恐怖と疑問
あの事故がショックすぎたのか、寝込んでしまった私は、学校を一日休んだ。
事故の後のことはよく覚えていない。どうやって駅を出て、どこを通って家に帰ったのか、分からないのだ。ただ、気がつくと私はベッドの上に倒れ込んでいた。そしてそのまま、動けなくなっていた。事情を知ったお母さんが消化の良いおじやを作ってくれたけれど、数口しか食べられなかった。
たんたんからは、私を心配し気遣うラインが大量に届いた。事情を話す気にはなれなかったから何も伝えていないのだけど、『ツイッターで話題になってた』らしく、あの事故のことは知っていたみたいだ。『無理はしないでしっかり休みなよー!』という言葉がありがたかった。
学校を休んだのが金曜日だから、そのまま土日も家に引きこもり、次に夜見月駅に向かったのは、あの事故から数日経った月曜日のことだった。
いつも通り改札を抜け、下り線の階段に向かう。
けれど、いざホームに向かおうとすると、足が、言うことを聞いてくれなくなる。
目の前にある階段を登りたいのに、進めない。
地面に縫い付けられたかのように、動かない。
このままだと、学校に行けないのに。なのに。
どうして、階段の前から動けないんだろう。
……本当は、理由なんて分かっている。
どうしようもなく、怖いのだ。
この先には、あの子がいる。見知らぬ誰かを殺した、えみちゃんが。
彼女があんなことをするなんて、信じたくない。けれど、家に引きこもって寝込んでいる間、ずっとあの瞬間の映像が脳内で流れていたのだ。
えみちゃんが、男性を殺した場面が。
真っ赤な目を光らせて、無表情で男性を突き落とした彼女が。
怖い。
怖い。
怖くて怖くて、たまらない。
そうか、だからホームに行きたくないんだ。
そんなえみちゃんに、会いたくないから。
……でも、学校には行かなくちゃいけない。
それに、噂話の内容は、こうだった。
『夜見月駅の、夜の下り線ホーム、その北側には近づいてはいけない』
つまり、夜の下り線ホームでなければ、立つ位置が北側でなければ、大丈夫なはずだ。
今は朝だし、昔のように南側に立っていればいい。
そう言い聞かせ、なんとか階段を登り切る。立ち止まったら動けなくなりそうだから、一気に。
意外と階段下で立ち往生していた時間が長かったらしい。ホームに着いたところで、乗る予定の電車がやってきた。
「……えみちゃん」
北側を、少しだけ振り返る。
いつもならば、一緒に話して笑っていたはずなのに、今日はそばにいない。
私が、避けたからだ。
誰かを殺していたえみちゃんは怖いけれど。
でも。
でも、普段のえみちゃんは?
今、彼女の目は赤く染まっているだろうか?
いや、そうでなかったとしても、やっぱり――。
発車ベルが聞こえ、慌てて電車に飛び乗った。
――ドアが閉まり、発車。
ガタコン、ガタコン、と揺られながら、少しだけ考える。
いつも楽しそうな微笑みを浮かべていたえみちゃんと、真っ赤な目をして人を殺していたえみちゃん。
一体どちらが、本当の彼女なんだろう?




