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6話 『解放された男』

 


 なんかすげぇ調子がいいな。


 そんな適当な感慨と共に、国奏淳也は何ともなしにシートバッティングの相手打者から三振を奪った。


 オフシーズン、国奏が重点的に行った事と言えば、肩の疲労回復である。

 完全にノースロー調整で疲労を抜き、行きつけの整体で体のバランスを調整し、睡眠時間から食事まで徹底管理の元、すっきりとした体でキャンプにインした。


 昨シーズン、ウルフェンズのチーム状況もあり、馬車馬のように働いた国奏。

 その過酷さは今までの比ではなかった。

 3年前の60登板。2年前の70登板までは、まだ理解の及ぶ疲れだった。

 いや、70試合も投げたら、普通は投げさせ過ぎだとベンチが批判される程度には酷使なのだが、それでもまだこんな感じかと言えるぐらいの余裕はあった。


 だが、101試合はレベルが違った。


 開幕から離脱者続出。昨年まで共に(酷使と)戦ってきた頑丈さが取り柄の戦友マーフィーは、昨シーズン限りでメジャー栄転。

 国奏は開幕から異常なペースで試合に出続けた。


 唯一の癒しは、今年台頭してきた若手の右投手、遠藤。


 ――国奏さん、一緒にウルフェンズのブルペンを守りましょうね!

 ――あぁ、俺とお前がチームを支えていると言っても過言じゃない。後輩だからと言って遠慮するな。俺達は一蓮托生だ。


 新たな戦友を手に入れた国奏は勇気凛々。こいつならば我らがウルフェンズのブルペンを救う救世主になれると確信していた。


 ……1か月後、肩の違和感でメディカルチェックを受けた遠藤が故障者リスト入りするまでは。


 申し訳なさそうな顔で、「すいません。無理し過ぎました」と謝る遠藤を見ながら、国奏は頭の中で瞬時に今シーズンの登板数を予測演算していた。


 遠藤が健在でフルシーズン投げると仮定していた時の自身の登板試合数は、およそ75試合前後。

 これならば、何とか今のピッチングでもシーズンを完走できる。


 そこから、遠藤が抜けた場合の試合数を計算……あれ? おかしいな。何度試算しても100試合超えるんだけど……。


 ――あっ、ダメだ。俺今年このままだと死ぬわ。


 半分白目を剥きながら、国奏が投球スタイルの変更を決めた瞬間であった。


 そんなこんなで知り合いのトレーナーからのアドバイスもあり、成績はある程度犠牲に省エネ投法で100試合を投げ切った国奏の体には、尋常ではない程の疲労がたまっていた。


 具体的に言えば、オールスター明け、8月あたりからは試合以外のすべての時間を疲労回復に費やしても、身体から疲れが抜けなかった。


 故に、国奏にとってこのシートバッティングは、半年以上ぶりの万全の状態での実践。


 なんかブルペンの時から肩が軽いなぁと思っていたが、此処にきて、実際に打者に投げてみて国奏は確信していた。


 ――俺、明らかにレベル上がってるわ。


 軽い、軽い。

 肩も体も羽毛のように、意のままに動かせる。


 重りを付けたような死んだフォームから、躍動感のあるダイナミックなフォームへ復活。


 前人未到の100試合から解放された男は、このシートバッティング、打者10人に対し被安打1。

 球数47球を投げ、6奪三振。約3イニング分を無失点で抑えた。


 




