約束
――昼休み。たんたんや近くの席の子と一緒に弁当を食べていると、たんたんが「そういえば」と声をあげた。
「明日って、むかいちゃんの誕生日だよね?」
その言葉に、思わず手が止まる。
「たんたん……覚えててくれたの?」
私の誕生日は、四月の自己紹介の時に一回言ったきりだったはず。だから、絶対に忘れられてると思ってたのに……。
「もっちろん!」
ウェリントンメガネの奥にあるつぶらな瞳を輝かせて、彼女は頷く。
「まじか、知らなかった!」
「明日なんだ! メモしとこー」
近くの席の子たちがワイワイと騒ぎ始める。その中でも決して埋もれることのない、たんたんの甲高い声。
「それでなんだけど、明日学校が終わったら一緒に遊びに行かない? むかいちゃんの誕生日祝いってことでさ。学校の近くなら、駅ビルとかショッピングモールとかになると思うんだけど」
「行く!」
舞い上がりそうなくらい、いや、人がいなかったら多分踊りだしてるだろうなって思うくらい、嬉しい。大袈裟な例えかもしれなけど、本当に。
と、その時。
「おーい、馬っ子ー」
唐突に割り込んでくる、空気を読まない男子の声。「馬っ子」というのは……。
「だーかーらー、あたしは馬じゃないから! せめて丹馬さんって呼んでよ!」
男子がつけた、たんたんのあだ名だ。
一応、「馬っ子」というあだ名にも由来がある。
名字に「馬」の字が入っていること、馬の尻尾にそっくりな髪色とポニーテール、身長が高いこと、顔が面長なこと(前髪をアップにしているから、尚更縦長に見える)、甲高い声、つぶらな目などが理由で、「馬みたいな女子」と思われたらしく、そこから「馬っ子」になった……らしい。
ふざけたあだ名だとは思うが、本人はそれを楽しんでいるし、お互いにふざけあいのトーンで言い合うくらいだから大丈夫なのかな、と思っている。実際、たんたんは「ほんと、呆れちゃうよね!」とか言いながらも笑ってたし。
「……んで、用件は?」
たんたんの声が、私を現実に引き戻す。
「さっき先生が『丹馬を職員室に呼んできてくれ』って言ってたからさー。なんか、数学の課題が出てないとかボヤいてたぞ」
……そういえば、朝『数学の課題なんて知らない』って叫んでた人がいたなぁ……目の前に。
「あー、それ、あたしのことが見つからなかったってことにしといて!」
ギクッとした顔をしたたんたんは、つうっと汗を滴らせながらそう叫んでいた。しかし、男子も呆れたように言葉を返す。
「いや困るぞ、馬っ子。……もしかして課題、忘れたのか? ならせめて、忘れたことくらい報告した方がいいと思うぞ」
「えー……めんどくさい」
ぶつぶつと文句を言うたんたんに、男子は困り顔だ。……しょうがないなぁ。
「……行っておいでよ、たんたん。じゃないと、明日のお出かけ、なしにするよ?」
「むかいちゃん、ひどい! ……行ってくるよ。むかいちゃんなら、本当に明日の約束をなしにしそうだしさぁ……」
しょんぼりと教室を出ていくたんたんに「いってらっしゃい」と手を振ってから、ご飯を一口頬張った。