9話 『ファン交流という名の人気の可視化』
副題は消してみました。
暫くはこれでいこうかと。
野球してない話が続くので、この話を差し込むかは悩んだのですが、どうせならキリの良い10話で開幕戦になるようにしました。
「俺たちでチームを優勝させよう」
そんな熱血青春漫画で見るようなバカげた言葉を、俺たちは近郷の口から聞いた。
「それを言うために俺たちを呼んだのか? そんな歯が浮くみたいな意気込み、マスコミ相手だけで十分なんだよ」
佐原がそう言った。
その顔は心底うんざりしていて、早く休みたいという気持ちがありありと見て取れた。
それはそうだろう。彼は先ほどまで試合中のエラーに対する罰として、自ら志願してコーチから地獄のノックを受けていたのだから。
周りを見渡すと、彼以外も同じような顔をしていた。
近郷、佐原、上原、水瀬。
そして俺、この中で唯一の投手である国奏。
俺たちは全員ウルフェンズに、1年前にドラフト指名された高卒入団のプロ野球選手である。
プロ野球界を震撼させたウルフェンズの変革ドラフト。
これまでの指名傾向から一変した高校生偏重のドラフトは、ファンをとても驚かせた。
親会社の交代。フロントの入れ替え。
彼らは新時代の到来を期待していた。
そして、期待された俺たちは――
「そもそも、無理に決まってんだろ。こんなチームじゃ……」
――まともに結果を残せていない。
「まじめに練習もせず、負けてもヘラヘラ笑って、毎日飲み歩いている。しかも、チームの主力選手が率先して。そりゃシーズン90敗するわ。そんで俺たちは……」
言いながら水瀬の顔が暗くなった。
続く言葉は、簡単に予想できた。
「そんな、クソみてぇな先輩からもスタメンを奪えてねぇ」
流れる雰囲気が重くなる。勿論、俺も。
プロ野球選手。
子供の頃に見た、カクテル光線を浴びて夢のように輝いていた世界は、実際入ってみると悪夢のような光景で溢れていた。
練習中にメニューをこなさずグラウンドでサッカーをしていた選手。
試合中にベンチの裏に引っ込んでタバコを吸ってるレギュラー。
試合前練習に平然とした顔で遅刻してくる選手たち。
そしてそれを、注意しようともしないコーチ陣。
最初に見た時は、俺も目を疑ったさ。
これは二軍の話じゃない。客を入れて、TVでも中継される一軍で、だ。
それでも、俺たちはそんな選手からもレギュラーを勝ち取れない。
プロの世界ってのは基本的にアマチュアで化け物だった奴らが集まる。
腐っても宝石なのだ。
高卒ルーキーじゃ、ほんの1年前までは学ラン着て学校に通ってたガキじゃ、遊んでる奴等にも勝てなかった。
「俺はこんなチーム出て行ってやる。すぐに一軍の席を掴んで、FA権取って他球団に移籍するだけだ。ここにいたら、俺まで染まっちまう」
佐原はそう言った。
口調には確固たる決意が滲み出ている。
「おいおい、ガタイの割に気がなげぇんだな。佐原」
「なんだと……?」
その佐原の決意に、あっけらかんと近郷は言い放った。
佐原が近郷を睨む。
しかし、近郷はそれを気にした様子も見せずに言葉を続けた。
「そんな長い事我慢するくらいなら、今変えちまおうぜ。俺たちで」
何を馬鹿な事を。
第一、お前だって期待されて積極的に起用されたのに、成績を残せていないじゃないか。
「俺たちが中心になって、ウルフェンズを最強にするんだ」
そんな俺たちの心がありありと現れた視線の中で、近郷愁斗はにやりと笑ってそう言った。
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プロ野球選手にとって、ファンとの交流は重要なものだ。
球場にファンが見に来てくれるからこそ選手に給料が払われるのであり、観客がいるからこそエンタメとしての野球が成り立つ。
少し生々しい話をすれば、選手のグッズの売り上げというのは、ある程度が選手に入ってくるようになっている。
超一流の選手にもなれば、グッズ収入のみで5000万は入ってくる。
そういう事もあり、人気のあるなしというのは、選手にとっても球団にとっても重要なのだ。
だから、球団はファンサービスとして様々なイベントを企画する。
力の入れようは大小あれ、これはどの球団も同じである。
という事で阪京ホワイトオウルズは、今現在キャンプに使っているグラウンド横のテントで、サイン会を行っていた。
幾人かの選手が横並びに座り、その前に選手のファンがぞろりと並ぶ。
ホワイトオウルズは歴史がある球団という事もあり、熱心なファンが多い。横を見ればちょっとびっくりするくらいの人数が並んでいる。
そんな球団に、FAで移籍してきた国奏の列には――
「…………」
――人の気配がなかった。
いや、0ではないのだ。
勿論何人かは並んでくれた。
しかし、それもすぐに捌けてしまえる程度。他の列と比べるとかなり寂しい。
並ぶ人たちも、なんか明らかについでなのだ。本命の選手がいなかったからとりあえずこいつでいいかぁみたいな。
あとサインいっぱい手に抱えたおばちゃん。所謂サインをもらうベテランのおばちゃん。大体どこのチームのファンにもいるおばちゃんである。
いや、嬉しいしありがたいけどね?
