ぼんやり
――早く、早く。
夜見月駅の下りホームに続く階段を駆け上がる。えみちゃんに、早く会いたいから。
「おはよう、えみちゃん!」
彼女の姿が見えたところで、声をかける。声量は、昨日とたいして変わらない。
でも。
えみちゃんは振り返らなかった。
ぼんやりと、どこか遠くを見るようにしている。なんだか、心がここにないようにも見える。
――たまにあるんだよなぁ、こういう日。
何故か声をかけても反応してくれない時が、稀にある。どうしてなのかは私も知らないし、多分えみちゃんも分かってない。
……こういう時は。
「えみちゃん」
名前を呼びながら肩を叩いてあげればいい。
こうすれば、ほら。
「……おはよう、むかいちゃん」
ぼんやりと何処かを見ていた目は、私の方を向いてくれる。
「どうしたの、えみちゃん?」
「……よく分からない。なんとなく、ボーッとしてたの」
不思議そうに首を傾げ、ふるふると振ってから、えみちゃんは眉を下げた。
「大丈夫なのかなぁ、私。ちょっと不安……」
元気を出してほしいから、私は笑い飛ばす。
「平気だよ、きっと。私もわけもなくボーッとしてる時があるもん」
「そう? ……なら平気かなぁ」
不安は吹き飛んでくれたらしく、えみちゃんの口角が上がる。
「ありがとう、むかいちゃん。ちょっと元気出た」
「よかったぁ……えみちゃんは笑ってるところが一番可愛いもん」
「なんか照れるなぁ。でも、嬉しい。……ねえ、何かお話ししてよ」
にこにこと笑いながら、こてりと首を傾げてこちらを見る彼女。
「そうだなぁ……そう! あのね、今日は私の誕生日なの!」
すこし興奮気味にそう言えば、えみちゃんは丸い目をさらに丸くして、拍手を送ってくれた。
「おめでとう! いくつになるの?」
「十六だよ。……そういえば、えみちゃんは何歳なの?」
話の流れに乗って聞いてみよう、と歳を尋ねると、一瞬、えみちゃんは固まった。
けれど。
「……んー? 想像に任せるよ。いくつくらいに見える?」
さらりと質問返しされた。
「うーん……十五くらい? 分かんないや。じゃあさ、誕生日なら教えてもらえる?」
質問を変えてみると、彼女は「三月二十二日だよ」と答えてくれた。……ってことは、まだ十四なのかなぁ。いや、そもそも彼女が中学三年生かどうかすら分からないのに。
……ま、いっか。
その後、今日の放課後は友達と遊ぶ予定だと話している途中で、電車はやってきた。
「また明日ね、むかいちゃん」
「もちろん! また明日も、この場所で」
お決まりの言葉を交わして、電車に乗り込む。
――扉が閉まり、発車。
窓から、小さくなっていくえみちゃんを、夜見月駅をぼんやりと眺めていた。