新しい日常
夜が明けて、朝がやってきた。
私は夜見月駅の改札を通りぬけ、下り線ホームを目指す。
えみちゃんに早く、会いたいから。
「おはよっ!」
とんとん、とえみちゃんの肩を叩けば、彼女はそっとこちらを振り返る。
「おはよう。今日も元気だね」
「そう?」
ベンチに腰かけて、言葉を交わし、笑いあう。内容は、私の学校のこととか、家のこととか、たわいもないことばかり。
しばらくお喋りしていたけれど、ふと時計を見ると、電車の時間が近づいていた。あんまり長い話はできなさそうだ。でも、なにも話さないのもつまらないしなぁ……あ、そうだ。
「そういえばさ、えみちゃんの名前ってなんていうの?」
私の名前は教えたし、訊いてもいいだろうと思って問いかけてみた。
「私? おうのえみこだよ。『桜』に野原の『野』で桜野、『恵』に子供の『子』で恵子って読むんだ」
えみこちゃん、か。
「素敵な名前だね!」
「ありがとう。なんか照れるなあ」
えみちゃんがそう言ったところで、電車の接近を知らせるアナウンスが鳴り響く。
「今日の朝はここまでかあ。学校、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、むかいちゃん」
えみちゃんに見送られながら、やってきた電車に乗り込む。窓の外を見てみると、彼女はこちらを向いて手を振っていた。
とても幸せそうに笑いながら。
「ねえたんたん、話があるんだけど」
昼休み、そう言ってたんたんを人気のない階段の踊り場に連れ出した。
「どうしたの、いきなり」
「夜見月駅下りホームの、怨霊の話。聞きたいでしょ?」
「聞く!」
やっぱり『不思議』の話となると、食いつきが早かった。
昨日出会った怨霊のこと、えみちゃんはそれに操られていたこと、殺されかけたけど名前のおかげで命拾いしたことなどの話をしたら、彼女はつぶらな目を輝かせて喜んでいた。
「そんな情報、聞いたことがなかったよ……! ねえねえ、ネット仲間に教えていい?」
「んー……そうなるよねぇ……」
しばらく考えたけど、「怨霊が他の霊を操れるらしいこと」と「太陽が苦手らしいこと」の話だけね、と限定することにした。これ以上話したら、ややこしくなりそうな気がして。ちなみに、名前と魂の結びつきの話は結構有名らしく、たんたんはもう既に知っていた。なあんだ、つまんないの。
でもまあ、たんたんは「新しい情報がたくさん知れた!」と喜んでいたし、ま、いいということにしておこう。
待ち遠しかった放課後の時間がやってきて、私は夜見月駅へと向かう。そして駅に到着したら、すぐに下り線ホームへ。
「えみちゃん、やっほー」
「待ってたよ。朝の話の続きをしようよ」
「うん! 何の話をしていたんだっけ?」
二人でいつものベンチに腰掛け、一緒に言葉を交わす。
「たしか……むかいちゃんに名前を訊かれて、答えたところで終わったと思う」
「ああ、そうだったね」
私は生徒手帳とペンを取り出して、空いているページに『桜野恵子』と書きながら話し始める。
「あのね、今日の授業中、少し考えてたの。昨日の怨霊がえみちゃんのことを『負の感情と繋がらない魂』って言ってたよね? それが少し気になったから」
それでね、と続けながら、『恵』の字をくるっと丸で囲んだ。
「この漢字が、多分カギになってるんだと思うんだ」
調べてみたところ、この漢字には『思いやり』という意味が込められているらしい。負の感情とは程遠そうな、結びつかなそうな印象を抱いた。
「だから、怨霊はそんなことを言ったのかなって」
「……たしかに、そうかもね。私、生きてるときにはみんなに『周りのことを考えて行動できる、思いやりのある子だ』って言われてたし……それも、この名前のおかげ、かな」
二人で顔を見合わせて、笑いあう。
そして、学校であったことや、どうでもいいようなことばかりを喋る。
――この幸せな時間が少しでも長く続くよう、祈りながら。
また明日も、この場所で。
私とえみちゃんは、楽しく語らうのだろう。