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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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43話 『Ghost Strike』 Ⅰ



 

 ブルペンデーにはいくつか利点がある。


 1つ目は、オープナーの時と同じように初回の失点確率を落とせる事。

 2つ目は投手が同じ打者を相手にする回数が減少する事。


 基本的なメリットはオープナーの時と同じだが、一番の違いとしてはブルペンデーの場合、先発投手を用意しなくて良いという点がある。


 スターターとリリーバーの難易度の差。

 先発として5回登板し、30イニングを投げ防御率3.00の投手と、中継ぎとして30イニングを投げて防御率3.00の投手がいるとする。

 この場合、二人の数字上の成績は同じだが、投手としての評価は先発投手の方が圧倒的に高くなる。

 最低でも5イニングを任される先発と、1イニングしか投げない中継ぎでは投球パフォーマンスに違いが出るのは当然であるからだ。

 

 基本的に、先発の方が中継ぎよりも育成難易度が高く、優秀な選手を揃えにくい。

 先発として防御率3.00の投手を育てる労力と、救援として防御率3.00の投手を育てる労力は比例しない。


 より簡単に数を揃えられるリリーフを繋いで一試合を投げさせる。

 リリーフ1人辺りが無失点でイニングを抑えていく確率は、先発投手を投げさせる時と同等、あるいはそれ以上の見込みとなる。


 故にブルペンデーという戦略は、リリーフ陣への負担というマイナス面を上手く調整できれば、計算上は非常に理にかなった戦略と言える。



 オウルズはこの日本シリーズ。強みであるブルペン陣を温存しながら戦ってきた。

 この第3試合において、投入する予定の中継ぎ投手は5人。

 そのいずれも防御率2点前半から1点台を記録し、WHIP、すなわち1イニングに何人打者を出塁させたかを表す指標においても、0.6~1.2程度の数字をシーズン成績として叩き出している。

 

 12球団イチのブルペンの中心となるリリーバー達。

 それを余すことなく投げ継ぐ事でウルフェンズ打線を抑え込む算段である。




 ◇




 国奏の中継ぎ再調整を兼ねた3イニング登板。

 スターターとリリーバーの難易度差の観点から言えば、本日最も失点確率が高かったのはこの場所である。

 何とか1失点以内に抑えて後続にマウンドを渡してほしい。そう願いながら国奏に投げさせたオウルズ首脳陣であったが、彼は3回無失点という最高の形で3イニングを投げ切ってくれた。


 ブルペンデーを行うにあたって最も懸念されていた、浅い回で試合が壊れるといった問題はひとまず乗り越える事に成功した。

 

 ここから先は実績も実力もある投手が繋いでいってくれる。

 万が一に備えて、予定されている投手以外にも数枚のリリーフを調整させている。

 失点するとしても、ロースコアに抑える手段は豊富にあった。

 

 ディフェンス面で出来る事は揃えた。


 残る問題は――――


「どうやって点とるか、やな……」


 真野昭信はそう呟いた。

 

 見据えるは現在5回のマウンドを投げているウルフェンズの先発投手、牧寺(まきでら)である。


 この回まで試合は動いていない。

 両軍無失点で進行する投手戦の様式を呈している。


 しかし、内容で言えば大きな差があった。

 ブルペンデーの有無とは関係のない、単純な投球クオリティとしての差だ。


 この試合、どちらのチームに雰囲気があると聞けば、見るもの全員がウルフェンズの名を上げるだろう。


「(そんじょそこらの球やないな……化けたか)」


 ウルフェンズ投手陣は若手が多い。

 今日投げている牧寺もまだ22歳。

 大卒1年目と同じ年齢の若造である。


 今シーズン、年間通してローテを守ったのは立派だが、成績はぱっとしていない。

 オウルズとしても要注意というほどのマークはしていなかった。現段階の完成度で言えばその程度の選手である。 


 しかし、若い選手には爆発力がある。

 特に、ポストシーズン。日本シリーズのような大舞台になると、見違えるほどの変貌を遂げる選手がいる。

 シーズンにおいての情報、イメージがまるで通用しない。それ程の覚醒。

 

 それが今、マウンドに立つ牧寺にも起こっていた。

 真野の見る限り、控えめに言ってタイトルクラスの投手にも匹敵する投球。

 ボックスに立つ打者にどう見えているかまでは分からないが、現在まで打線が打ちあぐね三振を奪われているところを見ると、あながち間違ってもいないだろう。


「おい、牧寺(アイツ)は一試合でどんくらい投げてる?」


「平均で……100球程度ですね。回は6までが一番多いです」


「ふむ……」


 手元の資料をめくり、真野の質問に答えるスコアラー。


「調子のばらつきが激しい選手です。変化球が決まれば抑えますが、見逃されたり外れたりしてカウントが悪くなると甘く入ったり四球を出したりで自滅するパターンが多い」


 100で6回。情報を聞く限り、制球というよりはコマンド能力に問題がある投手なのだろう。

 

