日常が生まれた日
約二週間前――七月の頭までは、電車をホームの前方、南側で待っていた。前から三番目の車両に乗りたかったからだ。時間にもあまり余裕を持たず、電車が到着する一、二分前に駅に着くように家を出ていた。
けれどその日、私は乗る予定だった電車を目の前で逃してしまった。
次の電車でもなんとか学校には間に合いそうだったが、少しでも時間を短縮したいと思った私は、後ろから三番目である六号車に乗ろうと考え、ホーム北側に向かった。というのも、下車駅の出口に近いのが、列車の三号車と六号車で、より改札に近いのが六号車が止まるあたりにある出口だったのだ。
つまり、学校により早く着くために、私は乗車位置を変えた。
ただ、それだけだったのに。
間隔を開けて四台くらい鎮座している自販機の影に隠れ、ホーム前方からは見えなくなっていたベンチを目にした時、私は本当にびっくりしたものだった。
だって、自分と同じ『学校の生徒』が、この下り線ホームにいるとは思ってもみなかったのだから!
見かけない制服に「どこの子なんだろう」と疑問は抱いたけれど、「どうしてさっきの電車に乗らなかったんだろう」とも思ったけれど、それよりも「仲間がいる」という喜びの方が大きくて。
だから。
「……お隣、いいですか?」
ぼんやりと遠くを眺めるような目つきをしていた彼女に、そっと声をかけたのだ。
――あの日以来、私は余裕を持って駅に向かうようになった。
えみちゃんとおしゃべりがしたいから。
「あ、むかいちゃん、私の話聞いてなかったでしょ? ……まあ、全然いいんだけど」
ちょっと拗ねたような声が聞こえて、現実に引き戻される。
「ごめんごめん、初めて会った日のことを思い出しててさ」
「うわぁ……懐かしい。二週間前なのにもう懐かしいよ。ボケーっとしてた私に突然むかいちゃんが声かけてきて、それがきっかけで仲良くなったんだよね。ずっとこの時間帯のホームには人がいないと思ってたから、すごく嬉しかった」
えみちゃんの色付きの悪い、薄紫の唇が弧を描く。肌は真っ白で、髪が短い雪女みたいだ。――もう、こんなに色白で可愛いなんて、羨ましいよ。
と、その時。
聞き慣れた電子音のメロディが、大音量で私の鼓膜を揺らす。
『まもなく、一番線に、特急、瑠璃崎行きが、参ります。危険ですから――』
男の人の声で流れるアナウンス。目的の電車が、やってくる。
「今日もあっという間だったね。えみちゃんはこの二本後のやつに乗るんだっけ?」
確か……『電車が遅延しても大丈夫なように、電車に乗る三十分前には駅に来ている』と言っていたような気がするのだけど。
「そうだよ。だからまた、明日会おうね」
えみちゃんが丸いつり目を細めて笑った時、背後から電車のドアが開く音が聞こえた。
……朝から「また明日」なんて変かもしれない。でも、仕方がない。何故って、夕方は帰宅時間が合わなくて会えないから。
だから、私も笑って答える。
「もちろん! また明日も、この場所で」
発車ベルが鳴り響く。慌てて電車に駆け込んで、窓の外で見送ってくれる彼女に手を振り返した。