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5話 『新天地にて』



 20XX年、2月1日。

 プロ野球界においては、春季キャンプが始まる日。


 野球選手にとっては、一年の始まりともいえる重要な日、その前日。


 阪京ホワイトオウルズの一軍選手と球団関係者は、沖縄県宜野座村のホテルにて、チームミーティングを行っていた。


 広々とした会場に次々と集まる選手たちや関係者たち。

 その様子を必死に写真を撮る記者の数々。

 プロ野球の風物詩、キャンプインである。 



 全ての席が埋まったことを確かめた進行役が、マイクを手にミーティングの開始を宣言する。


 しばらく形式的な言葉が続いた後、新加入選手の紹介へと入った。


『え~、20番。国奏選手』


 数人の紹介が終わった後、背番号と共に国奏の名前が読み上げられた。


「はい」


 立ち上がり、周りを見渡す。

 新入団選手は、ここで自己紹介をする決まりだ。


「今シーズン、ウルフェンズから移籍してきました国奏淳也です。よろしくお願いします。このチームを日本一にするためにやってきました」


 ざわつく会場。

 所々から溢れるおぉ~、という感嘆の声。

 少し笑いが零れたところを見ると、冗談だと思われたようだ。

 その様子を静かに見守った後、国奏は席に座った。


 今シーズンの国奏の目標はただ一つ。

 阪京ホワイトオウルズ、弱小と呼ばれる昨シーズンセ・リーグ最下位のチーム。


 30年日本一になっていないこの球団で、最高の成績を残し、ゆくゆくは日本シリーズで古巣のウルフェンズに打ち勝つ。


 それが最高の結果。


 自分を要らないといったウルフェンズへの最高の恩返しである。



 






 

「いやぁ、しかし今年のオウルズは良いですねぇ」


 ブルペンで投球練習をする選手たちを見ながら、球団番記者の河合(かわい)相馬(そうま)はそう言った。

 同時に、バシン! という乾いた音がブルペンに響く。


「おぉ~、そうやろそうやろ! 今年はみんな気合入れてくれてのぉ」


 それに答えるのは、オウルズ一軍投手コーチの江藤(えとう)である。

 二人はブルペン横の椅子に座りながら会話をしていた。


 春季キャンプ。

 チーム全体として、レベルアップや仕上がりの確認をし、シーズンの試合に備える期間。

 キャンプを見れば、その年のチームの成績は大体分かる。そう言われている。

 つまり、キャンプ時の仕上がりというのはそれだけ重要なのだ。


 既に午前の全体練習は終わり、選手たちは午後の個人練習へと移行していた。

 投手のうちの何人かは既にブルペンに入っている。


「えぇ、お世辞じゃありませんよ? 野手はみんな去年より明らかにバットが振れていますし、投手も流石のレベルの高さだ。私は今年のオウルズは何かあるんじゃないかと思っているんですよね……これなら――」

 

 河合の目が鋭く光る。


「これなら――()()()()()()でしょうね!」


 満面の笑みでそう言った。


「お、お前……」


 対する江藤は、その言葉に衝撃を受けたように目を見開き――


「お前もそう思てくれるんか! これなら最下位はないよなぁ! ガハハ!」


 これまた笑いで答えた。


 

 阪京ホワイトオウルズ。


 先発そこそこ、中継ぎ良好、野手ひどい。


 30年間日本一になれず、リーグ内でも優勝1度。

 戦力が揃った年も、何故か2位。

 大事な試合で必ず負ける。


 チームに染み付いた負け犬根性は、相当のものであった。








 春の兆し。差し込む日光。グラウンドには一縷の風。


 日本本土は未だ冬の尾を引いているが、沖縄は宜野座村ではひと時早く春が到来していた。


 暑すぎず、寒すぎず。

 まさにスポーツ選手にとって理想的ともいえる気候で、キャンプは進む。


 今日の予定は、シートバッティングである。


 より実践的な形式で行うこの練習は、選手にとってはアピールの場でもある。

 同じチーム、同じ仲間同士と言えども、打席に入る野手、マウンドに上がる投手、どちらも獣のような眼光で相手を睨む。


 さぁ見ろ。俺を見ろ。俺は役に立つぞ。


 監督、コーチに自分を売り込むその姿は、一軍という環境の中での競争が如何に激しいかを物語っている。


 特に、昨シーズンはスタメンで出られなかった選手や若手の選手など、実績の乏しい人間はキャンプの出来ですべて決まると言っても過言ではない。

 結果が悪ければ、開幕前に二軍に落とされる。一度落とされてしまえば、その分一軍でのアピールチャンスも少なくなる。いや、次第によっては1年間二軍で過ごすかもしれない。


 今、打席に入らんとする男。

 島袋(しまぶくろ)陽介(ようすけ)もそのうちの一人だった。


 26歳。右投げ右打ち。大卒のドラフト3位で入団。強肩俊足が取り柄の外野手。

 1年目から一軍でちょくちょく守備代走で顔を見せてはいるが、いまいち活躍できていない。

 その理由は、打力の低さ。

 細身ながら、小力があると評されるその打撃は、当たれば飛ぶ。

 しかし、確実性が低い。一軍レベルの投手の球だと、当たらない。

 ロマンは感じるが、一向に芽が出ない。

 それが首脳陣からの島袋の評価だった。


 打てないと、スタメンにはなれない。どんなに守れて、どんなに走れても、代走や守備固めの便利な選手として、ずっとベンチを温める事になる。

 無論、それ自体はチームにとっては重要な役割であり、間違いなく勝利に貢献していると言えるだろう。

 

