるために今使ったみたいだけど。
そんで周りを見渡すと、そこには兵士が勢ぞろい。レッドカーペットに、玉座に王様。なぜかみんな笑いをこらえていて、マヨネさんは顔を真っ赤にしてイラついている。なんで?
「うおっほん。……クッ。……えー、勇者……ブフッ!!!」
「王様!!!」
わ、マヨネさんがキレた。
「あ、ごめんねほんと。うん。……あー、もうちょっとまって……あ~~ちょっとまってほんと……フフッ」
「お~い~?」
──なにしてんのこの人たち──
オレはぼーぜんとせざるを得ない。
「……ごほん。勇者どの。えー、魔王が復活してしまったので、おぬしに勇者らしく退治してもらいたい」
「はい王様、オレが勇者ってなんでわかんの?」
「伝承があってな。大体13歳くらいの少年が、道の真ん中に気絶した状態で現れる。そいつは早生まれで、成長が早く、10歳のころには既に邪気眼に目覚めていたと……必殺技は覇王バーストストラッシュで……」
「あああああああああああああやめろおおおおおおおおおおお」
邪気眼……? なんかすごそう……てか必殺技かっこよくね? とか兵士たちが話してる。もうやめてくれ。オレのライフはとっくに虚数域にある。てかなんでそんな事細かにかつ限定的な個人情報乗ってんの? 馬鹿なの? 勇者ってプライバシー保証されないの?
「でもオレに魔王退治なんてムリだって!」
「……勇者になったら、めっちゃモテるよ? 王様公認、名乗ってもいいのよ?」
……そうだ。オレは勇者。
今まさに魔王におびえる人々がいる。世界が救いを求めているんだ。だったら、オレはもう迷わない。だってオレが、勇者なんだから!
「やります! 世界を、オレが救う!」
「わーい! じゃあ私もついていくね!」
……え?
いつの間にか、腕にしがみついている幼姫が。
「え、いやいや、だめだよ? 姫が国を放って旅なんて」
王様が冷や汗をだらだら流しながらまくしたてる。うんうん、オレもそう思う。ミリン絶対ハーレムとか許してくれないだろうしね。
「あの、ミリンさーん、やめとこ、危ないから、ね?」
「ふんだ。もう決めたもん! 私は、旅に出るんだから────ー!!!」
そう叫ぶと、ミリンの手のひらから紫色の渦巻いた大穴が飛び出した! これは、さっきオレにかけられた魔法の色とまんまおんなじ。ということは……!?
「あだっ!」
ケツを強打。この魔法、ほんと骨盤に優しくないよね。
横を見ると、いたたた、と呟くミリン。恐らくここは城の外で、隣町に繋がる森の入り口だと思う。
「……城に戻ろう、ミリン。きっと危ない旅になる」
手を差し伸べる。オレはきっと勇者としては未熟すぎる。ミリンを守りながら旅を続けるのは難しいだろう。そう、ミリンの身を案ずるからこそ、オレはミリンを連れていけない。断じてハーレム構築を阻害しそうだからではない。本当だからね。
でもミリンは、オレの手をはねのけてこう言った。
「いや! もうお城の中に閉じ込められるのはいや! けがをするからとか、危ないからとか、そんなのはもう聞きたくないの! 私は何にも知らない、何にも見たことない、戦ったこともないし、自分でなにかを作り上げたこともない! だから知りたいの! 進みたいの! この世界を!」
「ミ、ミリン……」
『みょーん』
不思議な効果音とともに、紫色の大穴が現れる。そこから這い出たのは、やはりマヨネさんだった。
「姫様、城に戻りましょう」
「いや! 私を連れていきたいなら、私と魔法勝負しなさい!」
魔法勝負……! な、なんかすごそうだ、異世界っぽいじゃんか……!
でもなんか、マヨネさんはすっごい嫌そうな顔をしてるな。
「ば、ばかなことを言っていないで」
「私は本気よ、マヨネ!」
言いながら、ミリンは手のひらから宝石の嵌められた杖を呼び出し、マヨネさんに向けた。一触即発って感じだ。危なそうだからちょっと離れとこう。しっかし、ミリン、すごい力強い目をしてる。目に力入れすぎて、すっごいぴっくぴくしてるけど……
「……言っても聞きませんね、いいでしょう、引きずり戻してあげます」
マヨネさんも杖を取り出したぞ。てことは……
「邪魔、しないで──────ー!!!」
「焼肉、食いてええええええええ!!!」
叫ぶ両者。直後、目の奥を焦がすような閃熱が衝突した! すっげえ迫力だ。髪の毛がめちゃめちゃにあばれてる。で、でも、マヨネさん、明らかにおかしなことを言ってたよーな……?
