表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

夜見月駅の下りホーム

 それは、今からもう、何年も前のお話。

 えみちゃんが幽霊になるよりも、さらに前の、過去のこと。


「すず、早くおいでよー!」

「待って待って! 今行くから!」

 すず、と友人に呼ばれた少女が、夜見月駅の下りホームへと続く階段を駆け上がっていく。

 細い一重の釣り目は、数段先を行く友人を見ている。口角は幸せそうに上がっていて、一つの三つ編みでまとめられた黒髪が揺れる様子は、楽しげに犬が尻尾を揺らす様子にも似ていた。

「やっと追いついたー!」

「遅いよ、もう! すず、相変わらず足遅いんだから」

「ひどい!」

 怒りながら、でも楽しげに頬を膨らます少女は、知らない。

 数分後、自分の身に起こることを。


 すずは、学校の人気者だった。

 頭がいい、ムードメーカーで、誰とでも仲良くなれて、空気を読むのも上手い。

 たくさんの友達や良き先生に恵まれ、家庭環境も悪くない、幸せに囲まれた生活を送る子だった。

 けれど、彼女は知らない。

 協調性を高めようとするあまり、自分の気持ちを押し込めて我慢し、殺していたことを。

 そして、いつでも自分の感情を表に出さない彼女を、気味悪がっている人がいることを。


 電車が接近することを知らせるアナウンスが鳴った。

 すずは友人とホームの縁に向かいながら、会話に夢中になっていた。

 だから。

 突然背を押されたとき、バランスを崩して線路に落ちたとき、いったい何が起こったのか分からなかった。

「本当はあんたのことなんて、嫌いなの」

 なんとかホームに登ろうとしているすずの耳に、そんな声が届く。

 目の前にいるはずなのに、友人は手を貸してくれない。

 ただ、無表情のまま、こう続けただけで。

「さよなら」

 ――轟音とすさまじい痛みが、彼女を襲った。


 彼女は恨んだ。憎んだ。

 自分を死に追いやった友人のことを。

 だから、殺した。幽霊となって、ホームで電車を待つ友人を突き落として。

 けれど、彼女の心は満たされなかった。

 駅のホームに訪れるたくさんの人を見ていると、かつての自分のように幸せそうな人も、幸せそうには見えない人も、全員が憎くなってしまったのだ。

 彼ら彼女らは、生きているのだから。自分にはない未来を持っているのだから。

『どうしてわたしは死ななければならなかったの? どうしてわたしは死んで、あんたたちは生きているの?』

 恨みや憎しみをため込んだ彼女は、怨霊になった。

 髪をまとめていた三つ編みはいつのまにかほどけ、ぼさぼさになり、顔色は蒼くなり、鋭い目には赤い光が宿った。

 一人の少女が怨霊に変わり、夜見月駅の下り線ホームにまつわる言い伝えが生まれたのは、このときだった。


 それ以来、怨霊はたくさんの命を奪い続けた。そして殺されたことに怒り、憎しみを抱いた魂たちを糧にして力を強めていった。

 けれど、ある日ホームに突き落とした少女――えみちゃんは、例外だった。

 えみちゃんは、死ぬときに負の感情を抱かなかった。自分の死に戸惑いはしたものの、すぐにそれを受け入れたのだ。そのうえ、名前の呪い(まじない)により、魂と負の感情が結びつかないようになっていた。

 怨霊は憤慨した。けれど、名前の呪い(まじない)は、彼女にはどうしようもできないことだった。

 だから腹いせに、えみちゃんに呪い(のろい)をかけ、人を殺させることにした。そうすれば少しは気がまぎれたし、もしかしたら、えみちゃんが人殺しをしたと知ったときに怒りや憎しみといった感情を抱くかもしれない、と期待したのだ。


 けれどある日、怨霊はえみちゃんに呪い(のろい)をかけることをやめた。

 理由は二つ。

 一つ目――えみちゃんは自分が人殺しをしていたと知っても、怒りも恨みもしなかったから。これは予想の範疇だったから、仕方がないと切り捨てることができた。

 想像もできなかったのは、もう一つの理由の方だった。

 二つ目――自分がかけた呪い(のろい)を解ける少女が現れてしまったから。

 その少女は、名前の呪い(まじない)で忌々しいもの――太陽と繋がっていた。だから、自分が手を触れることもできない。もし触ってしまったら自分の力が消えてしまうかもしれないことなど、簡単に予想がついたのだ。


 今日も、えみちゃんとむかいちゃんは仲良く笑いあっている。

 それが憎くて仕方がないから、彼女は赤い目を光らせて、罪のない人の後ろに立つ。

 ゆっくり、怨霊は腕を前に伸ばして――。


 ――えみちゃんとむかいちゃんは、まだ知らない。

 数秒後、自分たちの目の前で、人が死ぬことを。

 これにて「また明日も、この場所で」は完結となります! いかがでしたでしょうか?

