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また明日も、この場所で  作者: 秋本そら
日常――朝
3/18

日常が生まれた日

 約二週間前――七月の頭までは、電車をホームの前方、南側で待っていた。前から三番目の車両に乗りたかったからだ。時間にもあまり余裕を持たず、電車が到着する一、二分前に駅に着くように家を出ていた。

 けれどその日、私は乗る予定だった電車を目の前で逃してしまった。

 次の電車でもなんとか学校には間に合いそうだったが、少しでも時間を短縮したいと思った私は、後ろから三番目である六号車に乗ろうと考え、ホーム北側に向かった。というのも、下車駅の出口に近いのが、列車の三号車と六号車で、より改札に近いのが六号車が止まるあたりにある出口だったのだ。

 つまり、学校により早く着くために、私は乗車位置を変えた。

 ただ、それだけだったのに。

 間隔を開けて四台くらい鎮座している自販機の影に隠れ、ホーム前方からは見えなくなっていたベンチを目にした時、私は本当にびっくりしたものだった。

 だって、自分と同じ『学校の生徒』が、この下り線ホームにいるとは思ってもみなかったのだから!

 見かけない制服に「どこの子なんだろう」と疑問は抱いたけれど、「どうしてさっきの電車に乗らなかったんだろう」とも思ったけれど、それよりも「仲間がいる」という喜びの方が大きくて。

 だから。

「……お隣、いいですか?」

 ぼんやりと遠くを眺めるような目つきをしていた彼女に、そっと声をかけたのだ。


 ――あの日以来、私は余裕を持って駅に向かうようになった。

 えみちゃんとおしゃべりがしたいから。


「あ、むかいちゃん、私の話聞いてなかったでしょ? ……まあ、全然いいんだけど」

 ちょっと拗ねたような声が聞こえて、現実に引き戻される。

「ごめんごめん、初めて会った日のことを思い出しててさ」

「うわぁ……懐かしい。二週間前なのにもう懐かしいよ。ボケーっとしてた私に突然むかいちゃんが声かけてきて、それがきっかけで仲良くなったんだよね。ずっとこの時間帯のホームには人がいないと思ってたから、すごく嬉しかった」

 えみちゃんの色付きの悪い、薄紫の唇が弧を(えが)く。肌は真っ白で、髪が短い雪女みたいだ。――もう、こんなに色白で可愛いなんて、羨ましいよ。

 と、その時。

 聞き慣れた電子音のメロディが、大音量で私の鼓膜を揺らす。

『まもなく、一番線に、特急、瑠璃崎(るりさき)行きが、参ります。危険ですから――』

 男の人の声で流れるアナウンス。目的の電車が、やってくる。

「今日もあっという間だったね。えみちゃんはこの二本後のやつに乗るんだっけ?」

 確か……『電車が遅延しても大丈夫なように、電車に乗る三十分前には駅に来ている』と言っていたような気がするのだけど。

「そうだよ。だからまた、明日会おうね」

 えみちゃんが丸いつり目を細めて笑った時、背後から電車のドアが開く音が聞こえた。

 ……朝から「また明日」なんて変かもしれない。でも、仕方がない。何故って、夕方は帰宅時間が合わなくて会えないから。

 だから、私も笑って答える。

「もちろん! また明日も、この場所で」

 発車ベルが鳴り響く。慌てて電車に駆け込んで、窓の外で見送ってくれる彼女に手を振り返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] むかいちゃんとえみちゃんの二人の出会い、可愛らしいですね。 失敗したぁーっていう時に自分と同じような人見付けたら、仲間意識持ちますよね。 話しかけるのに、そっと声をかけるのがまた可愛いです…
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