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鈍金色のリリーフエース〜常勝球団で酷使されていた俺は、弱小球団のホワイト環境で無双する〜  作者: 筆箱鉛筆


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33/49

33話 『早すぎて聞き取れない部分があったよ』




 例えばの話。


 あの瞬間に戻れたら、自分はどうするだろうか。

 また違った未来もあったのだろうか。


『――――』


『あぁ、――さんですか。ありがとうございます』


 称賛の声。

 素晴らしいと、そう言われた。

 エースになれると、そう言われた。


 持ち上げられるのが、嬉しかった。

 称えられるのが、誇らしかった。


 実力を示したと、認められているようで、心地よかった。


『――――』


『今日ですか? えぇ……大丈夫ですよ。夜の7時には上がりますから』


 あの人も、この人も。

 自分に良くしてくれる。

 それは実力を認めてくれたからだと思っていた。 


 入ってしまえば、ドラフトの順位など関係ない。

 そう意気込んでプロになり、少ないチャンスをモノにした。


 だから、確信していた。

 自分は間違っていなかったと。


 ちらりと、横を見ると。

 自分とは違い、チャンスを掴めなかった奴らがいる。


 それを尻目に、荷物をまとめ、その場を後にする。


『………………』


 あの時、練習場に響いていた打球音。

 背中越しに聞いたあの音は、一体いつまで続いていたのだろうか。










 例えばの、話。


 あの瞬間に戻れたら、自分はどうするだろうか。


 その先には、別の自分が待っていたのだろうか。


 意味のない仮定。惨めな考えだとは分かっている。


 それでも、そのIFは、俺の心に燻り続けていた。





 ◇





 最初のゲートをくぐると、世界が切り離される。


 目の前の階段を、一歩ずつ上がっていく。


 次第に、音が聞こえてくる。

 観客、売り子、アナウンス。

 人が溢れている。その情報が、熱量と一緒に体を包み込む。


 一つ上がるごとに、徐々に視界が開けていく。

 最後の一段を上がり切った時、目に入るのは球場の全容。

 グラウンドを少しばかり高い位置から見下ろす瞬間。

 自分より先に入場していた観客たちが、まばらに席を埋める様子。


 それら全てが、自分は野球を見に来たのだと教えてくれる。


「はぁ~、やっぱいい……」


 音無(おとなし)栞奈(かんな)は、この球場に入った時の、何とも言えない昂揚感が好きだった。


 初めて球場に観戦に来たのは、確か小学校低学年の頃だったか。

 父に連れられ訪れたウルフェンズのホーム球場。

 熱気、人の多さに衝撃を受けた事を覚えている。

 当時は今ほど客入りは良くなかったが、それでも学校の全生徒をゆうに超える人数がいた。

 そんな集団が、一つの試合を本気で応援するという現象を見て、体験し。

 どうしようもなく、このスポーツの虜になってしまったのだ。


 しかも、今日は日本シリーズ。その初戦。

 当然のごとく、シーズン中とは球場内に流れる雰囲気も違う。


 普段ならば、この空気を存分に味わいながら堪能するのだが。


「なにやってんのー? はやく座れる席に移動しようよ」


「……分かってるし」


 今日はちょっと勝手が違う。

 一人での観戦ではなく、相方がいる。


 自分の隣に立つ少女。

 妹である梨香(なしか)を見て、ふぅと息を吐く。

 

「ほら、こっちついて来なさい」


「え? チケット見なくても席番分かるの?」


「当然。この球場にも何回か来てんのよ」


「さっすが野球オタ」


 軽く喋りながら、座席に移動する。

 人混みをかき分け、進んでいく。

 予約した座席に一番近い入場ゲートから入っているのにも関わらず、辿り着くのには数分の時間を費やした。

 

「あー疲れたぁ。試合見る前にクタクタだぁ」

 