「ま、見る限り今日は違うな」


 現在までの球数は66球。

 どう見ても6回降板投手の投球ではない。


「低めは捨てさせぇ。ベルトより上の目付けを徹底せな打てんわアレは」


 真野はベンチ内の打撃コーチ、スコアラーに方針を示し、選手に伝えるよう促した。


 投手のレベルが上がれば上がるほど、打撃側で出来る事は少なくなる。

 野球は投手始動のスポーツ。

 失投、疲労待ち。相手のミスを待つのが一番の攻略法になってしまう。


「…………」


 この試合、事前準備として出来る事は全て行った。

 投手力による逃げ切りという戦略を立てた時から、戦力の出し渋りはせず勝ち切る覚悟を決めた。

 今日までの試合は、作戦通り勝つ事が出来た。

 その理由は2試合とも比較的浅い回で先制点を取れたからだ。


 先制点を取れれば、試合全体を有利に運べる。イニシアティブを取れる。


 しかし、今日はそう簡単にいかない。

 マウンドに立つ牧寺を相手より先に打ち崩さない限り、勝利はない。


 ウルフェンズにリードを許したまま後半に回せば、間違いなく負ける。


 その直感が真野にはあった。




 ◇




 強力な中継ぎ陣が次々と投入されるオウルズのブルペンデーに、ウルフェンズ打線は得点する事が出来ずにいた。


 ランナーは出せる。得点圏にも進められる。しかし、ホームまでたどり着けない。


 優秀なオウルズのリリーフ陣は、全員が奪三振能力が高いピッチャーであり、空振りが取れる球種と組み立てで攻め込んでくる。

 要所を三振アウトで防がれ、抑えられている状況が続いていた。


「3人目のピッチャー、か。今まで投げていない分ありったけって感じだな」


 5番を打つ鹿島は、次の打者として準備をしながら、相手投手の球に合わせて素振りをする。


 6回にして3度目の投手交代。


 当然の事ながら、投手の球筋は一人一人違う。

 それに目が慣れる間もなく、目まぐるしく変わっていくピッチャーに対する攻めあぐね。


 ヒットが出ている分、初日の国奏の時ほどではないが、焦燥感というのは出てくる。


 何かを変えなければならない、という焦りが。

 

「…………」


 今打席に立つ、4番の佐原。

 不動の4番という言葉があるが、それは彼にこそ相応しいものだろう。

 

 シーズン143試合。その全てに4番として出場した選手は佐原しかいない。

 今までウルフェンズを背負ってきた大きな柱。それが彼である。


 だが、このシリーズにおいては佐原は不調だ。

 3試合目にして未だノーヒット。四球は2つとっているが、安打が出ていない。


 だからこそ、5番の自分が打たなければならない。

 今まで背負って貰った分を、今度は自分が受け取らなければならない。


 4番が不調なら、5番が打てばいい。

 これまでの試合勝てていないのは。佐原の不調が目立ってしまっているのは。

 後ろを打つ自分が不甲斐ないせいだと鹿島は思っていた。


『ボール、フォア!』


 アンパイアが一塁進塁を宣言する。


 4番の打席結果は四球。


 先頭打者に四球を出すとは。

 不調の佐原でも警戒したのか、制球が定まっていないのか。


 どちらにせよ、ランナーは出た。

 ならば5番の役目はそれを本塁に帰す事である。


 いや、打たなければならない。

 自分が打てず、この回も点が入らなければ、佐原の四球は“逃げ”だと批判される。

 理不尽なように思えるが、4番とはそういう打順なのだ。

 

 だからこそ――必ず打つと――精神を集中させ、鹿島は打席に入る。


 



 何かを変えなければならないと感じていた。

 自分が、自分たちが中心となる時が今だと感じていた。

 

 その意識が、その反応を引き出した。


 初球、156キロ、フォーシーム。外角、フルスイング。


 ボールはひしゃげ。引っ張り込まれる。


 打球角度32度。打球速度169km/h。


 推定飛距離130mの特大弾がスタンドに叩き込まれた。



 ウルフェンズは鹿島の2ランホームランにより、2点を先制した。













「やられたわ……」


 苦々しく呟く真野。

 悪い球ではなかった。

 例えば、オウルズの打者に今の球をスタンドまで運べる選手がいるかどうか。それぐらいには、威力のある直球だった。


 それをあれほどの反応、スイングで運ばれたら、こちらとしては相手が見事というしかない。


 ただ、それを思ってもこの2点。試合の先制点を取られたという事実は重かった。


 先発牧寺の攻略法はいまだ見えず。


 例え打ち崩す兆候が見えたとしても、相手はその瞬間に勝ちパターンを躊躇なく注ぎ込んでくるだろう。


 オウルズの投手リソースを費やした第3戦、暗雲が立ち込み始めていた。






 ◇




 

 暗雲晴れぬまま、舞台は9回へ。


 結局、オウルズは最後まで牧寺を打つ事ができなかった。


 彼は8回を投げ切り、無失点。球数108球、4被安打、12奪三振。

 堂々たるマウンド捌きで、若武者はチームの“守護神”へとバトンを繋いだ。


 最終回に試合を受け継ぐのは、ウルフェンズの絶対的クローザー。

 今シーズンのパリーグセーブ王。


 名をジョシュア・テイラー・ハミルトン。


 最速157キロを誇る剛腕左腕である。


 セーブ成功率100%を誇る彼に、オウルズ打線はあっさりと三者三振を取られ、第3戦を落とす事となった。





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― 新着の感想 ―
[一言] WHIP0.6台やらセーブ成功率100%やら恐ろしい成績のピッチャーが出てくるのはさすが優勝チームといった所。 そろそろ守乱で落とす試合も出てきそう。
[良い点] 敵もさる者 [一言] JTハミルトンといい、牧寺投手といい… 状況に微妙に覚えがある感。勝ち負けの数は異なるけど
[一言] こうなると俄然苦しいなぁ……
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