朝の待ち合わせ
時刻は朝の七時過ぎ。
夜見月駅の東口改札に定期を押しつけ、一番線――下りホームへと続く階段を駆け上がる。電車がやってくる方、つまりホームの北側に設置されたベンチに腰掛ける、一人の少女を目指して。
「おはよう、えみちゃん!」
人気のない場所だ。たいして声を張り上げなくとも、この声はちゃんと届くはず。
あ、ほら。えみちゃんが肩に届かないくらいの短い黒髪を揺らして、こちらを振り返る。彼女の丸いつり目が、キュッと嬉しそうに細まった。
「むかいちゃん、おはよう。今日も会えたね」
「ね! 会えてとっても嬉しいよ」
笑って答えながらえみちゃんの隣に座り、今日も楽しいお喋りタイムが始まる。
「ところでえみちゃん」
今日は、最初に何を話すか、既に決めていた。
「なあに?」
「ずっと気になってたんだけどさ、えみちゃんが通ってる学校って、どこ?」
――彼女が身につける制服は、私が見たことのないものだった。
多分膝下まである、紺色のスカート。高校で膝下スカートのところなんてないし、多分中学校の制服なんだろう。ここまでは簡単に推測できる。でも。
おそらく夏服であろう、白い半袖のセーラー服。スカーフの色は、真っ赤な赤。この服装が、どうも引っかかる。
何故って、この辺りにはセーラー服を制服とする学校がないから。中学だけでなく、高校も。少なくとも、公立のところには。
「あー……私が通ってるの、私立の中高一貫校なんだ。あんまり有名なところじゃないし、この制服を見かけないのも当然かも」
へえー、と言葉を返しながらも、頭を捻っていた。
夜見月市に、私立の中高一貫校って、あったっけ? しかも、夜見月駅以南の場所に。
……まあ、いっか。えみちゃんも有名どころではないって言ってるし、私が知らない学校があったとしてもおかしくはないだろう。もしかしたら、市外の学校かもしれないし。
――そういえば、私、えみちゃんのこと、そんなに知らないな。
通っている学校のほかにも、たとえば、えみちゃんの年齢を知らない。スカートの長さからして、中学生。見た感じ、多分十五歳くらいかな、とは思うけど……なんかもっと大人びて見えるような気もするし。どうなんだろう。
他にも、私は彼女と連絡先の交換をしていない。だから、私とえみちゃんの関係は、会うことをやめさえすればあっさりと切れてしまうだろう。
多分、本名も知らない。彼女は名乗った時「私のことは『えみちゃん』って呼んで」と言っていたのだ。彼女の名前が『えみ』ではない可能性も、十分にある。……まあ、私もその流れに乗って「じゃ、私のことは『むかいちゃん』って呼んで」と言ってしまったし、日向陽子って名前は教えてないし……お互い様だよね、うん。
でも、名前を知らずとも、毎日会って話しているだけで友達になれるものなんだなあ、としみじみ思う。それに、私たち……出会ってから、そんなに長く経ってないし。
「ねえ、むかいちゃん。私たち、出会ってからどれくらいだっけ?」
タイミングの良すぎる質問だ。
「うーん……私が乗車位置を変えた頃だから……二週間前くらい? 七月の頭だったのは覚えてるけど、日付は流石に覚えてないや」
「二週間か……もっと長い間話していたような気がするよ」
えみちゃんの声に「たしかにね」なんて相槌を打ちながら、あの日のことを思い出していた。
私がほんの気まぐれで、電車に乗る位置を変えた日のことを。