「ジュース飲む?」


「ちょーだい」


 渡したジュースを、こくこくと飲む妹を見て、少しばかり配慮が足りなかったかな、と思う。

 自分は慣れているが、梨香は普段こういう場所には来ない。

 人混みに気疲れしてしまったのかもしれない。


 梨香自身はスポーツ観戦は好きだというが、特定のスポーツに入れ込み、直接観戦するほど熱心なファンではない。

 野球も見れば、サッカー、ラグビー、卓球、陸上、水泳……その時の気分で、何でも見る。

 野球のみの自分とは違って、雑食という感じだ。


 プロ野球も、せいぜいテレビで中継しているものを見る程度の妹だが、今回は本来一緒に観戦する筈だった相手が都合により来れなくなった為、「誰か一緒に行きたい人いる?」と友人や家族など手っ取り早いところに声を掛けたところ、妹の梨香が手を挙げた次第である。


「でも、ラッキーだねぇ。あんま詳しく知らないけど、こういう座れる席ってあんま取れないんでしょ?」


「そうよ。日本シリーズの内野で座って見れる席なんて貴重なんだから」


「……貰った立場の私が言うのも何だけど、お姉ちゃんの友達だっけ? 何で人に譲ってくれたのかな?」


「ハハハ……いい人だからじゃ、ないかなぁ」


 言えない。彼氏と盛大に喧嘩別れして、「別れんのはいいけど日シリのチケは返せ」といって手切れ金として奪ったブツだなんて言えない。


 今年高校に上がったばかりの妹は、こういう色恋の話になると勢いよく飛びついてくる。

 この話を知ると、試合そっちのけで根掘り葉掘り追求した挙句、手に入れた下世話な話を盛大に周囲に言い触らすに違いない。

 流石にそれは御免被る、と栞奈は目を逸らし話を誤魔化した。



『お待たせいたしました。日本シリーズ第1戦、埼玉西京ウルフェンズ、対、阪京ホワイトオウルズ。スターティングメンバー並びにアンパイアをご紹介いたします――――』



 その時、球場内に大音声のアナウンスが流れ始めた。


 試合のスタメン発表である。

 もうそんな時間か、と栞奈が時計を確認すると、試合開始まで後20分程のところまで針は進んでいた。

 先行であるウルフェンズから試合に出場するメンバーが語り上げられ、オウルズのメンバーも続いて名前を呼ばれていく。


「へぇ……今日杉宮3番にするんだ……」


 イチ野球ファンとしては、スターティングメンバーの詳細というのは当然気になる。


 誰を、どのポジションで、どのような打順で使うのか。

 それを見るだけでも、その日のチームの戦い方、作戦というのが大まかに見えてくる。

 

 趣味が高じて、自分なりの野球解説ブログなんてものまで開設している身である。

 意識するまでもなく、名前を聞けば頭の中に選手の数字が浮かんでくる。

 アナウンスされる内容をスマホに書き留めながら、個人的な所感をメモしていく。


 ほうほう、彼をそのポジションで。

 ふむふむ、そこの繋がりを意識したのかな? と自分なりの分析を栞奈がしていた時だった。


「あっ!」


 横に座っている梨香が声を上げた。

 顔を上げると、球場全体がざわめいていた。

 先ほどまでとは少しばかり質が違う喧騒が、辺りを包む。

 原因は、簡単に推測できた。

 

 球場の電光掲示板には、でかでかとオウルズの先発投手の名前と顔が映し出されていた。


「お姉ちゃん、国奏って確か中継ぎだよね」


 国奏淳也。

 今季ウルフェンズからオウルズにFA移籍し、中継ぎとしてチームを支えた選手である。

 そんな彼が、この日本シリーズ第1戦の先発として名を発表されている。


「あぁ、うん。まぁ、そうだね。てか、あんたよく知ってたね。国奏が中継ぎって」


「スポーツニュースとかで何度か見たから……ってそうじゃなくて。これって中継ぎが先発として投げるって事? けっこう思い切った事するんだね。日本シリーズって」


「まぁ……思い切ったって言ったら思い切ってる策かな」


「…………なんかお姉ちゃん驚いてないね。これ、奇策ってやつじゃないの? 皆ざわついてるし」


「ある程度予想してたから。他の人も割と予想はついてたんじゃない? 『うわっ、ほんとにやりやがった』って意味のざわつきもあると思うよ。初戦に投げさせるのは流石って思ったけど」