 この作品は夏のホラー2020「駅」参加作品となっております。なろうに登録したのが2017年、その翌年から毎年夏のホラーと冬の童話祭は参加しているので……時間が経つのは本当に早いですね。

 もともと私は、主にヒューマンドラマのジャンルで書くことが多いので、ホラーは書き慣れていないのですが、少しでも楽しんでいただけていたなら、幸いです。


 さて、ここで少しだけ、登場人物の紹介をしておこうと思います。


 ***


・日向陽子

 主人公。県立濱風高校に通う高校一年生。

 名前の呪いにより魂が太陽と繋がっているので、怨霊とは相性が悪い。呪いにかけられた人に触れるとそれを解くこともできる。ただし、この事件に巻き込まれるまではそのことを知らなかった。

 あだ名を「むかいちゃん」にしたのは、名前に含まれる「日」や「陽」から目をそらしてもらうためです。名前がネタバレみたいなものだったので……。


・桜野恵子

 夜見月駅の下りホームにいる幽霊。死んだとき、高校二年生だった。でも昔の制服(セーラー服、長いスカート)なので、むかいちゃんは中学生だと勘違いしていた。

 苗字は「逢魔が時」から「おう」を取って、「桜野」にしました。

 名前は……実は、由来は後付けです。「この子は恵子ちゃんかなぁ」と直感で名前をつけてから、「恵」の字について調べ、「思いやり」「賢い」の意味があることを知り、「負の感情とは程遠そうだな、性格に結び付けられたらいいな」「賢い子だから偏差値の高い高校に通っていた設定にしよう」と決めました。


・丹馬洋子

 むかいちゃんのクラスメート。『不思議』にまつわる噂話が大好き。

 最後に登場させることを決めた子なので、他の子に埋もれないようにと「馬みたいな子」というキャラ付けをしました。

 彼女がかけているウェリントン眼鏡は、実は伊達。ネットをよく使うので、ブルーライト予防にかけているという設定です。なので視力はとてもいい。もっと眼鏡をかけていることを主張してもよかったかな……。

 丹馬という苗字は、「馬みたいな子」のキャラ付けのためにつけました。

 洋子という名前は、主人公のあだ名を「むかいちゃん」にするため――苗字からあだ名をつけたことが不自然にならないようにするために、わざと陽子ちゃんとかぶせました。


・夜見月駅下りホームの怨霊

 本名は鈴村怜子。生前は「すず」と呼ばれていました。

 本当は操られたえみちゃんに怨霊のことを「スズサマ」と呼ばせようと思って名前を付けていたのですが、投稿直前に「これ、名前を呼ばせる意味あるかな?」と思ってやめました。そして、むかいちゃんに暴言を吐くシーンで名乗らせようかとも思ったのですが、「ここで名乗るか……?」と疑問に思い削除しました。名前を付けた意味はあったのか……。

 一応、鈴村は「涼む」、怜子は「霊」から取りました。


 ***


 気をつけてはいますが、もし誤字脱字があったら誤字報告をお願いします。

 評価や感想、ブックマーク等をいただけますと励みになります。

 最後になってしまいましたが、この作品を読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


 余談ですが。

 この作品は2019年夏のホラー企画参加作品「病院のミルタ」と2020年冬の童話祭参加企画「鈴音響けば」を足して2で割ったような話だと思っています。

 このお話が気に入った方は是非、この2作品も覗いてみてください。


 秋本そら

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 二人が無事で親しい友達のままなのは嬉しいです。 すずが怨霊になる場面、「髪をまとめていた三つ編みはいつのまにかほどけ、ぼさぼさになり……」はすずの変化の様子が目に浮かぶようで、ゾッと感があ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