お隣さんは噂好き
私が所属する、県立濱風高校一年三組の教室に入ると、会話の波が一気に押し寄せてくる。その中を掻い潜りながら、私は自分の席に着く。
「おはよっ、むかいちゃん!」
ふと右隣から飛んできた甲高い声。振り向けば、こげ茶に染まったポニーテールが見える。……色合いといい髪の量といい、本当に馬の尻尾みたいだ。冗談抜きで。不意に振り向かれたりすると、髪の毛が当たって痛いんだ、これが。……なんてことは置いておいて。
「おはよー、たんたん。数学の課題やってきた?」
「えっ! そんなのあったっけ!?」
やばいどうしよう、と右隣で騒いでいるのは、高校に入って最初に仲良くなった、丹馬洋子だ。困ったことに名前が同じだから、お互いに名字をもとにしたあだ名で呼び合っている。
彼女は丹馬だから、たんたん。
私は日向だから、むかいちゃん。
高校に入ってから急遽作ったあだ名だけど、割と気に入って――。
「もう数学の課題なんて知らないっ! どうせ嫌いだし苦手だから解けないんだし!」
――私の思考を突き破る、たんたんの声。
「開き直り、早い……」
「そんなことよりも、面白い噂を聞いたんだよ! あのね――」
あきれ返る私のことなどお構いなしに、たんたんは矢継ぎ早に噂話を披露する。その内容は、主に『不思議』についてのこと。
たんたんはこういう話が大好きだ。学校の七不思議だとか、呪いや幽霊、魔法使いに妖、他にも……そういうことについては多分、このクラス内では誰よりも詳しいんじゃないかと思う。
夜見月市は『狭間の街』。不思議な出来事やひとでないものの話なら、いくらでも出てくるんじゃないかと思えるくらいに、たくさん存在する。だから、オカルト好きにはたまらない場所ともいえるんだろう。それに加えて、今はネットでたくさんの人とつながれる時代だ。たんたんは同じ界隈にいる人とネットで交流しているらしく、他の街の人と情報交換をしていると言っていたような。今話している噂も、そうして知った情報のうちの一つ、らしい。
そうだ、たんたんはそういう子だ。
でも、鐘も鳴ったし、そろそろ黙らせよう。……止めないと止まらないし。
「そろそろホームルーム始まるみたいだよ、ほら、先生も来たし」
私が声をかけたと同時に、担任が号令係に指示を出す。男子の「きりーつ」という間の抜けた声が教室に響き渡ると同時に、皆が椅子をガタガタと引いて立ち上がる。流石に状況を察したらしく、たんたんも口を閉じた。
「きをつけー、れい」
「おはようございます」
こうして、いつもと何も変わらない一日が、始まった。