 実際、クライマックスファイナルで国奏が登板しなかった事。日本シリーズの予告先発はなしという点から、国奏がスターターとして投げるんじゃないかという予想は各所でされていた。

 ドラーズ戦の中継で国奏が映ったのは、ブルペンの中で一度だけ。椅子に座って他の投手を拍手で送り出すシーンのみである。実際に投球しているところは一度も抜かれていない。

 つまり、どのような試合展開でも、登板する予定自体が無かった可能性が高い。


 そのような状況を加味すれば、国奏の一時的な先発起用というのは十分予想できた。


 栞奈としても、ある程度想像していたので「やっぱりそう来たか」程度の感想である。


 だが、妹はそうではないらしい。

 いぶかしげな顔をして、言葉を続けた。


「ふーん。でも、これって策として意味あるのかな?」


「どういう意味?」


「だって、お姉ちゃんみたいな素人の人にも予想できたんでしょ? じゃあ、相手チームだって簡単に予想できたんじゃないの? それじゃ、あんま奇襲として意味なくない?」 


「ああ、そういう事ね。意味はあるよ。だってこれ、別に予想されたからどうこうなる作戦じゃないし。そもそも奇襲でもないと思うし」


「??」


 ピンとこないと言った様子の妹に、自分なりの考えを語る事にした。

 幸い、ブログを更新し始めてからはこういう解説は得意になった。


「あのね。プロ野球って先発中継ぎ抑えって役割あるじゃない? 国奏はこれの中継ぎ。ウルフェンズも他の球団も、中継ぎとしてデータ集めてんの。例えば、こうこうこういった試合展開をした時、7回や8回に国奏が投げる傾向が高い~だとか」


 勿論、ウルフェンズは国奏の古巣。

 彼のスタッツや投球成分のデータなども潤沢に持っているだろう。

 しかし、今回の国奏は先発なのだ。

 言うまでもないが、先発と中継ぎは求められる能力がまるで違う。


「それで、今回国奏が先発として投げるかもしれません、と。だからって国奏が先発として起用されるのなんてここ数年は一度もない。あるのは5年以上前、若手時代のデータだけ。そんなのほとんど参考にならない。先発と中継ぎとじゃ、投球自体に変化があって当然。中継ぎ時のデータを参考にするにしても限度がある。こうなると、ウルフェンズ側には事前対策が立てにくい。3回以上投げた時の球速とか、クイックタイムの変化なんかも分からないわけだし。良くも悪くも場当たり的に戦いながら考えるしかない。これが予想されてもいい第一の理由」


「…………」


「それでここからが重要。国奏は今季圧倒的な成績を残した最優秀中継ぎ。それが今日先発で投げます。で、明日からはどうなの? 残りの試合も先発で登板するの? それとも中継ぎに戻るの?」


 国奏が第1戦で先発として投げる事により生まれる利点。

 それは、国奏の起用法が日本シリーズに限り、不透明化する事である。

 シーズン中は7、8回。勝ちパターンの一角が彼の役割だった。

 しかし、このシリーズに限ってはそうではない。

 

 これは国奏を第1戦に先発として投げさせるからこそ機能する作戦である。

 これでウルフェンズはこれからの試合において、国奏の先発、中継ぎ、抑え。全ての可能性を追わなくてはいけなくなった。


「さっき先発中継ぎ抑えの役割分担って言ったけど、これって前から後ろに移動する事は簡単でも、後ろから前に移動するのは難しいって言われてるの。今まで先発で投げていた選手に、“はい明日から中継ぎやってね”って振ってもある程度こなすけど、今まで中継ぎで調整していた投手を即日先発として長いイニング投げさせるのは難しい。再調整するのにそれなりの時間がかかる」


