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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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44話 『Ghost Strike』 Ⅱ




 プロ野球は職業である。

 試合の結果。打席の結果。投球の結果。一つ一つのプレーにも、金銭という名の責任がついて回る。


 背後には巨額の投資が動き回り、アマチュアの環境と比べると関わる人数も桁が違う数となる。

 勝利は成果。

 順位は業績。

 球団全体で、優勝という目的のために動くのがプロ野球。プロスポーツ。

 戦っているのは選手だけではないのだ。


 『2年目のジンクス』という言葉が存在する。


 選手がブレイクした次の年に成績を下降させる現象を指す言葉だが、これは相手チームから研究され、対策を講じられる事が大きな要因であると考えられている。


 想像してみてほしい。一般企業で同業他社のライバルに、業績で圧倒的な差を付けられたとする。この企業がその他社に対して全く研究・分析をしないまま次の四半期に入る事はないだろう。

 必ず何かしらの対策をとる筈だ。


 出る杭は打たれる。

 その杭が自分たちを脅かす存在となれば、猶更だ。


 数字、癖、特徴。

 あらゆる要素全てを使い、頑強な金槌を作り上げ、その杭がひしゃげようとも叩く事を止めない。

 プロの世界とはそういうものであり、それに抗う為には、常に対策と変化が求められる。


 一昔前の環境と比べると、ベースボールには随分と多くの数字が氾濫している。


 かつて、ダイヤモンドフィールドは謎に満ちていた。

 守備のうち、どこまでが投手力でどこまでが守備力なのかは霧に包まれていた。故に守備力がどれほどの価値を持っているのか明確に判断する事は不可能だった。

 防御率が低い投手が優秀な投手なのか? しかし、年度ごとに大きく防御率が上下する投手もいる。前年度はリーグMVP級のパフォーマンスを見せたピッチャーが、怪我をしたという訳でもなく、次シーズンに平均以下の防御率になり下がる。かと思えば、その次のシーズン、再びトップクラスの成績を叩き出す。ただの不調なのか? だが、一度数字を下げたまま、二度と浮上してこない選手もいる。


 彼らを分ける要素は何なのだろうか?

 投手の能力とは、守備の能力とは、真実何を指しているのか。どれだけ勝利、順位という業績に関わってくるのか。

 野球というスポーツに存在するブラックボックス。

 どの要素が、どのように作用して、どの成績が出力されているのか。

 そのような疑問に対し、答えを求め、推測と研究を行った先人達。彼らの努力により、霧に包まれたベースボールの正体はかなり輪郭が浮き上がってきている。


 未だ完全とは程遠いが、しかし確かに、グラウンドに潜む魔物の姿は解き明かされ始めているのだ。


 どういう球が効果的で、どういう球が打たれるのか。

 打てない球を打ち崩すには何を意識すればいいのか。

 メカニクス的な欠陥をデータによって把握し、それを修正する。

 そしてより洗練されたプレーがグラウンドで繰り広げられ、また対策と克服のいたちごっこが始まる。

 

 出る杭は打たれる。

 現代野球において、その打たれ方はかつての比ではない。

 何しろ、情報の精度が昔とは違う。


 どんなに細かい穴でも掘り下げられ、そこから崩される。


 だからこそ、杭には変化が求められる。常に好成績を叩き出す選手は、必ず変化している。


 ただ、何事にも“例外”は存在する。


 どんな材料で金槌を作ろうと、曲げる事すらできない素材で構成された杭。

 異質・異世界的としか表現できない、分析すら不可能な特殊個体。


 彼らは、変化すら必要とせず。

 己のスタイルを貫き、ひたすらに突き抜ける。


 そんな“異常”は、今だからこそ、より輝きを増していくのだ。





 ◇





 ジョシュア・テイラー・ハミルトン。

 J.T.ハミルトンは、今シーズンからウルフェンズに加入した元メジャーリーガーである。


 来日前年のメジャーリーグ成績は、32登板、3勝3敗、防御率(ERA)5.42。

 シーズン終了後にFAとなり、その年末にウルフェンズへの入団が決定。

 190cmの長身から繰り出される変則スリークォーター。最速157km/hのフォーシームが武器の大型左腕。


 現在28歳の彼のキャリアは、全米ドラフト全体254位という位置から始まった。


 大卒でプロ入りし、ルーキーリーグ、A、AA、AAAリーグと年々順調に評価を上げていったが、メジャーでは制球力不足により苦しみ、成績が残せなかったところをウルフェンズが獲得。

 しかし、NPBにおいてその才能が開花。制球指標全般が大幅に改善し、来日一年目から超一流のクローザーとして日本球界に君臨した。


 64登板、3勝1敗、防御率1.09、56セーブ、リーグセーブ王、セーブシチュエーションでの失敗なし。

 奪三振数(K)118。投球回数(IP)70。奪三振率(K/9)は15.17。


 J.T.ハミルトンを語るにあたって、絶対に外せないのがその投球スタイルだ。

 投球におけるフォーシームの割合が全体の約89%を占める超剛球派であり、ストレートのみで抑えるという、もはや現代野球においては“英雄的”とも言えるピッチングでパリーグを制圧した怪腕である。