 しかし、島袋はそんな選手で終わるつもりは毛頭なかった。


 プロで多く金を稼ぐためには、スタメンで打席に立って打つ必要がある。

 一軍に定着できても、ずっとベンチウォーマーでは年俸はせいぜい3000万がいいところだ。


 大卒でプロ入りして、4年目。

 4月には27歳になる。そろそろ掴まないと、マズい。

 期待の若手、ロマンの枠に居続けられるのは、若い間だけだ。

 プロ野球界では、年を重ねるのは喜ばれる事ではないのだ。


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 島袋は大きく息を吐いた。


 バッターボックスからマウンドを睨む。

 そこに立つのは、今季FAでオウルズに加入してきた国奏である。

 実績を引っ提げてやってきたFA選手である国奏は、当たり前に一軍スタートが確約されている。

 

 こういう選手は、開幕まではスローペースで調整することが多い。

 このような早い時期に実戦形式のマウンドに立つのは結構珍しい事なのだが……島袋にとっては都合が良かった。


(絶対に、打つ!)


 実績ある投手から打つヒットは、たとえ練習でも価値がある。

 ここで結果を出せば、一気に開幕一軍が近くなる。


 自信はある。

 今年のオフは、打力強化に重点を置き、バットを振る回数を増やしてきた。

 体幹強化や、食事の見直し。フォームもオープン気味に変え、球を見れる時間を伸ばし、確実性を高めた。

 その甲斐あって、フリーバッティングでの飛距離は間違いなく伸びている。


 そして、相手はあの国奏淳也。

 シーズン101試合を投げた鉄腕。

 その記録は素晴らしいモノで、間違いなく一軍レベルのピッチャーだ。

 だが……


(101試合も投げて、体に影響がないわけがねぇ! 絶対にどこかガタが来ている筈!)


 投げ過ぎた投手は壊れる。

 当然のことだ。肩は消耗品なのだから。

 どんな選手でも、一軍で結果を残そうと思ったら毎試合を全力で投げるしかない。

 そんな状況で、毎日毎日肩を作る中継ぎ投手は、寿命が早い。

 一部の例外(バケモノ)がいるだけで、基本的に60試合も登板すれば、何処か体に影響が出る。

 次のシーズンはその違和感を抱えながら、一軍の席を渡さないために投げ続ける。

 そうやって違和感はごまかしきれない故障に繋がり、数年後には成績を落としていく中継ぎ投手が完成してしまう。


 だから、この状況で相手が国奏なのは、島袋にとっては僥倖だった。

 実績ある投手が、間違いなくパフォーマンスを落とした状態で投げてくる。

 

 絶好のアピールチャンスだ。

 

 必ず打つと再び気合を入れ、打席内で構えをとった。


 国奏が動き出す。

 左のスリークォーター。

 出所の見えにくい変則気味なフォームから繰り出される直球が、国奏の左腕から放たれる。


 ――外角低め、ストレート!


 アウトロー、少し真ん中に入ってきている。

 打てる。

 そう判断した島袋は、迷いなくバットを振り抜いた。


 しかし。


 ――なっ!?


 グンっ! とボールが加速したように島袋には感じた。

 バットがボールの下を切る。

 タイミング的には、明らかに差し込まれた形。


「ストライッ!」


 アンパイアのコールが響いた。

 電光掲示板に表示された球速表示を見る。


 表示された球速は、143km/h。


 ――マジかよ、体感150は間違いなく超えてたぞ……


 2球目が投じられる。

 今度もストレート。

 またアウトロー、ストライクゾーンには入っている。

 

 しかし、島袋は手を出さなかった。

 相手の直球がどんなものなのかしっかり見て確認する。


 ――成程、かなり球持ちが良くて、伸びてくる。回転量もすげぇな。だけど……


 元々リーグが違う国奏の投球をよく知っている訳ではない。

 しかし、去年の日本シリーズくらいは野球人として島袋も見ている。

 そこで見た国奏は、直球とチェンジアップしか投げない投手だった。


 どれだけ凄いストレートを持っていたとしても、それだけならば打てる。


 そう確信した島袋は、悠々と構え直し、次の球を待った。


 3球目。

 またもや外角低め。

 軌道も直球。

 いける。


 いつもより、気持ちボールの高めを振る。

 ノビのいい球を捉えるには、こういう感覚の修正も必要だ。


 だが、ボールは島袋の予想とは違う動きをした。


 ――なっ! 変化球!?


 ほとんどストレートと同じ軌道からきたボールは、いざ島袋に近づくと、沈むように横滑りして変化した。

 

 当然予想もしていなかった島袋は三振。


 いや、予想していなかったとしても、投げられた変化球の質が低ければいくらでも対応できただろう。

 しかし、国奏が投げたカットボールは、一級品だった。


 何故こんなボールを持っていながら、使っていなかったのか。


 茫然とした様子で立ち尽くす島袋の耳は、球審のストライクスリーコールも聞き流していた。


「あほぉ! 振り逃げせんかぁ!」


 後ろからの檄に、はっと意識を取り戻す。

 キャッチャーの方を見ると、国奏が最後に投げた変化球をミットではなく体で受け止めていた。

 

「やばっ……」


 急いで1塁に駆け出すが、もう遅い。


 ボールを拾ったキャッチャーに、ぽんとミットで肩を叩かれる。


 ――やっちまった。


 アピールするはずが、とんでもないボーンヘッド。


「くそっ」

 

 すごすごとベンチに戻る島袋の背中は、哀愁に満ちていた。



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