言葉の呪い
ゆっくり、彼女の方を振り向くと。
すうっ、と。
えみちゃんの目が、見開かれたのが見えた。
「そんな……私、何もしてないよ。見間違えじゃ、ないの?」
震える声で、彼女は呟くようにして言った。
けれど私は、ふるふると首を振ることしかできない。
「むかいちゃん……私にはそんなこと、できないよ」
その声は、表情は、嘘を言っているようには見えない。えみちゃんは、本当に何も、知らないんだ。
なら、どうして。
どうしてあの時のえみちゃんは、人を線路に突き落とせたんだろう?
そして、どうしてそのことをえみちゃんは覚えていないんだろう?
首を傾げた、その時だった。
『――鬱陶しい気配』
えみちゃんのものでも、私のものでもない声が、聞こえた。
声がした方を振り向くと、そこにいたのは。
「――怨霊」
その言葉がふさわしそうな、一人の少女。
くるくるとパーマがかけられていたであろう、ぼさぼさの黒髪。
ぼろぼろになっている、薄汚い、長袖の黒いセーラー服。
奥に赤い光を宿した、鋭い釣り目。
そして、憎悪しかない、その表情。
――怨霊だ。
直感で、そう思った。
――夜見月駅の下り線ホームにいる怨霊は、えみちゃんじゃなくて、『これ』なんだ。
ホームの屋根の隙間から空を見上げると、もう暗くなり始めている。
……ああ、逢魔が時だ。
いつだかにたんたんが教えてくれた言葉が、頭をよぎる。
日が沈み、『魔』の力が強くなり始める時間、黄昏時のことをそう呼ぶのだと、言っていた。
……なんで、夕方に来ちゃったんだろう。明日の朝、電車に乗る前に話しかければよかったのに。
そう思うけれど、後悔したところでなんの役にも立たない。
「えみちゃん」
なんだか不安になってきて、振り返りながら名を呼んで、気がついた。
隣に、彼女がいないことに。
「えみちゃん!?」
辺りを見回すと、彼女は、怨霊のすぐそばに、いた。
「えみちゃん!」
叫ぶように名前を呼ぶけれど、駆け寄るけれど、えみちゃんは反応してくれない。
なんで、どうして……?!
『あの子を殺しなさい』
その声に思わず、固まった。
怨霊は片手でえみちゃんの肩をがっしりと摑み、もう片方の手で私を指して、そう言ったのだ。
『突き落としてしまいなさい』
電車の接近を知らせるアナウンスが、流れ始める。
『鬱陶しい気配を、消してしまいなさい』
私がいる場所は、ホームの縁に、近かった。
「――分かりました」
そう答えたのは間違いなく。
えみちゃんの、感情のない声だった。