 単純な打球割合を見ても、彼のフォーシームは傑出している。

 空振り率46%、ファウル率43%。この数字が何を意味するか。

 つまり、彼がフォーシームを投じた場合、およそ10%しか打球が“フェアゾーン”に飛んでいないのだ。

 当然、被安打率はそこより更に低い数字となる。

 

 ほとんどストレートしか投げないにも関わらず、異常ともいえる被打率、三振数を奪ったという事実。


 投球の9割近くが直球なのだ。当然、打者はストレートを待てるし、タイミングも取りやすい筈だ。

 しかし、当たらない。打てない。前に飛ばない。


 J.T.ハミルトンと対戦した打者は、全員が彼の球を“浮き上がってくるようなストレート”だと形容した。

 『浮き上がる』

 ノビの良い直球を評する時によく使われる文言であるが、物理的に人間が投げたボールがホップする事はあり得ない。

 ライズボールのからくりとしては、一般的な直球より沈まないストレートが相対的に浮き上がるように見えるのだ。


 感覚的な話として語られていた『ノビ』という概念も、データ解析ツール『スタットキャスト』などの分析により、科学的に解説する事が可能になった。


 水平面に垂直な回転軸で、ボールに強烈なバックスピンを掛ける事で、高回転・高回転効率の『浮き上がるストレート』が完成する。


 数値分析の普及により、選手はより打者に効果的なボールを理解する事が可能になった。

 その結果、どうやらストレートは回転数が多い方が被打率が低くなる傾向があるという事も判明した。

 

 かつて火の球と称されたストレートは、一般的な直球が平均2200回転前後、回転軸の傾きが水平軸に対して27度付近だった中、回転数平均2700、回転軸5度を記録したという。


 では、ハミルトンのストレートもそうなのだろうか?


 答えは“否”だ。


 彼のフォーシームに含まれる成分は、回転数(rpm)2100、回転軸は水平に対して25度ほど。


 はっきり言って、数字上は特に優れた数値ではない。

 平均球速も151.3km/hと速い方だが、NPBにおけるリリーフの平均球速から著しく離れている訳でもない。


 だが、彼の球はとにかく打たれない。

 数字では、分析では、彼のストレートはごく平凡な筈なのだ。


 『浮き上がる』『ノビのある』ストレートとしての条件は満たしていない。


 しかし、実態として。

 現実のマウンドから投じられる彼のボールは、打者には浮き上がって見え。

 他のどんな高回転数の投手より、優れた成績を残している。


 グラウンドで発生するあらゆる現象が、数字で解析可能になった現代においても。

 J.T.ハミルトンのフォーシームは原理が分からない。

 

 等式が成立しない。

 左辺に入力した数値からは表れる筈のない結果が、右辺に出力されている。


 この分析結果を受け、彼の投球を研究したデータアナリストは、このストレートをこう評した。




 ――――まるで幻影(ゴースト)のようだ、と。





 ◇





 ――――まずいな。


 5回の裏の事である。

 杉宮灯矢がそう感じた時、既に試合の大勢は決まりかけていた。


 前日の第3戦。

 オウルズは持ちうる全戦力を惜しみなく投じ込み、敗北した。

 

 リリーフ力というオウルズのストロングポイントを存分に活かし、先に4つを勝ち切る。

 これは決死の作戦だった。

 何故ならば、どこかで失敗すればオウルズのチーム力は一気に低下するからだ。

 計算できる先発はおらず、強みの中継ぎも消費し、残るのは地力的に劣っている部分のみ。

 

 前日の負けにより、先に4タテするという目論見は泡と消えた。


 しかし、単純な勝ち負けの数ではまだオウルズが勝っているのだ。


 だからこそ、第4戦。

 敗北の後のこの試合に勝利する事がオウルズにとっては何よりも重要だった。


 何も試合をする前から負ける事が確定している訳ではない。

 例え4連勝が出来なくても、常に勝ち数でリードが保てれば、精神的な面でオウルズが勝る可能性も多分にあった。


 3-1と2-2。どちらが有利なのかは火を見るよりも明らかだろう。


 故に、オウルズはこの試合を落とす訳にはいかなかった。

 梟が狼に勝っているのは、今は勝ち越しているという点しかないからだ。


 だが。


 ――――リードを奪い返せない。


 5回の裏の事である。

 ひっくり返る試合状況。

 あっさりと追いつかれ、逆転されるシーソーゲーム。

 表に奪ったリードを、その回の裏で奪い返された瞬間。


 杉宮の脳内には、焦りが生まれていた。

 このままでは、ウルフェンズのリードで再び9回を迎えてしまうという、焦りが。

 





 何故、オウルズが前半に全ての戦力を継ぎ込む作戦をとったのか。


 様々な要素はあったが、一番簡単に簡潔に説明できる理由がある。



 単純に、J.T.ハミルトンから得点する事は不可能だという結論に至ったからだ。









 9回の表、再びその狩人が梟に立ち塞がった。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 4年前=>6年前では?
[一言] 更新、ありがとうございます。 今話のジョシュア・テイラー・ハミルトンが、ミルウォーキー・ブリュワーズのジョシュ・ヘイダーに脳内変換されました。
[一言] 回転数が高くないはないとすると、いわゆる回転軸が異なっている感じかな。 これはいわゆるジャイロボールってことかな。 松坂の時に一時話題になったけど、結論ついたんでしたっけ?
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