「うぬぬぬぬぬ……!」
「くっ……お、押されてる……? 私の食欲より、上だと言うのか……!」
すげえ、ミリンのほうが魔法の威力は上みたいだ。こりゃあ、一緒に来てくれるんなら心強いんじゃあなかろうか。あれ? なんか、今黒いものが見えたような。
「うわっ!」
「ま、マヨネ!」
マヨネさんの背後に、如何にも魔物って感じのやつが現れ、襲いかかった! マヨネさんはダメージを受けて倒れこんでしまった。えっとそいつの見た目が具体的にどうかと言われると、こう、頭が蚊であとはおっさん……んにゃ、こやつは魔物っちゅーよりただの変態だわな。
「だれが変態じゃーい!」
「うわー! 地の文を読むなー!」
蚊のパンチをジャンプでかわし、ミリンのそばに着地する。くそっ、蚊のくせに完全に武闘派じゃないか。こりゃあ分が悪いかもしれないぞ。
「姫様、お逃げください……!」
「だめよ、おいていけない!」
「ギシャシャシャシャ! 安心しろ、まとめてあの世に送ってやるぜモス! ああ、悪役してるなあ俺! 楽しいいいいいい!!! モス!」
なんだか悦に浸ってやがる。モスキートだから語尾がモスっていう安直さも含めて絶妙に腹が立つやつだな。なんとか反撃に打って出たいが、オレの武器って言ったら例の万能(笑)剣だけだ。ミリンも魔法力を使い切ったのか、杖を何度も振ってはいるが煙がぽふっと出てくるだけ。そんじゃ消去法でこいつに頼るしかない!
「よーし!」
腕の中で剣が光る。ここまではかっこいいんだけどなあ。
「勇者どの、まさか覇王バーストストラッシュを……!」
「何!? 勇者!? それに覇王バーストストラッシュだと!?」
「だああああやかましい!」
くそっ、とにかく、いいのでやがれ──!
「……」
まあ、キャバクラの会員券よりはまともではあるけど。
でてきたのは、花弁が白く、真ん中の部分が黄色いありふれた花の束。どう考えても、こいつじゃあの中途半端に筋肉質なボディを断ち切ることは難しいだろう。
「! 勇者さま! これを使って!」
ミリンは残り少ない魔法力で木の棒に火をつけ、それをオレに投げ渡した。えーっと、これをどうしろと?
「ま、まさかそれはシロバナムシヨケギク! 蚊取り線香および殺虫剤の原材料であり、俺達蚊怪人の天敵! ち、ちくしょう、流石は勇者だ、覇王バーストストラッシュの使い手というだけのことはある!」
「……」
こいつ、結構いいやつなのでは?
「仕方ない、俺も奥の手を出すぜ! 吸血シックスニードル!」
「げげ、普通に刃物じゃねえか! だが……!」
オレはそれらをかわし、口の中に全部まとめて放り込んで、こう叫んだ。
「覇王バーストストラッシュ!」
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「マヨネ、大丈夫?」
ミリンはマヨネのそばに駆け寄り、声をかける。マヨネさんは片手を軽くあげ、立ち上がって、語り始めた。
「……私は、魔法の勉強が嫌いでした。魔法力を変換する『点火』には、個人個人の強い願いが必要で、私にとってそれは、食欲だった。でも、人前でそれを大っぴらにするのが恥ずかしくて、それでも両親は私を魔道から外そうとはしなかった。ですが、その理由が今なら分かります。心からの願いを叫ぶというのは、どんなものであれ抵抗があるもの。食欲であれ、なんであれ。しかしミリン姫、あなたは決して怯むことはなかった。あなたの願いは、何ですか?」
ミリンは、少しうなずいて、力強くこう言った。
「旅に出ることよ。勇者さまの伝承をマヨネから聞いてから、一緒に旅に出ようって決めてたの。今まで同い年の子と遊ぶ機会をお父様はくださらなかった。こっそり転送魔法を使って声をかけても、私は姫だからって、だれも相手にしてくれなかった。でも、ほら、勇者さまは私とちゃんと同じ目線で、同じ高さで接してくれる。それは勇者さまも、こどくな存在だからだと思うの。これから、勇者さまは勇者さまとしてしか扱われない。私が姫だからってなかなか外に出させてくれないのとおなじように、勇者さまは、戦い続ける生き方しかみんな許してくれないと思うの。だから、私が勇者さまの逃げ道になってあげたい。一緒に戦って、一人じゃないって、寄り添ってあげたいの」
「ミリン……」
確かに、オレはこの世界では誰より孤独な存在だと思う。
家族はいない。友人はおろか顔見知りだっていなかった。ここにきて、ミリンが見つけてくれなかったら、今頃どうなってたかわからない。13歳の得体の知れない子供を、誰かがすぐに面倒見てくれるだろうか。
オレにとって、ミリンは間違いなく救世主だったに違いない。
「マヨネさん、きっとオレにはミリンが必要だ。だから、世界にも必要ってことだ」
「ああ……王様にはうまくいっておく。変なことはするなよ、勇者どの」
「変なこと……?」
「さあて! もう城には戻れないんだから、とっとと森を抜けるぞ! 旅の始まりだ! ミリン!」
「う……うん!」
こうして、オレの勇者人生が、幕を開けたのである──!
普段長編を書いているので、息抜きにプロット無しで、まんま勢いで書いた挑戦作です。なんも考えずに書きました。この先どうなるのか全く分かりません。評判が出るか、やる気が出たら更新するかも分かりません。ははは。