国奏だって野球選手。ファン人気はあった方が嬉しいに決まっている。
ウルフェンズ時代は、ぱっとしない投手陣の、しかも中継ぎの一角という事もあり、それほど人気があるわけでもなかった。
だから、球団の広報からサイン会をしてもらえますか? と言われた時、ちょっと期待したのだ。
人気球団のホワイトオウルズなら、俺でも人気が出るんじゃないか、いっぱいファンが並ぶんじゃないか、と。
現実は、どこの球団でも見るおばちゃんクインテットである。
こんな俺のサインを貰ってくれてありがとうございます、と思えども。
やっぱり、ちょっと寂しい。
「ははは……そんなに落ち込まなくても、僕よりはましじゃないか。国奏くん」
「あぁ、不破さん。いやいや、不破さんの方が人気ありますって」
と、そんな国奏へ話しかけてきたのは、同じく横でサインを書くために座っている不破仙太。
今季34歳になるホワイトオウルズのベテランピッチャーである。
不破の前にも、あまり人は並んでいない。
二人して不人気。ファンがいないのを慰め合うアラサーとミドルサー。
あなたの方が人気ありますよ。
いえいえ、そちらの方が。
どちらも花のプロ野球選手だというのに。
何とも虚しい時間である。
「あ、あの! 国奏選手、サインお願いします!」
「ん?」
そんな中年達の前に、一人の女性が。
ニット帽を被った今どきの女の子という感じである。
「ぁ、あああの! ずっとファンで、ウルフェンズの時から応援してて!」
「お、おぉ。ありがとうね」
前のめりになって熱弁する彼女に、少し圧倒される国奏。
「宛名は、音無栞奈でお願いします! こういう字です!」
彼女は自分のスマホを取り出し、画面を机に置いて見せる。
そこには、漢字で書かれた彼女の名前がメモアプリに表示されていた。
ペンを持ち、色紙にサインを書いていく。
「音無さんね……あれ? もしかして昔ウルフェンズのファン感に来てくれてた?」
その漢字の形と音の響きに、何か既視感を感じた国奏は、彼女にそう尋ねた。
数年前のウルフェンズ時代に行ったファン感謝祭。その時に、同じ名前のサインを書いたような覚えがある。
少し珍しい名前だったから、記憶に引っかかったのだろう。
彼女の顔が驚いたものになり、瞬時に高揚したものになる。
「お、覚えていてくれたんですか!? 当時は高校生で、でもその頃からずっとファンで。だから、国奏選手がFAしちゃうって聞いた時凄く悲しかったんですけど、ちょっと考えたらリーグ違うし同時に応援できるじゃんって……あぁ私何言ってんだろ。すみません!」
急に早口で語り始めた彼女に、国奏は呆気に取られてしまう。
その反応を見るに、どうやら国奏の曖昧な記憶は合っていたようだが……。
そんな彼の様子を見て、彼女の顔がカァっと紅潮した。
「本当に、国奏選手は凄い成績を残せると確信してるんで、ごちゃごちゃ言う声なんか気にしないで、マジ頑張ってください!! あっ、マジとか言っちゃった……ごめんなさい! サインありがとうございましたぁ!」
「あっ、走ると危ないよ!」
バッとその場を離れていく彼女の背中はすぐに見えなくなり、人ごみに紛れていった。
成り行きを見ていた不破が、微笑みながら国奏に語り掛ける。
「国奏くん。いいファンがいるじゃないか。わざわざ沖縄まで追っかけてくれるだなんて」
「……えぇ、本当に。ありがたい事ですよ」
不破の言葉に、国奏は頷く。
実際、彼女の言葉にはとても心を打たれた。
もしかしたら、ウルフェンズのファンは全員自分を恨んでいるんじゃないか。
逆転弾を献上し、日本一を逃した上に移籍した国奏は、もしウルフェンズの本拠地で登板すれば、ブーイングされる可能性も高いだろう。
そんな中、純粋に自分という野球選手を応援しているという言葉は、彼の心を震わせた。
(そうだよな。俺の頑張りを見て応援してくれてたファンだっているんだ。俺はそういう人たちのためにも、結果を残さなきゃいけない)
誓いを新たに。
より気が引き締まる国奏である。
「しかし……やっぱり僕より人気があるじゃないか……しかも若い女の子だし」
「えっ? あっ! いやいや、不破さんだって熱心に応援してくれる人がいますよ、絶対!」
「ははは……同情はいいんだよ。どうせ僕なんて期待外れの金食い虫さ」
「いや、不破さんはローテ投手じゃないですか。立派ですって」
人気がないと拗ねてしまった不破(34)を慰める国奏(29)。
二人ともプロとは思えない、何とも夢がない光景であった。
一応言っておくと、この作品に恋愛的なヒロインは出ません。