「うーむ。思った以上にええなぁ」


 マウンドに立つ国奏をベンチで眺めながら、オウルズ一軍監督である真野(まの)昭信(あきのぶ)は感嘆の声を漏らした。


「でしょう? 散々言うといたやないですか。国奏ええ感じですよって。監督見ようとせんのやから」


 横で返事をするのは、投手コーチの江藤である。


 バシンッ! またキャッチャーミットに鋭い球が収まる音が響いた。

 5つ目の三振である。


「どうやら本当に怪我はないみたいやな」


「えぇ、球団のメディカルチェックでも特に問題は見つからんかったようですわ。あんだけ投げといて、恵まれたええ肩肘を持ってるようで」


 うーむ、と腕を組み唸る真野監督。

 それを見て、江藤は不思議そうに尋ねた。


「どうしたんですか? そんなババ我慢してるみたいな顔して」


「あほ言え、ワシ監督やぞ。……いやな、なんでウチに来たんかなぁって」


 ホワイトオウルズが国奏に提示した条件は、正直あまり良いと言えるものではなかった。


 決して相場より悪いという訳ではなかったが、普通。普通の条件である。

 そしてFA交渉で普通の条件を提示するという事は、ほぼ獲得は不可能である事を意味する。

 何かが間違って穫れたらいいな、程度の所謂ファンへのアピール市場参戦というやつである。


 国奏に対して交渉した球団は、ホワイトオウルズ以外に2球団。

 昨今積極的にデータ班を充実させ急激に成長してきた神奈川ドラーズと、福岡を本拠地にする強豪球団オリエントバックスである。


 どちらもオウルズより良条件を提示していたと、真野は球界の情報網で聞いていた。


「なんか、他にあったんか? 実家が近いとか昔からファンやったとか」


「いえ、特にそういう事はないみたいですわ。本人に聞いても、できれば3連投以上をなるべく避けられるところを選びました、つって冗談なんか分からんこと言うてますし」


「……まぁ、今のウチなら100試合も投げさせる事はないやろうけど」


 まさか二人は知る由もあるまい。


 国奏が、「自分が移籍した時に、最も良い成績を残せて、それでいてウルフェンズとは違うセリーグの球団」という条件のみで移籍先を選んでいたことを。


 FA選手が当然に求める複数年契約や出来高、引退後の待遇などは一切考慮していなかったことも。


 オリエントバックス……パリーグ所属なので却下。


 神奈川ドラーズ……セリーグだが、中継ぎ事情が不安。調べると、昨シーズンは勝利の方程式のうち、二人が70登板越え。まさかないとは思うが、ウルフェンズ並みの酷使を要求される可能性がある。本拠地もヒッターズパークであるハマスタだ。却下。


 阪京ホワイトオウルズ……セリーグ所属。本拠地はピッチャー有利の甲子園。そして何より、一見すると強くない。そして――スタメン、昨シーズンの一軍出場選手に、若手が多い。


 ここだな。

 国奏は頭の中で思い浮かべた。

 日本シリーズ、ウルフェンズ対ホワイトオウルズ。相手のクリーンナップを、要らないと放出された国奏が完ぺきに抑え、日本一。


 最高じゃないか。

 弱小球団を引っ張り、強豪チームを打ち砕く。

 あの偉そうな顔をしたゼネラルマネージャーの呆けた顔が目に浮かぶ。


 何よりドラマがある。

 このような熱い心持ちは、学生時代以来感じたことがなかったが、国奏だってまだ30手前。

 心が枯れるにはちと早い。


 そんな訳で、国奏はホワイトオウルズを移籍先に選んだ。


 勿論、国奏だってたかが中継ぎの自分一人でチームを優勝させられるなんて思っていない。


 国奏は自分に交渉に来た3球団を、ある独自の視点で分析していた。


 その視点とは、「どこが一番ウルフェンズに勝てるチームになり得るか?」というもの。


 はっきり言って、ウルフェンズの所有戦力は圧倒的である。

 史上最強と評された打線は、中軸の近郷がメジャー流出してもなお12球団トップ。

 問題である投手陣も、確実に若手が伸びてきている。

 それは元々チームを内から見ていた国奏自身も実感していた。

 更にドラフトで即戦力投手を3人指名し、MLB実績のある助っ人外国人投手を獲得した。茂木多GMは本気で今年も日本一を狙っている。 

 来シーズンは間違いなく、投打にバランスが取れたチームになるだろう。


 そんな最強に勝てるチームとは、一体どんなチームだろうか?


 ただ強い、では足りない。

 それだと圧倒的に強いウルフェンズに上から叩き潰される。


 必要なのは、爆発力。それと意外性。


 正直に言うと、ペナントレースでウルフェンズより上の順位に行ける球団は、今のNPBには存在しないだろう。

 これは間違いない。それぐらい飛びぬけている。


 だが、短期決戦なら。

 日本シリーズの最大7戦までなら、可能性はある。


 だから、パリーグは選択肢から外した。

 地力的にはセの球団を上回っていたとしても、そこに可能性はない。


 神奈川か、阪京。

 どっちがより特徴的で、可能性があるか。

 現時点での強さではなく、そこを見て国奏は阪京ホワイトオウルズならあり得る、とここを選んだのだ。 



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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんと野球の描写ができていたところ、阪神に移籍してもらったところ、西武ぽいところが良かったです。 [気になる点] 監督はたぶん真弓さんがモデルなのだと思うんですけど、選手はいつの時代を…
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