「…………」


 だが、先発から中継ぎに回すのは応急処置的でもできる。

 勿論、負担は掛かる。

 調子を崩す可能性もある。

 しかし、国奏はNPB歴代シーズン登板数の1位に君臨する投手だ。

 言い方を変えれば、今現在日本で一番“こういう使われ方”に慣れている選手だとも言える。


「だから、コレは奇策と言うよりは秘策。ウルフェンズからしたら、2試合目以降、どの試合の、どのタイミングで、国奏が登板してくるのか予測しにくくなる。間違いなくセリーグ最高のリリーフが、いつマウンドに出てくるか分からない。これはウルフェンズからしたら相当やりにくいわ。浅い回から出てきて回跨ぎするかもしれないし、セーブシチュエーションに投げてくるかもしれないわけだし」


「…………」


「どう? 分かった? オウルズからしたらこの作戦は、国奏が先発起用に応えられるかどうか、中継ぎに戻っても元のパフォーマンスを発揮できるかどうか、この二つが不安材料で、リスクなのよ。もし外れれば、優秀なリリーフを一枚落とす事になるんだからね。相手に初戦の先発が予測されるのなんかどうでもいいの」  


 一通り語って、ふぅと息を吐く。

 色々と喋ったが、この作戦は国奏が先発として好投し、ウルフェンズ打線に彼の存在を強く印象づける事を前提にしている。

 結局のところ、話は国奏が抑えられるかどうかなのだ。

 普通に打たれてノックアウトされました。じゃ、意味がない。チームの雰囲気も悪くなるだろう。


 ただ、梟の首脳陣は、そう言ったリスクを加味しても、これを決行する価値があると判断した。

 それだけ国奏はベンチからの信頼も厚いという事だろう。

 彼のファンとしてそれが嬉しくもあり、同時に贔屓チームでその姿を見たかったという悲しさもあった。

 ただ、それは自分の個人的な感傷だ。野球選手として最も求められる場所に行けたのは、彼自身にとって間違いなくプラスだった事だろう。

 

 さて、梨香は納得のいった顔をしているだろうか。


 はたと横を見てみると、残念そうな目で自分を見ていた。

 なんだその目は。



「うん、まぁ。分かったよ。お姉ちゃんが野球の話になると早口になるって事は」


「っ!」


 

 人がせっかく解説してあげたのに……

 なんて妹なのだろうか。

 そう心の中で愚痴っていると、再び球場全体が沸いた。

 どうやら、試合開始の時間になったらしい。


 ごほんと気持ちを切り替える。

 何しろウルフェンズの日本一奪還への第一歩やら、個人的なファンで成績もずっと注目していた国奏の先発やら、見どころが多い試合である。

 こんな試合を現地で見れるなんて本当に運が良かった、と栞奈は意識をグラウンドに集中させていった。











 ウルフェンズ対オウルズ。

 数十年ぶりの日本一を目指す梟に、前年逃した王者の座を奪還せんとする狼。

 その第1試合。


 今まさに始まろうとしているこの試合は、ある記録を残す。


 いや、この試合――だけではなく。


 この日本シリーズ自体、ある特殊な――極めて例外に満ちた、奇想天外なものとして――語られる事になる。





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― 新着の感想 ―
[一言] 国奏、雨、旅行、国奏、雨、国奏や(`・ω・´)シャキーン
2020/12/31 12:33 退会済み
管理
[一言] 日シリでオープナーですか。 MLBっぽいというか、戦術の最先端走ってますね。 優秀なブルペン持つオウルズなので、非常に面白い手を打ってきましたね
[一言] 良いファンだなぁ
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