呪いと呪い
怨霊が、えみちゃんを操って、私を殺そうとしている。
――逃げなくちゃ。
そう思うのに、動けない。
朝と同じだ。あまりに怖いから、動けないんだ。
時間の流れが、ゆっくりしているように感じる。
真っ赤な目をしたえみちゃんが、こちらに近づいてくるのも。
彼女が腕をあげ、私を突き落とそうとするのも。
電車が接近してくる音も。
やけに、ゆっくりだった。
「や、やめて」
かすれた声しか、出てこない。
「えみちゃん、やめて」
私を突き落とそうとする、えみちゃん。
「殺さないで」
声は、彼女に届かない。
怨霊が、こちらをじっと見つめている。
――トン。
えみちゃんの手が、私に触れて。
私は、あっけなくバランスを崩して。
電車が迫りくる、線路に――。
落ち、なかった。
目の前を電車が通り、緩やかに停車する。
――轢かれなかった。死ななかった。
腕を引っ張られ、なんとか危機一髪、助かったのだ。
ほっとすると同時に腰が抜けてしまい、頽れてしまう。
「もしかして、私、今……そんな」
呆然とした声が聞こえ、顔をあげる。
そこにいたのは、私を助けてくれて……私を殺そうとした人。
そう。えみちゃんだった。
目はいつも通りの色だ。赤くない。つまり今は、操られていないのだ。
「――どうして」
私が呟いたのと、怨霊が舌打ちをしたのが、同時だった。
『忌々しい奴め』
小さく、声が聞こえた。
『忌み嫌うものと繋がっているなんて……。お前のせいで呪いが解けてしまう。力がなくなってしまう。あまりにも、眩しすぎる』
意味が分かるような分からないような、そんな暴言を吐いて、怨霊はこちらを恨めしそうに睨みつける。
『わたしは……憎くてたまらない。ここでわたしを殺した奴が。ここで楽しそうに笑う奴も、つまらなそうに佇むだけの奴も、みんなが憎くてたまらない。だから殺す。そして殺されたことに怒り憎しみを抱いた魂たちを糧にして力を得てきたのに……なのに、あいつは怒りも憎しみも抱かなかった! そのうえ、負の感情と繋がらない魂だった! だからそれが気に入らなくて呪っていたのに……呪いをかけて人殺しをさせていたのに……忌み嫌うものと繋がるお前が、それを解いてしまったんだよ!』
真っ赤な目を光らせて、怨霊は言葉を吐く。
『お前のことが憎くてたまらない。今までの中で一番憎い。わたしの邪魔をするお前のことを、わたしはどうすることもできないからだ! わたしが直接触れたら、力がなくなってしまうことが簡単に分かるからだ! お前にかけられた呪いがわたしの呪いの力を超えるからだ!』
乱れた髪を振り乱して叫び、そして、姿を消す怨霊。
それを、私とえみちゃんは、呆然と眺めていた。




